チャンスと時間
それから数日間、オレと昼夜は放課後に例の公園へ足を運んだ。
目的はもちろん、液体ネコことアクティト探し。
周囲の住宅街に出る可能性もあるから、公園とその周りをぐるぐる歩き回ることになるんだけど……
「げっ、汐見」
「げ、とはなんですか! また会いましたね、お二人とも」
汐見海璃とは、しばしば出くわすことになった。
モノクロのスカートを履いた汐見は、オレたちを見ると毎度毎度、じぃっと大きな目でこちらの様子を伺ってくる。そして「まだ見つけてない」と教えると、ホッとしたような残念なような顔で、「そうでしょうとも」と返すのだ。
「先に見つけるのは、私の方なんですから」
「いつもそれ言うけど、汐見だってまだ見つけられてないんだろ」
「むっ。それは確かにそうですが。でも、この辺りにいるのは確実かと思いますよ」
目撃証言もこの近辺ですし、と汐見は唇に指を当てながら答える。
「そうだよね。きっと液体ネコも、餌場になり得るこの辺りからは、カンタンには移動しないだろうし」
「……そもそも液体ネコって、なにを食べるんでしょうね?」
「そりゃあ水と太陽のひか――」
「それは捕まえないと分からないよな、昼夜! 水は必要だろうけどな!」
うっかり重要な情報を話しそうになる昼夜。
オレはその言葉をさえぎって、想像で分かりそうなことだけを汐見と話す。
「分かりませんよね、そりゃあ。やはり、足で探すしかないのでしょう……」
「罠も不発なんだろ? っていうか罠って、なにセットしてんの?」
オレが質問すると、汐見はちょっとためらってから、「まぁ良いでしょう」と罠の正体を口にする。
「液体ネコということですし、ネコ缶をエサに檻を置いてあります。掛かりませんから、もう撤去しましたけど」
「ネコ缶? もしかしてネコ、食べるの……?」
「いやいやいや、そういう意味じゃないから。ネコのエサが入った缶詰な!」
「……空井さん、たまに妙なこと言いますよね。ネコ缶も知らないなんて」
そういうものなんですか? と汐見は疑わし気な目をしながらオレに質問する。
どういう意味の目だ、それ。昼夜が変わってるだけだと答えると、汐見はすぐに納得してくれたけど……心臓に悪い。
「ほら、昼夜。もう行こうぜ。公園の奥の方、もう一回見てみよう」
「あら。お二人とも、今からそちらを見るんですか?」
「そうだけど。……あれ、もしかして汐見さんも?」
「えぇ、まぁ……」
時として、探すタイミングが被ることもあった。
最初は何となく、距離を置いてタイミングをずらそうと別の場所に行くことも多かったんだけど、こう連日となると、流石にそれも面倒になってくる。
結局、どちらが後にする、とか話し合う事もなく、オレたちと汐見は数歩分の距離を置いて、ほとんど一緒に公園の奥へと足を進めた。
公園の奥にある池は、アクティト探しの最有力地点だ。一日に何度も見に行ったり、時には近くのベンチでじっと張り込むこともあるんだけど、その日は……
「……人、いないな」
たまたまなんだろうけど。
周囲に遊んでる子どもとかもいなくて、静かだった。
「もう夕方だし、帰ったんじゃない? さっきまで人、いたもんね」
「いつの間にかそんな時間ですか。じゃあここを一周回ったら、もう……」
言いかけて、汐見が急に黙り込む。
なんだろう、と思って汐見の方を見ると、彼女は眼を丸くして、池の方をじっと見ていた。何かあるのか? とオレがその視線の先を追うと……
「――あれ、は……」
ぶよん、とした水のかたまりがそこにはいた。
振動し震える水は、太ったネコみたいな形状で、四本の足と一本の尻尾を生やしている。
その水のかたまりは、頭部らしい部位を池の端っこにくっ付けて、池の水はまるでそれに吸い寄せられるかのように、ゆるやかな波紋を作っている。
それから、最初に動き出したのは昼夜だった。
ダン、と地面を蹴って、液体ネコへと接近しようとする。でも。
「ダメだ昼夜、距離を置いて、回り込んでくれ!」
そのまま直進したんじゃ、ビビッて逃げてしまうだろう。
オレが指示すると、昼夜はこくりとうなづいて、池を大きく回り込むように走っていく。
