第二部03.王都へ行きます
デビュタントの準備を始めてから一か月後。
今日セルディは王都へと旅立つ事になった。
この国では十五の成人を迎える貴族の子息子女のために、春に行われる王家主催の夜会をデビュタントの場として開催している。
もちろん自領や別の場所で行う者達も居るには居るが、そういう者達は病弱だったり、公式には顔を出すつもりがないということを証明するようなものになるので、基本的には行われない。
大体の貴族がこの春の夜会で自身の子供を紹介し、他貴族への顔合わせをする。
セルディもこの夜会に間に合うように今日まで準備をしてきた。
「天気がよくてよかったぁ」
荷物を運び終わり、屋敷から一歩足を踏み出したセルディは空を見上げた。
空に雲は一つもない。見事な快晴だ。
少し肌寒いため、若葉色のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織ったセルディが、ようやくレオネルに会える喜びに頬を緩ませながら、一歩ずつ足を進める。
「お嬢様、傘を」
「わー、ありがとう」
日傘を差してくれたのは、護衛のサットンだ。笑顔で感謝を伝えると、サットンも目尻を下げて、微笑ましい目でセルディを見た。
まだ身長が低かった頃からの付き合いなので、成長した姿が微笑ましいのだろう。
王都での事件後からサットンとラムはセルディ専属の護衛になり、フォード領にも付いてきてくれた。
華やかな王都から不便なフォード領に異動させるのが申し訳なかったセルディは、二人に王都に残りたいのなら素直に言って欲しいと話をした事がある。
でも二人は、レオネルから未来の奥方の警護を頼まれて嬉しいと誇らしげに語ってくれた。
フォード領に来て一年が経った今では、領民からもフォード家の一員として扱われるようになっている。
「お嬢様、馬車に問題はなさそうですよ。乗って下さい」
馬車の最終確認を終えたラムが馬車の扉を開けて手を差し出した。
セルディはその手を取り、馬車へと乗り込む。
続いて乗り込むチエリーも、ラムに手を差し出されているが、チエリーはその手を無視して馬車へと一人で乗り込んだ。
そのチエリーの姿に、セルディは目を丸くした。
「え。チエリー、ラムと喧嘩したの?」
「……いえ」
「すみません。昨日咳をしていたので、フォード領に残ったらどうかと言ったら……」
ラムが頬を掻きながら苦笑している。
「あー……」
セルディはチエリーらしい理由に納得する。
「チェリー、ごめんって……」
「仕事中です」
ラムが小さな声で謝るが、チエリーはバッサリだ。
セルディは苦笑した。
なんと、この二人、付き合っているのだ。
付き合いだしたのはフォード領に来てからのようなのだが、チエリーは自身の恋愛の話は詳しく教えてくれないので、セルディもよくは知らない。
だが、チエリーが自分の仕事に口を出さないという約束で付き合いを了承したことは噂で聞いていた。
「えっとぉ、チエリーは体調の方は大丈夫なの?」
「大丈夫です。管理は出来ています」
「そ、そっか」
チエリーは頑固だ。
特に仕事に関してはこうと決めたら梃子でも動かない。
セルディは四年の付き合いでそれをよくわかっていたため、返事は頷くに留めた。
「……薬とか飴とか、あとで買ってあげて」
ただ、こっそりラムに頼むのは忘れない。
ラムもそのつもりだったのか、小さく頷いていた。
「セルディ、待たせた」
最後に乗り込んだのは父のゴドルードだ。
分厚くて大きい革製の鞄を片手に持ち、馬車へと乗り込む。
母は弟がまだ小さいため、フォード領に留まる事になった。
娘の晴れ姿を見れないのは残念だと零していたが、生まれたばかりの弟に一週間の馬車旅は無理だ。
代わりにデビュタントの姿を絵姿として残すと約束をさせられた。
その件はレオネルにも伝えてられており、ダムド家に腕の良い画家を呼ぶことになっている。
「それでは出発します!」
扉を閉め、先頭の御者が声を上げた。
昔とは違い、今回の王都までの旅は馬車を三台も使っている。
一台にはドレスなどの荷物を、もう一台には魔石やキャンベル商会の商品を。
本当は二台でいくつもりだったのだが、護衛を連れて王都まで行くのだから、ついでに、と伯父のガルドから頼まれたのだ。
その分、護衛にはキャンベル商会で雇った人間も混ざっている。
かなりの大所帯で移動するので、盗賊に狙われないかだけが心配だ。
「この景色を見るのも久しぶりな気がするわ」
「ああ、セルディは家に篭りきりだったからな……」
馬車から見た外の景色。
フォード領は今はもう田舎町ではない。けれど、街の外は一面の麦畑が広がっている。
父は食糧庫としてのフォード領の役割もしっかりと継続していた。
初めて王都から戻った時と同じ、馬車の窓から見える緑の麦畑に、しんみりとした気持ちになる。
(次にこの景色を見るのはいつになるのかな……)
婚約発表をしてしまえば、簡単にフォード領には帰る事は出来ないだろう。
安全面の事もあるし、レオネルが王都からそう簡単に動ける地位にいないのだ、一年の間味わった寂しさを思い出すと、レオネルの傍に居たいという気持ちの方が強い。
でも、故郷の象徴とも言えるこの景色を見る機会が減るのも、やっぱり寂しかった。
「寂しくなるな……」
父も同じ気持ちを抱いたのか、ぽつりとそう呟く。
「大丈夫、レオネル様に頼んで里帰りもさせて貰うから! エヴァンに忘れられちゃうのは悲しいし!」
父を元気づけるため、セルディは元気な声でそう返した。
父は相も変わらず無表情だが、セルディの言葉には少し表情筋を緩めた。
「そうだな。セルディが何度でも帰ってこられるよう、私も頑張って旅費代を稼ぐとしよう」
「ぷっ……」
フォード領はもう没落を心配しなくても余裕な程の収入を得ているというのに、まず心配するのが旅費な事に、セルディは笑いを堪えられない。
「あはは、貧乏性はなかなか抜けないね!」
「そうだな。もう三年も経つのにな……」
遠い目をする父に、セルディはますます笑う。
こうして、王都までの旅路は賑やかに始まったのだった。
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