オカルトとライバル
「それでね。二人が液体ネコのこと、知りたいんだって」
放課後。オレと昼夜は倉田さんに連れられて、彼女が通う塾の前へと来ていた。
倉田さんに聞かれて、「ふぅん」と不思議そうな顔をするのは、液体ネコを見たという彼女の友だち、有間さん。
「塾の帰りだから、鳴瀬の……待って、地図描くわ」
「ありがとう、莉麻ちゃん!」
「いいよー。明衣の頼みだし。……でも、ホントに探すの?」
ルーズリーフにカンタンな地図を書きながら、有間さんは上目でチラとオレたちを見る。
そのつもりだ、と答えると、彼女は「物好きだねぇ」と半笑いで返す。
「……? 液体ネコ、見たんでしょう? 信じてないみたい」
「見たよ? けど自分でもあんまり信じられてないから」
首をかしげる昼夜に、有間さんは言う。
確かに、水で出来たネコみたいな生き物を目撃したとして、見間違いだと考えるのも、考えてみればふつうの事だ。
「どんな状況で見たの?」
「こう……水のかたまりがさ、ネコみたいにぬぅっと角から出てきて……歩いてんのよ」
脳みそバグったよね、と彼女は苦笑いした。
理解が追い付き、スマホで写真を撮ろうとした頃には、液体ネコはもうどこかへ消えていたという。
「写真撮れてればなー。フカシギチャンネルに送れたのに」
「ふか……なに、それ?」
「フカシギチャンネル。あれ、知らない? こーゆーの興味あるのに?」
そういう動画チャンネルがあるんだよ、と有間さんが語る。
なんでも、未確認生物とか宇宙人とか超古代文明とか……そういったオカルト話を中心に取り扱うチャンネルがあって、学校でも人気らしい。
「陸人は聞いたことある?」
「……名前は。でもオレも見た事はないわ」
「マジ? あれ、明衣はどうだっけ。アタシそれで液体ネコ知ったんだけど」
「あ、そこ由来なんだ。私も観てはいないよ。でもクラスの子、何人か観てたと思う」
フカシギチャンネルは、小中学生を中心に、最近人気が出始めているチャンネルらしい。
液体ネコの話も、元々はそこで取り上げられたのを有間さんが観ていたらしい。
「観た方がいいよ。そういうの好きなら特に」
「うーん。液体ネコは気になるけど、ボクは迷信みたいなのは別に……」
「いや、観るよ! 色々ありがとう、参考になった!」
昼夜の言葉をさえぎって、オレは有間さんに礼を言う。
有間さんはちょっと変な顔をしたけど、特に追求せずに「どういたしまして」と返す。
それから、地図を貰ったオレと昼夜は、倉田さん達と別れて液体ネコを目撃したという鳴瀬地区へと足を向けた。
「……ねぇ陸人、なんかボク、また変なこと言いそうになってた?」
「まぁ、大丈夫だとは思うけど。……迷信みたいなのは別にって言ったろ?」
「え、うん。だって宙獣とは違うんでしょ、それって」
「そりゃ宙獣のこと知ってればそうだけど、知らなければ同列だからなぁ」
「ああ、そっか。液状生命、珍しいんだもんね……」
昼夜は、地球にいるものといないものの区別が出来ない。
昼夜にとっての現実が、誰かにとっての夢幻と同じだとは思えないのだ。
「昼夜の存在自体、人によってはオカルト扱いだからな。宇宙人の実在って、それくらい信じられてないし」
「そこはありがたい所だよね。いるかもって疑われてないってことでしょ?」
「基本的には。でもまぁ、ボロは出さない方が良いよな」
「そうだね。気にしてくれてありがとう、陸人」
「いいって。それより、急ごうぜ。日が暮れる前に探したいし」
時刻はもうすぐ五時になる頃だった。
有間さんに話を聞く関係上、塾の始まる少し前まで待たないといけなかったから。
「陸人は何時には帰らないといけないんだっけ」
「具体的な時間は無いけど、まぁ六時台には帰らないと怒られるわな」