「っ……」
ただ、液体ネコもバカじゃないらしい。
オレたちの存在に気が付いた途端、池から顔を上げて、身を低くして辺りをうかがう。
「水、ですよね、あれ。……本当に……」
「液体ネコ、だな。先に見つけたのは私だーとか言うなよ?」
「いっ、言いませんけどぉ! 千葉さん、なんでそんなに落ち着いてるんです!?」
「十分ビックリしてるし、困ってるよ……!」
冷静に見えるんだとしたら、これが二回目だからだろう。
リクザメや石人間と比べたら、前もって「そういうもの」と聞かされていた液体ネコの存在には、心構えが出来ていた。
(だけど、今は……)
汐見が傍にいる。トリカゴは使えない。
あくまで手で捕まえて、それから汐見を誤魔化さないといけない。
「と、とにかく撮影を……」
「あっ!? いや、それはダメ! 汐見も捕まえに行くぞ、話はその後!」
「ええっ!? でも素手でなんて、どうすれば……」
「とりあえず三方向から囲もう。あとは出たとこ勝負で!」
昼夜がしっかり回り込んだのを確認したオレは、液体ネコへ向けて駆け出した。汐見には右から言ってくれと指示して、茂み寄りの位置でアクティトへ近づいて行く。
(って言って、マジで汐見が捕まえたら困るけどさぁ!)
撮影されるよりはマシ、っていうか他にどうしようもない!
頭がいっぱいいっぱいになりながら、とにかくオレたちは一斉に液体ネコに走り寄る。
液体ネコは動かなかった。じっと身構えて、タイミングを見計らうように体の水を震わせる。それがどういう意味の動作かは分からない。
「そ、こ、だぁぁっ!」
最初に手を伸ばしたのは、昼夜だ。
ヘッドスライディングで液体ネコに飛び掛かった昼夜だけど、液体ネコはぴょんと跳ね、そんな昼夜の頭を踏み台にして跳び上がった。
「身軽だなぁおい!?」
その動きは想定してなかった!
とはいえ、ジャンプしたならその間は無防備だ。
オレはぎゅっとつま先で方向転換して、液体ネコの正面に出るように調整しながら、接近する。着地までには間に合わないけど、これなら方向転換の間だけ、タイムロスが出るハズだ。それなら届く……と、思ったんだけど。
「よし、つかま……らないッ!?」
つかんだハズの液体ネコの体は、ぬるりとオレの手を抜けた。
まるでスライムとかうどんとかみたいな、つかみどころの無い感覚。
そして前足でオレの肩を掴んだらしい液体ネコは、そのままオレの肩を抜けて、ぴょんとオレの後ろへ跳んでゆく。
「わ、こっち来ましたぁ!」
その先にいるのは汐見だ。
汐見は慌てながらも液体ネコに手を伸ばす。
オレと昼夜は体勢を整え、振り返りながらその様子を見ていた。
汐見の指先が、液体ネコに触れ……そうで、触れない。
ぬぅ、と液体ネコは体をひねり、汐見の指を避けて、どこかへ走り去ってしまった。
「あああああー……惜っしい……!!」
「もうちょっとだったんだけど……」
「うぅぅ……悔しい……! でも、まだ近くにはいるハズです! この辺りを探せば……」
汐見が言いかけた時、汐見のポケットから、ピリリリと高い音がする。
スマホの着信音だろう。それを聞いた汐見は、一瞬顔を強張らせてから、電話に出る。
「……はい。……分かっています。でも今日は……。いえ、もう少しで、その。……いえ。分かりました。……帰ります」
絞り出すように答えて、汐見は耳に当てていたスマホを下す。
「……汐見、どうかしたか?」
「いいえ、なんでもありません。ただ帰る時間になったというだけです。……ですので、どうぞお二人は液体ネコを追ってください。チャンスでしょう?」
汐見の言い方は、やけに投げやりだった。
なにかあったのか、聞きたくなったけれど、その時間はオレにもない。
「陸人、行こう! 今ならまだ追えるかもしれないし!」
「あ、ああ。……じゃあな、汐見!」
オレは汐見にそう言って、液体ネコの消えた方角へ走り出す。
だけど内心では、電話に出た時の汐見の顔が、どうしても気になってしまうのだった。
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