ネコと液体ネコ

 二日後の、月曜日。

 オレが登校した頃には昼夜も教室にいて、クラス委員の倉田さんと何か話していた。


「じゃあ、千葉くん間に合ったんだ」

「うん。おかげで怒られずに済んだよ」


 白衣のことらしい。

 オレが教室に入ると、昼夜はすぐに気が付いて、小さく笑みを浮かべる。

「おう、おはよう昼夜」

「おはよ、陸人。白衣、ありがとうね」

 あいさつを交わしながら、「ん?」とオレは首を傾げた。

 白衣のことなら、もうお礼は言ってもらったけど……

 不思議に思ってから、すぐに気が付く。白衣を届けに行った後、オレと昼夜の間にあったことは、学校のみんなには秘密なのだ。

「気にすんな。失敗は誰にでもあるし?」

「そうだね。次からは気を付けるよ」

「……?」

 話を合わせたオレ達を見て、なぜだか倉田さんは変な顔をする。

 あれ、もしかして……バレた?

 内心ドキドキするオレに、倉田さんは口を開く。

「ねぇ。二人とも、前は名字で呼んでなかったっけ」

「えっ」

 そうだった。オレが昼夜を名前で呼ぶようになったのは、宙獣のことがあったからだ。

 戸惑って言葉を出せないでいるオレを見て、昼夜が先に口火を切る。

「白衣をもらったついでに、少し話したんだ。その時に、ね?」

「あー、そう。昼夜ってほら、生き物好きみたいでさ。気が合うなって」

「ふぅん。確かに空井くん、千葉くんに色々聞いてたもんね」

 とっさの言い訳だったけど、ウソを言ってるわけじゃない。

 倉田さんもそれに納得したのか、うんうんと嬉しそうにうなずく。


「千葉くんの生き物知識はすごいんだよ~? 多分、学校で一番じゃないかな」

「そうなんだ! じゃあこれからも色々教えてもらわなくっちゃね!」

「一番……は言い過ぎじゃないか? 豆知識程度だぞ、オレが知ってるの」


 確かにオレは、クラスの中では生き物の知識がある方だ、と思う。

 昔から、図鑑を読むのも実物を見るのも好きだったからだ。

 だけど、そんなヤツ他にもいくらでもいるだろう。もしかしたら、研究者並みの知識を持ってるヤツだっているかもしれないのだ。

「でも、陸人は質問に嫌がらず答えてくれるよね。それがすごく助かるんだ」

「あっ、分かる。千葉くん、なんていうか面倒見良いよね?」

「知ってること聞かれたら答えるの、ふつうだろ……?」

 なぜだかオレを褒める流れになってしまったので、こそばゆい気持ちがして顔を逸らす。

 オレの気持ちを見透かしたのか、「照れてる」と倉田さんは笑ってから、話を変えた。


「そういえばさ。生き物に興味のある二人は、"液体ネコ"のウワサって聞いた?」

「液体ネコ? ……いや、知らないけど」


 昼夜も知らないらしく、オレが目線を送ると首を横に振る。

「知らないか。私も塾の友だちから聞いただけなんだけど……そういうのがいるんだって」

「ネコってあのネコだよね。……液体化するの? 地球のネコも」

「いやいやいやいや、んなわけないだろ」

 きょとんとした顔で問われて、オレは強めに否定した。

 っていうか昼夜、「地球の」って言っちゃってるし!

 気づかれてないか心配になってチラっと倉田さんを見るけれど、倉田さんは昼夜の発言を気にしてないみたいだった。セーフだ。

「……モノの例えだろ? ネコって体が柔らかいから、それで……」

「って、私も思ってたんだけどさ。水みたいに透き通ってるネコみたいな生き物を見た人がいる、っていうんだよね」

「水みたいに透き通っている、生き物……」

 倉田さんの言葉を聞いて、昼夜は真面目な顔で考え込む。

 この反応。もしかして、そういう宙獣がいるのか!?


