証明と友だち


「つまり空井さんは宇宙人で、液体ネコは宇宙生物なんですね?」

「そう。本当だったら、この星にボクらはいちゃいけないんだ。だからボクたちのことを誰かに知られてしまうのは、すっごく困る」


 オレの部屋で、昼夜は汐見に事情を全て説明していた。

 場所を変えたのは、汐見がずぶ濡れになっていたから。汐見をおぶって家まで走るのはなんか恥ずかしかったけど、風邪を引かれるのもイヤだし。

「つまり……私の記憶を消そうと言うのですね! ビカッと光らせて!」

「ひか……陸人、どういう意味?」

「いや、オレにも分かんないけど」

「宇宙人といったらそれでは!? 千葉さんたちは黒いスーツじゃありませんけど……」

 どうも何か元ネタのある話らしいけど、「多分関係ないぞ」と伝えておく。

「ですけど、千葉さんは地球人なんですよね?」

「ああ。オレも記憶を消されるところだったけど、地球での協力者ってことで見逃してもらってる。実際、色々手伝ってるしな?」

「うん。でも今日みたいに勝手に出て行っちゃダメだよ? ボクが来てなかったらどうなってたか……ホントにもう」

 昼夜はどうやら、オレが一人でアクティトの所に行ったことを怒ってるらしかった。

 確かに、昼夜が助けに入ってくれてなかったら、かなり危なかったとは思うけど。

「仕方ないだろ。台風でアクティトが巨大化してるかもだし、汐見が来ちゃってるかもだし……連絡手段も無かったし」

「まぁ……そうだけどさ」

 何か連絡する手段さえあれば、オレだって二人で一緒に行った。

 そう言うと、昼夜は渋々オレへの追及を諦める。

 それを見ていた汐見は、髪をタオルで拭きながら、仲がいいですねと呟く。

「こうしてみていると、ふつうの小学生の男の子同士にしか見えません」

「そうかな? ふつうの小学生っぽく、見えてる?」

「ふつうかは怪しいけどなー。ちょっと変わったヤツではあるだろ。なぁ?」

「変わってるか変わってないかで言えば……はい。でも、宇宙人とは思いませんでした」

 問いかけると、汐見は苦笑いしながら答える。

 結局、少し妙なところがあったって、相手が宇宙人だなんてそうそう思わないものだ。

「だからさ。……汐見が黙ってくれてるなら、問題ないと思うんだけど」

「うぅん……。ボクとしては、リスクは減らしたいんだけどね。ボクや陸人の……今日の出来事だけ忘れて貰えばいいわけだし」

 昼夜が言うと、汐見は緊張したのが、ぐっと体を強張らせた。

 昼夜の事情も理解はしてくれてるんだろうけど、その顔には、記憶を消すことへの拒否感が現れてるようにも見える。


「……記憶を消すだけ、ってわけじゃないんだよ、昼夜」


 オレは汐見の顔を見て、改めて強く思う。

 昼夜にとっては都合の悪い事を忘れてもらうだけ、なのかもだけど。

「汐見にとってはさ、昼夜や液体ネコのことは……"この世にフカシギな存在がいるんだってことの証明"なんだよ。ずっと探してたモンだ。せっかくそれに出会ったのに」

 言いかけて、思い出す。

 そもそもオレには、先に汐見に言わないといけないことがあったんだ。


「ごめん、汐見。最初に液体ネコに会った時……オレは、お前が証拠を確保しないように誘導した。あの時に写真でもなんでも撮れてたら、色々ちがったかもなのに」

「……。そう、だったんですか……」


 正直に話して頭を下げると、汐見は小さな声で呟き、黙る。

 汐見が自由な時間を減らされたのも、台風の中で危険な目に遭ったのも、あの時のオレの判断に原因があるだろう。

「そっ、それはボクの為にしたことだからね!? 陸人も意地悪でやったわけじゃ……」

「はい。分かってます。分かってますけど……」

 ふぅ、と汐見は大きく息を吐く。

 怒ってるかな。怒ってるだろうな。

 汐見にとってみれば、オレは自分の夢をジャマしたヤツなんだから。


「……私は、千葉さんに感謝してますよ?」

「え……」


 だから顔を上げて下さい、と言われて、オレは恐る恐る汐見の顔を見る。

 汐見は笑っていた。少し寂しそうに、だけど、安心した風に。

「助けていただいて、ありがとうございました。千葉さんが来てくれなかったら私は……アクティト、でしたっけ。あの液体ネコに、潰されちゃってたかもしれません」

「でも、そうなったのはオレの責任だろ。意固地にさせたのは……」

「いいえ、ちがいます。私がそうしたかったんです。……舐めないで下さい。もしあの日に写真を撮れていたとしても、私はきっと、公園に行きましたよ」

 不服そうに唇をとがらせる汐見に、オレは言葉が出なかった。

「それだけ知りたかったんです。確信を持ちたかった。この世界に、親や先生の言う現実とは別の……もっと大きなものが存在するって」

「その確信を……オレたちは消そうとしてる」

「えぇ、それは私もイヤです。なので、空井さん。まず私から言えるのは……私は、二人の秘密を決して誰にも漏らしはしない、ということです」

 汐見は昼夜に向き直り、まっすぐにその目を見つめて言い切った。

「……どう、かな。汐見さんは"フカシギな存在をこの世に知らしめたい"って言っていた。その手段も知識も、今の汐見さんは持っているんでしょ?」

「そうですね。ですけど、いいんです。だって私がそれを証明したかったのは……」


