汐見と不可思議
結局その後、オレたちは液体ネコを見つけることは出来なかった。
日が落ちるまで走り回ったけど、成果はゼロ。
オレが帰った後も昼夜は一人で探し回ったみたいだけど、結局、液体ネコがどこに行ったかは分からず仕舞いだった。
「あの時捕まえられてたらなぁ……」
「そうだね……しばらくは警戒心も強いと思うし、より難しくなるかも」
「だよなぁ。……はぁ」
休み時間。校庭のすみっこの木の下で、オレは昼夜と反省会をする。
あそこで捕まえられなかったのは本当に痛い。数日歩き回って、ようやく掴んだチャンスだったのに。
「そういえばさ。アクティト、汐見もバッチリ見てたけど、あれどうすんの?」
「うぅん……陸人が機転を利かせてくれたから、記録は残ってないんだよね? だったら、いくらでも誤魔化す手段はあると思う。それに最終的には……」
「記憶を消す、か? それなぁ、かなり気が引けるっていうか……イヤだなぁ」
正直な想いを、オレは口にした。
汐見海璃の記憶を消すのは、なんだかとても悪い気がしてしまうのだ。
オレ自身が汐見と同じく、未知の生き物にワクワクする気持ちを持っていたから。
そしてその結果、昼夜と友だちになって、記憶を残してもらっているから。
「陸人はそうかもだけど……汐見さんは、宙獣のことを隠す気はないんでしょう?」
フカシギな存在をこの世に知らしめたい、と汐見は言っていた。
それは、地球に影響を与えまいとする昼夜の想いとは正反対の理想だ。
汐見がその目的を掲げる限り、オレのように記憶を残す処理は出来ないのだという。
もちろん、誤魔化せれば別だけど、と昼夜は付け加えた。
「アクティトの事を、夢とか……作り物だと思ってもらうとか、ね」
「出来るのか、そんなこと?」
「地球の技術では再現できないかな? 立体映像は……無いんだよねぇ」
どうしようかなぁ、と昼夜は考え込む。
汐見海璃の存在は、昼夜にとってはかなりの悩みの種らしい。
だけどオレはと言えば、汐見に対して、もっと別の事を考えてしまっていた。
「アイツもさぁ、追いかけたかったと思うんだよな」
「電話のこと、気にしてるの? 帰って来なさいって言われただけなんでしょ?」
「そうなんだけどさ。……もう一度聞くけど、本当に……アクティトのこと、汐見に知られちゃいけないのか?」
汐見の悔しそうな顔が、頭から離れなかった。
オレたちと目的がちがうとはいえ、汐見だって液体ネコをずっと探してきたんだ。
それが目の前に現れて、あとちょっとの所で逃げられて……追いかけることも、出来なかった。それがどれだけ悔しいかくらい、手に取るように分かる。
その上で、オレたちは液体ネコを独占しようとしているのだ。
「オレたちがアクティトを捕まえたら、あとはそれっきりなんだろ? 液体ネコは何かのカン違いで、本当はそんな生き物はいない、ってことにしないといけない。そうなったら汐見はさぁ」
汐見の悔しい気持ちは、どうなってしまうんだ。
オレの問いかけに、「ダメだよ」と昼夜は悲し気な顔をする。
「宙獣の存在が明るみに出たら、巡り巡って、地球の在り方を変えてしまう。宇宙生物や宇宙人が本当にいるんだって、地球人自身の力で証明できるようにならないと……」
「オレは昼夜のこと知ってるけど、何も変わらないぞ?」
「陸人はね。だけど星や……国にとってはちがうでしょう? それに、宙獣自体だって、地球で捕まったら実験台にされちゃうかもしれない」
未知の生き物として、どういう扱いを受けてしまうか分からない。
そうならないように、昼夜は宙獣を捕まえ直す必要があるんだ。
改めて説明されて、オレは言葉に詰まる。昼夜の言う事は最もだと思ったのだ。
だけど、汐見の気持ちが気になるのも変わらない。
「とりあえず、話してみたらいいよ。きっと今日も、汐見さんは近くにいるって」
「そうだな。どうせどっかで出くわすだろ」
本人のいないところでアレコレ考えてたって、仕方ない。
オレはそう思い、放課後になるとまた、例の公園の辺りへ探索に出たのだけど……
……その日、オレたちが汐見海璃と出くわすことは、無かった。
*
「おかえり、陸人。なんか明日台風来るみたいだから、部屋の窓閉めておいてね」
「りょうかーい。あ、ちょっとタブレット借りてもいい?」
「良いけど……宿題は終わってるの?」
「それもちゃんとやるって。じゃ、持ってくよ~」
家に帰ったオレは、リビングに置いてあった共用のタブレットを持って部屋に戻る。
言われた通りに窓のカギをチェックしてから、オレはベッドに倒れ込み、タブレットを操作した。なにかしら、液体ネコに繋がる情報が欲しかったのだ。
「ネットニュース……には、無いかぁ。SNSには大した情報転がってないし……そうだ!」
前に聞いた、フカシギチャンネルってところを見てみよう!
