水抜きとリベンジ

「ヴヴ……」


 さっき攻撃を受けたんであろうアクティトは、昼夜を警戒していた。

 だからオレは、昼夜と反対の側面に回って、アクティトの後ろ足に手刀を入れる。

「ごめんな、痛くないらしいけど……!」

 ためらいはあったけど、緊急事態だ。

 手刀はアクティトの表面にずぶりと入って、抜ける。と、オレが手刀を入れた部分から、ずしゃあと大量の水が噴き出した。

(ゼリーを切ってるみたいな感じだ……)

 それも、まだ固まり切ってないゼリー。この前、手のひらから逃げたアクティトとは、ずいぶんと感触がちがっていた。

 よく見れば、アクティトの体はふらつき気味だ。

(急に体が大きくなったからか……)

 原理は分からないけど、今のアクティトは保水力の限界に近い……のかもしれない。

 だから体は柔らかくて、アクティト自身も苦しんでいる。

「大人しくしてくれりゃ、すぐ元に戻してやるんだけど……」

「ヴァァァァァッ!」

「……無理か」

 アクティトにしてみれば、よく分からない生き物が二匹、自分を攻撃してるわけだし。

 怖がらせてるんだな、と自覚しつつ、オレはもう片方の後ろ足からも水を抜こうと手を構える。けれどアクティトは、残っていたその足で地面を蹴り、ぐわり。大きく口を開けて、昼夜を呑み込もうとした。

「うわ、あぶないっ!」

 昼夜はその攻撃を避けるけど、続けざまに前脚で叩かれて、ずざりと地面を滑った。

 ただでさえずぶ濡れの地面は、アクティトから抜けた水で浅いプールのようになっている。ふんばりの効かない中で、オレも昼夜も思うようには動けない。

「くっそ、これでどうだっ!」

 だからこそオレは、後ろ足を狙っているんだけど。

 ばしゃりと水を跳ねさせながら、オレはもう片方の後ろ足に組み付き、手刀で水を抜く。これで二本。後ろ脚から水が抜けている間は、アクティトも激しい動きは出来ないハズだ。

「アクティトも四足歩行動物だ。動きの根本は後ろ足だろ!」

「ヴヴ……」

 オレの予想通り、それでアクティトの動きは鈍った。

 だけど、大切なことを忘れていた。アクティトは確かに四足歩行の生き物だけど、そもそも地球の生き物とは違うってこと。

 ばしゅぅ、と鋭い音がして、オレの体を何かがつかんだ。

 ぎりぎりと締め上げながらオレを持ち上げるそれは、アクティトの尻尾だ。

「尻尾までこんな自由なのかよ……!」

 地球の、陸上生物の尻尾は、基本的にバランスを確保するためのものだ。

 だからオレは、アクティトの尻尾もそうなんだと思い込んで、注意を緩めていた。

「クッソ……しかもなんか硬いし……!」

「アクティトの尻尾は水を圧縮してるんだ! そのままじゃダメだよっ」

 言いながら、昼夜はアクティトの懐にスライディングで滑り込む。

 そのまま、一気にアクティトの腹部を切ったのだろう。どしゃあと大量の水が流れ落ちて、身体の小さくなったアクティトは、よろめく体を整えるために、尻尾をぶんぶんと振り回す。

「のわわわっ」

 ぶん回されるオレは、そのまますぽんっ! とアクティトの尻尾から抜けてしまった。

 行く先は上空。姿勢を整える頃にはもう落下が始まっていて、真下にはアクティト。

「もう何が何だかっ……!」

 思いながらも、オレは身体を縮こまらせる。

 ぶつかる面積を減らして、衝撃を受けないようにしたんだけど……どぼんっ!

 そのせいか、オレの体はアクティトの中にすっぽりと納まってしまった。

「ごぼっ……ぼばっ……!?」

「落ち着いて、陸人! 泳げば出られるから~っ!」

(泳げってお前……!)

 生き物の中をか!? アクティトの中、洗濯機みたいに激しく渦巻いてるんだけど!?


「ひ、紐なら持ってきてる! 液体ネコ、捕まえるのにいるかと思って……」

「本当? それ借りてもいい、汐見さん」

「汐見さんって……やっぱりあなた、空井さんなんだ……」


 水の向こうから、微かに会話する声が聴こえる。

 それからややあって、オレのすぐ目の前に、石ころの結ばれた紐が沈んできた。

(沈んで? なのか?)

 ダメだ、息が限界で頭が回ってない!

 とにかく、藁にもすがる思いでその紐を掴むと、ぐいっ! オレの体が強く引っ張られて、アクティトの中から引きずり出される。

「ぶはぁっ! で、出れた……助かった、汐見っ……」

「それより後ろ後ろっ!」

「え。わわっ!」

 引き抜かれたオレに、アクティトが飛び掛かってきた。

 でも、そのサイズはさっきまでよりかなり小さい。ライオンと同じくらいだ。

「ぐっ……うわっ」

 だからオレはアクティトの前脚を手でつかんで止めようとした、んだけど。

 足を滑らせて、そのまま尻餅をついてしまった。

「ヴァニャァァァッ!!」

「あ、かなり声高くなってる……はは、もう大丈夫だって、多分」

 最初に潰されそうになった時より、かなり楽だ。

 押し倒された形のオレは、じりじりと押し込まれてはいるんだけど。

 ここまで来て、そうなってるなら問題ない。だってアクティトの後ろには、すでにオレの友だちが立っていたんだから。

「もう少し、水切るよ」

 すぱぁんっ! 昼夜はそう言って、アクティトの体を手刀で裂いた。

 ひにゃ、と変な声を出して、更に小さくなったアクティトが、ぺしゃりとオレの胸の上に落ちてくる。

「最初はどうかと思ったけど……一周回って可愛く見えて来たな、コイツ」

「そうでしょ~。さ、今のうちに捕まえよう! 放っておくとまた大きく……」


 なっちゃうから、と昼夜が言い切る前に。

 アクティトはオレの顔を踏みつけて、逃げ出した。


「あぶっ……わ、ここで逃がすのはマジでヤバい!」

 追いかけようと体を起こしかけて、オレは今の状況に、既視感を覚える。

 オレと昼夜が捕まえそこねて、逃げた液体ネコが向かう先には……

「……っ!」

 汐見海璃が立っている。

 捕まえてくれ、とはオレも昼夜も言わなかった。

 でも汐見は、この時を待っていたとばかりに、手元からばさりと大きな何かを取り出す。

「――エコバッグだ!」

「撥水性です! これでっ……!」

 がばり。広げられた大きなエコバッグを前に、アクティトは急いで方向を変えようとするが、間に合わない。ぼこんと大きな音がして、アクティトはエコバッグに詰め込まれた。


「やっ……」

「おお……」

「やぁぁぁりましたぁぁぁぁぁっ!! 液体ネコ、確保ですっ!!」


 叫んだ汐見は、ずっしりと中身の詰まったエコバッグを高く掲げてから、濡れた地面にへなへなと倒れ込む。

「あああああ……今更、腰が……抜けました……」

 そんな汐見に、オレと昼夜は顔を合わせて苦笑いする。

 色々なことがあったが、とにもかくにも、こうして次なる宙獣・アクティトを捕獲することに成功したのだ。


 ……問題は、その先の話になる。

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