つまり、探せて一時間がいいとこだ。
鳴瀬地区はオレたちの学区からは外れているし、歩いて帰るならあまり余裕はない。
その間に見つかればいいんだけど、流石に厳しいだろうな。
*
「うーん……やっぱり、見当たらないねぇ」
「だな。そうカンタンにはいかないか、やっぱ……」
三十分後。目撃地点を中心にぐるぐると歩き回っていたオレと昼夜は、周囲が暗くなってきたのを見て、限界を感じ始めていた。
体力的にはまだまだ頑張れるんだけど、やみくもに歩いていても見つかる気配はない。
なにか、別の手段を考えた方が良いだろうか。
(あの時はどうしたっけ……)
ぼんやりと考える。
逃げ出したウサギを探した時。最初はただ近くを探し回ってたけど、いつからか、藪や植え込みの中を中心に確認するようになっていた、と思う。
(……それでも、すぐには見つからなかったけど)
逃げた生き物が、どういう場所を好んでいるか。
それを考えた方がいいのかもしれない。
「なぁ。アクティトが好きそうな場所って、どんなとこかな」
「ええと、せまい所とか、薄暗いところとか……」
「そういや言ってたか。水分が蒸発しないような場所、ってことだっけ?」
「うん。だから後は、水分の補給できる場所とか……」
「水場かぁ。なんかあったかな……」
この辺りはいつも歩かないから、イマイチ土地勘が無かった。
でもなにかあったような気がする。モヤモヤして考え込むオレに「それじゃあ」と昼夜が提案する。
「聞いてみようか、ファムに」
「宇宙船の? 分かるの?」
「上空から地形情報をスキャン出来るから。ファム、聞こえる~?」
言いながら、昼夜は手にしたキューブからファムに連絡を取る。
単に地図を見れればいいだけの話だったんだけど、やたら規模のデカい話になったな。
『こちらが周辺の地形情報です』
やや遅れて、ファムの返答と共に、キューブからぶわりと光が放たれた。
光は立体地図のような形になって、ある一点がピコンと印で強調される。
「ええと、この点がボクたちの現在地。だから……」
すぅ、と昼夜は立体地図に指で触れ、回転させる。
「触れんの? っていうかホログラムじゃん。すご……」
「立体映像もまだなんだっけ、地球。でも多分、十年くらいで出来るようになるよ」
「十年て。そん時オレもう大人じゃん」
ずいぶん先の長い話だなぁ。
思わず笑うと、昼夜はきょとんとした顔をしてから、なんとなく寂しそうに頷く。
「そうだったね。……それで、水場なんだけど……」
「? ああ、ちょいまち。……ここ! この公園怪しくない?」
立体地図をよく見たら、噴水や池のある公園が近くにあった。
そこならば、アクティトも水分補給しにやってきているかもしれない。
オレが指さして教えると、「なら早速行こう!」と昼夜はキューブをしまう。
「早くしないと、陸人の帰る時間になっちゃうしね!」
「だな。なんか手がかりあると良いけどな~」
そうして、オレと昼夜が自然公園へ向かうと。
「ここにも掛かってないぃ~……!」
茂みで悔しそうな声を出す、同い年くらいの女子がいた。
もしや、と思い公園の入り口でオレと昼夜は顔を見合わせる。
あの子は何かを探してる。それも、茂みに隠れてるかもしれない生き物を。
「まったくもう……液体ネコ、どこに隠れているんだか!」
そして案の定、その子が探しているのは、オレたちの探す液体ネコだったのだ。
「どうしようか、陸人」
「どう……っても、まぁほっとくしかないだろ。こう、距離を置きつつな……」
液体ネコを探してる子に、「オレたちが探してるから止めてくれ」なんて言えるわけが無い。そんな権利も、多分オレたちには無いし。
