第二部04.耐えて待ちます
フォード領から王都までの道のりは、昔よりも何倍も快適になっていた。
石畳ではないが、新しい街道は馬車がすれ違える程の広さがあり、道はなるべく平らになるように定期的にメンテナンスされている。
メンテナンスをする際には看板を立て、一人が馬車や馬の誘導をするようにも教えた。
更に、街に近い場所には一定区間ごとに柵で補強した歩行者用の道を作って貰った。前世で言うところのガードレールのようなものだ。
さすがに鉄で作る事は予算的に無理があったので、木製のものだが、衝突しそうになった経験のある領民は、この道なら安全に通れると喜んでくれている。
馬車側も柵があると馬が自然と避けようとするため、スピードを調節しやすいと高評価だ。
(前世の世界ってやっぱりすごい)
セルディはレオネルが殺されそうになった事件の時から、前世の記憶を鮮明に思い出した。
もちろん忘れていたり、わからない部分もたくさんあるが、暮らしやすい街というイメージはすぐに湧く。
フォード領を新しく作り直すという話を聞いたセルディが、健康と安全を重視した街づくりを提案した結果、フォード領はグレニアン陛下の支援も受けて、新しい試みの実験場的な扱いを受ける事になった。
この歩行者道付きの街道はその実験の一つである。
結果、柵は王都でも事故の多い場所に設置され始めたらしく、レオネルが死亡事故が減った事を喜んでいた。
(それに……)
セルディは自身が座っている馬車のシートを触った。
「馬毛にして正解ね! 柔らかすぎないから長く座っていられるわ!」
奮発して買った長距離用の馬車のシートには、馬毛がたっぷりと詰められている。
アニスに協力してもらって、ブラッシングした際に取れる馬毛を全て保存して貰っていたのだ。
領民が増えたため馬の需要も増え、友人アニスの家の牧場は馬の数が倍以上に増えた。
その事を知ったセルディが馬のブラッシング専用の小屋を作る代わりに、馬毛を袋詰めにして売ってくれるよう取引をした成果だった。
「そういえば、セルディはこの馬車に乗るのは初めてだったか」
父の言葉にセルディは頷く。
「馬車もだけど、新しい街道をしっかり見るのも初めて」
「そうだったか、こっちに帰ってきてからはあまり外に出してやれていなかったからな……。お前が色々と考えてくれたお陰で私も皆もとても助かっているよ」
父の感謝の言葉にセルディは困り顔で片方の頬を人差し指で掻く。
これらは前世の知識であって、自分で考えた事ではないところが、なんだか申し訳なかった。
「……窮屈な思いはしていなかったか?」
「全然。伸び伸びやらせて貰ってたから安心して」
心配そうに問いかけてくる父に、セルディは明るく返す。
レオネルに会えない事は寂しかったが、護衛を連れて歩く事には大分慣れた。
前世でも引きこもる事にストレスは溜めないタイプだったし、窮屈と思った事はない。
見張られている訳ではないのだし、皆がセルディにストレスを与えないように気を遣ってくれている事もよく知っている。
(買い食いが禁止になったのだけは残念だけどね!)
買い食いをしている事が知られると、誰かがどこかで脅されて手渡す際に毒や薬を混入するかもしれない。
そういう理由から、昔は出来ていた買い食いは全面的に禁止となった。
セルディも理解はしているので、フォード領に戻ってきてからその約束を破った事はない。
が。
(焼きたての串焼き肉とか見ると、食べたくなっちゃうのよねえええ)
今フォード領で人気の串焼きを思い出し、セルディは遠い目をする。
味付けは刻んだニンニクと塩とレモンだけというシンプルなものだが、それがまた食欲をそそるのだ。
人口が増えたために、屋台も増えた。
美味しい物もどんどん増えている。
たまにヤニクがこっそり買ってきてくれるのを楽しみにしているのだが、出来たてを食べたい欲求が収まる事は一生ないだろう。
(はぁ、あの味を思い出すだけで涎が出そう……)
セルディは憂鬱そうに溜め息を吐いた。
「……やはり窮屈な思いをしているのだな」
「え?」
「旦那様、違います。お嬢様はお腹が空いていらっしゃるだけです」
なぜわかった。
セルディはチエリーの鋭い観察眼に恐れ慄く。
そのタイミングでセルディの腹の虫まで鳴くものだから、恥ずかしさに穴があったら埋まりたい気持ちになった。
「……次の休憩所まで我慢してくれ」
「ハイ……」
セルディはがっくりと項垂れた。
=====
旅は順調だった。
天候にも恵まれ、事故もない。
このまま何事もなく終わって欲しい。
誰もがそう思っていた。
だが……、フォード領に新しく架けられた橋を過ぎ、カザンサ侯爵領に入る直前、事件は起きた。
「賊だ!!」
先頭を走っていた護衛の叫び声。
セルディは意味を理解出来なくて、動けなかった。
「セルディ!!」
父によって頭を抱えられ、椅子と椅子の間に蹲る。
その狭さは、レオネルが襲われた時のことを思い出させた。
(嘘、なんで?)
盗賊がいる事は知っていた。
フォード領は裕福になったが、カザンサ領までの道の間にあるのは休憩所だけで、関所がない。
しかもそれなりに広い林があるため、隠れて潜伏する者達が居ることがある。大多数は馬車を狙った盗賊だ。
その盗賊達にキャンベル商会の馬車や、魔石の運搬を任されている騎士達が襲われたという話はセルディも聞いた事があった。
(でも、段々減ってるって……)
貧乏だったフォード領から魔石が出たと噂になった時、犯罪者達はこぞってフォード領を襲いに来た。
だが、その時にはすでに警備体制は整えられており、盗む事に成功する者達よりも、捕まる者達の方が断然多かった。
その後も何組かの盗賊が捕まり、セルディ達親子がフォード領に戻る時には半年に一回襲われた報告があるかないかくらいまで落ち着いていた。
それなのに……。
「護衛は皆殺しにしろ!!」
そんな声が外から聞こえ、セルディは凍りつく。
「セルディ、大丈夫だ。護衛達が強い事はお前もよく知っているだろう?」
「そうですよ。ラムが盗賊なんかに後れを取るはずがありません」
父とチエリーの言葉に、セルディは顔を上げてぎこちなく微笑んだ。
そうだ、今はレオネルが襲われてしまった時とは違う。
護衛もたくさん連れてきた。
最悪、最後尾の魔石やキャンベル商会の荷物を積んだ馬車を手放す事も想定に入っている。
セルディ達は邪魔にならないようにじっと待つしかなかった。
しかし、次いで聞こえてきた声に、馬車内には緊張が走る。
「おい、どの馬車だ!」
「一番先頭だ!」
今度固まったのはセルディだけではなかった。
父も、チエリーも、男達の言葉の意味を一瞬で理解した。
狙いは、荷物じゃない――。
「馬車を守れ!!」
男達の怒鳴りあう声の合間に、剣の打ち合う音、馬が嘶く声が聞こえてくる。
外が見たかった。
誰か怪我をしていないか、死んだりしていないか、確認したかった。
でも、それは許されない。
(お願い!! みんな無事でいて……!!)
セルディは両手を組んで只管に祈る。
そうして、時は過ぎ――。
「お嬢サマぁ、もう大丈夫っすよー」
静まり返った外から、そんな呑気な声が聞こえてきた。
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