 寂しかったから、ですから。

 汐見の呟いた言葉に、昼夜はぴくっと体を反応させる。


「宇宙人とか未確認生物とかが好きな人って、けっこう多いんですよ。でもそれは、物語として。本気でそんな存在を信じていられる人間って、私の周りにはいませんでした」

「……」

「だから、本当はちょっとだけ、楽しかったんですよ。液体ネコを探しに行くと、いつもお二人がいて。千葉さんは迷惑そうにされてましたけど」

 苦笑する汐見を見て、思い出す。

 そういえば汐見は、いつも一人で液体ネコを探しに来ていた。

 オレは気にも留めなかったけど、汐見にとってみれば、不安だったり心細かったりしたんだろう。そんな時に、偶然オレや昼夜に出会って、声を掛けて。


「それでも空井さんが心配なのでしたら、記憶は消してくださって構いません。でもお願いします。消すのは絶対に、今日の記憶だけにして欲しいんです。それから……」


 友だちでいて下さい、と彼女は続けた。

 フカシギな生物を本気で追いかけた、学校のちがう、さして親しくもない……友だちに。


「そうしたら、私はまだ頑張れますから。一人じゃないって、思えますから」


 お願いします、と頭を下げられて、昼夜は戸惑い、ゆっくりと目を閉じて、唸る。

 オレは何も言わず、昼夜の判断を待った。汐見の味方をするつもりではあるけど、最終的に決めるのは昼夜であるべきだと思うから。

「……知られているっていうのは、それだけでリスクなんだ。協力者の人数も、最小限にしないといけないって言われてる。手も足りてるとボクは思ってる。だからね」

「昼夜、それって……」

「……本当は良くないんだけど、いいよ。汐見さんを、信じることにする」

「っ……! 本当、ですか? お二人のこと、知ったままでもいいんですね……?」

「うん。ボクも甘いね。そうやって頼まれたら、消せなくなっちゃうんだから」

「っっ、昼夜~! よく決断した! オレも嬉しいっ!」

 グッと拳を握りしめるオレを見て、汐見はふふっと吹き出した。

 なにがおかしいんだと問うと、「私より喜んでるので」と彼女は言う。

「そりゃ喜ぶだろ~。あれで汐見の記憶が消されたら後味悪いし、その時はオレも記憶消してもらおうかな、とか思ってたし」

「えっ、陸人そんなこと考えてたのっ!?」

「当然だろ。自分だけ覚えてて汐見はダメとか、オレが耐えらんないって」

 きっと、汐見のことを気にして、宙獣のこととか素直に楽しめないし。

 そう話すと、昼夜は顔面蒼白になり、汐見も「うわぁ」とげんなりした顔をする。

「そういうの、先に言ってくれませんか!?」

「言ったら負担になるじゃん、昼夜にも汐見にも。なんか人質取ってるみたいになるし」

「だからってさぁっ!! あー良かった……汐見さんを信じて良かった……」

「本当ですよ! 私までビックリして心臓バクバクですよ、今っ!」

「そんなにおどろくか? 逆の立場ならそうするだろ、汐見も」

「それはっ……する……かもですけどぉ~っ!」

 昼夜と汐見は散々オレに文句を言ってから、お互いに顔を見合わせて笑い始める。

 オレは何をそんなに責められてるのか分からないまま、だけど二人が笑っているのを見て、自分も楽しくなって笑ってしまった。


「あー……はは。改めてよろしくな、汐見」

「はい、よろしくお願いします。といっても……私に出来ること、あまりありませんが」

「そうか? 液体ネコに取り込まれた時とか、逃げた時とか、けっこう助かったけど。色々と準備いいよなー汐見は」


 だよな、と問いかけると、「そうだねぇ」と昼夜はうなづいた。

「道具とか、色々あった方がいいよねぇ。素手じゃ危ない宙獣もいるし」

「色々いるんですねぇ。液体ネコ以外には、どういうものを捕まえたんですか?」

「まだ全然。……話してもいいよな、昼夜」

「ランズァクのこと? いいよ。あの時は大変だったね……」


 それからオレたちは、台風が落ち着くまで、部屋で色々な話をした。

 リクザメのこと。昼夜が百十一歳なこと。最初の給食の日、牛乳を見て「これは何の汁?」と聞いたこと。

 それからオレは、汐見を家の途中まで見送って……


「……改めて、今日はありがとうございました、千葉さん。千葉さんのおかげで、世界が広がった気がします」

「別に、オレのおかげじゃないだろ。昼夜が墜落してきたおかげ……ってのも変だけど、まぁ大体アイツの仕業だ」

「かもしれませんね。でも千葉さんがいなかったら、きっと、こうはなっていませんよ。私も……空井さんも」

「そうかな。……っていうか、千葉さんっていうの、なんかアレだな。せっかく友だちになったんだしさ。別に呼び捨てでもいいぞ?」

「呼び捨ては少し苦手なんです。されるのは構いませんけど」

「そう? じゃ、好きにしてくれたらいいか。……じゃあな、汐見」

「はい。また、お会いしましょう。……陸人さん」


 最後に短く、ぼそりと言って、汐見は足早に去っていく。

 オレは少しの間、その場に立ち止まって、汐見の傘が揺れるのを見て。

 ……それからの帰り道。通行人とすれ違う度に、傘で自分の顔が隠れていて良かったな、と思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る