とはいえ一緒に探すわけにも行かないので、オレたちはその子の視界になるたけ入らないように注意しながら、公園内を見て回った。
公園は広くて、池や木々、噴水といった生き物が好みそうな場所がたくさんある。
中央には芝生の広場もあって、ボール遊びをしている子どもたちもいたけれど、周囲が暗くなってきたからか、遊びを止めて帰る支度を始めていた。
「どうだ、昼夜。この辺、アクティ……液体ネコ、出そう?」
アクティトと言いかけて、念のため液体ネコと言い直す。
もし誰かに聞かれたら、と気になってしまったのだ。
「多分ね。水場もあって日陰も多い。でも公園自体が大きいから……」
「カンタンには見つけられない、か。何かいい手があればいいんだけどなー……」
「罠はいけませんよ。私がすでに仕掛けていますので!」
「そっか、罠は……わぁっ!?」
うなづきかけた昼夜が、驚いて飛びのいた。
気づけば、さっきの女子がオレたちのすぐそばまで来ていたのだ。
「あなた達も、液体ネコを探してここへ行きついたのでしょうか?」
彼女は長くウェーブがかった髪を手で払いながら、じぃっとオレと昼夜を見る。
困惑して言葉が出ない昼夜に変わって、「そうだけど」とオレは恐る恐る答えた。
「そうですか。でも、どうしてこの場所へ? なにか有力な情報でもありましたか?」
「別に、なんとなくだよ。なぁ昼夜?」
「うん。液体ネコなら水分補給の為に水場を探すんじゃないかなって、それくらい」
「昼夜ぁっ!?」
せっかく情報を隠したのに、全部言っちゃってるよ!
オレが声を上げると、昼夜はきょとんとした顔でオレを見る。
女子の方はそんな昼夜の言葉を聞いて、「なるほど」と言いながらうんうん頷いた。
「私も同意見です。水で出来た生き物なら、水のある所にいそうですものね!」
ですが! と言って彼女はオレたちをにらみ、一歩近づいてくる。
「先にここへたどり着いたのは私です! なので、捕まえるのも私が先です!」
「なに言ってんだ。先に見つけた方だろ、捕まえられるのは」
「ええそうです。ですから、それが私なのです。絶対に、負けませんからねっ!」
いきなりの宣戦布告に、オレはうろたえてしまう。
いや、オレたちも別に負けるつもりはないっていうか、先に捕まえられなきゃ困るんだけどさ。返事に困っている間に、昼夜は不思議そうな顔で彼女に問うた。
「どうして君は液体ネコを捕まえたいの?」
「それはもちろん、決まってるじゃないですか!」
昼夜の質問に、何を当たり前のことをと言った顔で彼女は答える。
「この世には、フカシギな存在がたくさんいる。その事を多くの人に知らしめたいのです!」
つまり、不思議なもの好きということか。
オレも似たようなものだけど、彼女の物言いを聞いて、昼夜の雰囲気が変わった。
「そっか。じゃあ、君に捕まえさせるわけにはいかないね。……液体ネコを捕まえるのは、ボクと陸人だ」
静かで、だけど挑戦的な言葉選び。
本気だな、とオレは昼夜の横顔を見て思う。そしてオレ自身、同じ気持ちだった。
(この子に先に捕まえられたら、液体ネコの存在は拡散される!)
それこそ、昼夜が一番避けなきゃいけないことだったから。
昼夜の宣言を聞いて、彼女はけれど楽し気な顔で「そうですか!」と鼻を鳴らす。
「では、今日から液体ネコを捕まえるまで……私たちはライバルですね」
正々堂々とお願いいたします、と彼女は言って、オレたちに背を向ける。
それから一、二歩と歩いた所で、ふっと思い出したように足を止め、振り返る。
「名前。聞かせていただけますか? ……私は、汐見海璃と申します」
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