確か、倉田さんの友だちもそこで液体ネコを知ったと言っていたし、何か新しい情報が発信されてるかもしれない。
そう思って、オレはフカシギチャンネルのページを開く。
動画チャンネルには、濃い青髪のキャラクターが「イエティ」やら「シャドーマン」といった耳慣れない存在の解説をする動画が並んでいる。
「液体ネコは……あった、これだ」
液体ネコの動画がアップされたのは、比較的最近だ。
投稿は一月前。昼夜が墜落した後だから、時系列は合っている。
『最近、気になる情報をいただいたのです!』
動画を再生すると、「不可思議ルリイロ」を名乗る少女のキャラクターが、視聴者から送られた情報を楽し気に紹介していた。
おぼろげながら、液体ネコと思われる生き物の姿が映った写真。それが三枚ほど、別々の視聴者から届いたのだ、と彼女は語る。
『面白いのは、みなさん近い地域でこの生き物を発見したそうなんですよ~! もしかしたら、この辺りに巣があるのかも……? 私も調査してみたいと思いますっ!』
「……あれ? この声、なんか……」
不可思議ルリイロの声音は、機械で加工されていた。電子的な響きがあって、人の声とはちょっと違って聴こえる。だけどなんとなく、テンションやイントネーションには聞き覚えがあるような気がした。
気になったオレは、チャンネルの最初の動画をチェックする。
不可思議ルリイロが自己紹介をする短いその動画では、このチャンネルが「未確認生物」や「宇宙人」のような存在を紹介するチャンネルだ、と説明して。
『この世には、フカシギな存在がたくさんいる。その事を皆さんと共有したいのです!』
あの日、汐見海璃が言っていた言葉と似たような事を口にした。
(これに影響された、って可能性もあるけど……)
こちらが先で、汐見はその真似をしてるだけ。そう考える事も出来るけど、オレはそうは思えなかった。
フカシギチャンネルは、汐見海璃が運営しているチャンネルだ。
オレは半ばそう確信した上で、ほんの数分前に新たな動画がアップされていたことに気が付く。
「……活動休止?」
動画のタイトルには、フカシギチャンネルが活動を休止すると書かれていた。
理由は、私生活との両立が難しくなってきたから、とある。
『本当は続けたいし、これで辞めるつもりもないんですけれども。しばらくの間はお休み、とさせていただきます。……でも、いつか戻ってきますので!』
不可思議ルリイロは明るくそう言ったが、どことなく無理をしている気配は感じとれた。
(けど、活動休止ってことは……)
オレは少し迷って、動画にコメントを書き込む。
「液体ネコは、あきらめますか?」
本当に不可思議ルリイロが汐見海璃で、活動を止めるのだとすれば。
昼夜やオレにとっては都合が良かった。液体ネコに関して何も手を打たずとも、ただ捕まえて、それっきりにしてしまえばいいから。
でも。このまま汐見が液体ネコを諦めてしまうのだとしたら、それはとても……
すっきりしない、と感じてしまう。
ややあって、動画サイトの通知欄が点灯する。オレのコメントに返信があったのだ。
『あきらめません。せめてあと一日は。もう遅いかもしれませんけれども』
そうか、あきらめないか。
自分の立場も考えず安心してしまったオレは、続く言葉を理解するのにやや時間が掛かった。遅いかもしれない、は分かる。オレたちが捕まえた後かもしれないって意味だろう。
「あと一日? ……明日探すってことか? でも明日って……」
明日は台風だ。生き物を探すには向かない。
大雨や暴風の中で、半透明な水で出来た生き物を見つけるなんて、難しいハズだ。
「っていうか、大雨と……水の生き物……って、これマズいんじゃないか!?」
気づいてしまった。
このままでは明日、大変なことが起きてしまう!!
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