 *


「うん、いるよ。アクティト。水の性質を持っている四足歩行の宙獣」

「マジでいたか!!」


 サラッと答える昼夜に、オレは思わず大きな声を上げてしまう。

 昼休み。いつもなら外でドッジボールをしてる時間に、オレと昼夜は人目を忍んで人気の少ない体育館への通用口に立ち、相談していた。

「じゃあ例の液体ネコがその、アクティト? ってことも……」

「あると思う。アクティトも逃げた宙獣の中にいるから」

「ってことはマズくないか? もう発見されつつあるってことだろ?」

 宙獣の存在が知れ渡れば、世界中が大騒ぎになるだろう。

 新種の生き物がいる、となれば多くの人間が宙獣を探すようになるだろうし、人間に捕まってしまえば、人間の研究施設に送られてしまう。

「他の人に見つかる前に捕まえないと、だよなぁ」

「そうだね……アクティト、可愛いから……」

「……。いや、そうじゃなくて。人間に捕まったらトリカゴに戻せないだろ?」

「あっ。うん、そうだよね! 困ったな。早く捕まえないと……!」

「…………」

 すっごく心配になる。

 オレが昼夜のこと見つけてなかったら、本当にマズい事態になってただろうなということが、あまりにもカンタンに想像出来てしまう。

「いつもはどういう手順で宙獣を探してるんだ? 前は反応があったって言ってたよな」

 夜の探索の時は、近くで宙獣の反応があった、と言っていた。

 もしかしたら、それがアクティトなのかも。ならもう一度反応をたどれば、と思ったけど、昼夜の顔は浮かない。

「あの反応、小さいんだよね。あんまり絞れないかも」

 探知の性能はあまり高くないのだ、と昼夜は語る。

「宙獣からは独特のエネルギー反応が出てるんだけど……それって、宙獣が大きな動きをしないと発生しないんだ」

 例えば、トリカゴを壊して抜け出した時とか。

 それに地球の環境も探知には不利らしく、色々な電波がジャマをして、カンタンには反応を拾えないのだという。

「つまり、船から場所を探るのは無理、と。そんな状態でよくリクザメ見つかったな?」

「ランズァクの時はたまたま近くに反応が出てたから。急いで捕まえないとって、慌てて学校を飛び出したよ」

 それで白衣を持ち帰り忘れたらしい。

 確かに、オレが昼夜の立場でも、それは忘れちゃうかも。


「んー……とすると、やっぱこっちでも目星は付けた方が良いよな?」

「うん。範囲を絞った方が反応は探しやすいし。でもどうしたら……」

「倉田さんにもう少し詳しい話を聞くしかないだろ。見たって人から、どこで見たのか聞いたりしてさ」

「だよね。うー、地球人との交渉かぁ……」

「交渉って。ちょっとウワサについて聞くだけじゃん」

 思わず笑うと、冗談じゃないんだよ、と昼夜はうらめしそうな顔をする。

「ボクの正体がバレないように気を遣って話すの、大変なんだからね!」

「悪い悪い。オレもいるから。フォローするから」

「うん……お願いね、陸人。頼りにしてる」

「お、おう」

 素直に頼られるのは、悪い気がしない。

 それにしたって、気を遣って話しててアレか。

 でも倉田さんは怪しむ様子も無かったし、ちょっと言い回しが変なくらいじゃ、地球人も気づかないのかもしれない。

(オレだって、変わったヤツとは思ってたけど、宇宙人とは思わなかったもんな)

 ともあれ、昼夜が不安になる気持ちも分かった。

 会話の時は、オレもなるべく気を付けて昼夜を助けよう。ひとまずは……


「なぁ昼夜。お前さっき、「地球のネコ」って言ってたからな」

「えっ!? そんな……気付かなかった……!」

「無意識か。でもさ、宇宙にもネコっているの?」

「正確にはネコじゃないんだけど、似たような生き物はいるよ。アクティトだってそうだし。ネコと同じくらいの大きさの、四つ足の水」

「……まず水に足があるってのが上手く想像できないけど」


 言葉の通りだよ、と昼夜は言う。

 つまり……生き物みたいな形になってる水、ってことなのか?

「やっぱ変わってるよな、宙獣」

「ボクにはその感覚、無いからなぁ。地球のネコも水なんだなって素直に思っちゃった」

 逆に昼夜にしてみれば、液状の生き物がいない地球の方が不思議ってことか。

 宇宙にいる生き物の内、どういうものが地球にもいて、どういうものがいないのか。

 それを知らなければ、昼夜はふとした事でボロを出してしまうかもしれない。

「大変なんだな、お前も」

「大変なんだよ。それで、なんで地球のネコって、水じゃないのに液体って言われるの?」

 首をかしげる昼夜に、オレはカンタンに説明する。

「地球のネコは体が柔らかくてさ。他の生き物と比べて、変な姿勢で寝っ転がってたりすることが多いんだよ」

 毛もふわふわな分、体がどうなってるのか分かりにくい。

 それもあって、「ネコは本当は液体なんじゃないか?」なんて冗談めかして言われることも多いのだ、とオレは昼夜に話す。

「狭い所を通ったりするのとか、お手のものなんだぜ」

「へぇ。そこはアクティトと同じだね。アクティトって、気づいたら狭い所に入り込んでたりするらしいんだ」

 トリカゴの中でもそうだったよ、と昼夜は言う。

 なんでも、液体の体が蒸発してしまわないために、日の当たらない涼しい場所に潜り込む性質があるらしい。

「確かに同じだ! はは、変な生き物だって思ってたけど、思ってたより地球の生き物と似てる部分もあるんだな」

 液体生物の特徴を面白がりつつ、これは使える情報かもなぁ、とオレは考えた。

 宙獣は、地球の生物とは色々ちがうけど、結局のところ同じ生き物だ。

 ちゃんと理解すれば、捕まえるのも楽になる……かも、しれない。


「とにかく、あとで倉田さんに話を聞き直そう。場所、絞らないとな」

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