第二部02.推しキャラは耐える
レオネルは一人、机に向かって書類と戦っていた。
グレニアンの戴冠式から四年の月日が経ち、近衛の人数も増えてグレニアンの警護を任せられる日が増え、レオネルがグレニアンの傍を離れられるようになったからだ。
今でも大きな催事の時に傍を守るのはレオネルの仕事だが、今はグレニアンの警護よりも前にやるべきことがあった。
「こいつも駄目だ……」
今、レオネルは騎士団総括の執務室に居た。
落ち着きのある深いブラウンで統一され、国旗や立派な剣が壁に飾られたこの執務室は、騎士団総括という新しく設立された役職専用の部屋だ。
三年前に第二の騎士団長をしていたジアルークを解雇した結果、お前が騎士団全体を管理しろとグレニアンに押し付けられたのだ。
近衛隊長と総括の両方なんて無理だと断ったが、当時のジアルークの補佐をしていた副団長の男は書類仕事は騎士にしては上手かったが剣の腕はそこそこのレベルで、ジアルークに付き従う事で出世したような男だった。
話をしてみてその事に気付いたレオネルが、まさかと思って第二の騎士団内を調べてみれば、出てくるのは不正の嵐。
ヤニクが潜入するのに第二騎士団を選んだ理由がよくわかってしまうほど、団内は不正が横行していた。
城内の警備を任されているはずの第二騎士団は、金で騎士の地位を売り買いしたり、城内で起こった貴族の不正を誤魔化したり、証拠を改ざんしたり、嘘の証言をしたり……。
ジアルークがレオネルに嫉妬してやさぐれだしてからの期間では不正の数は倍増していたらしく、常識ある騎士達は陰湿ないじめも受けていたらしい。
レオネルはすぐさま聞き取りを行い、不正を行っていた騎士達を解雇した。
そこにはもちろんヤニクも含まれているが、ヤニクはセルディ専用の護衛になれると喜んでいた。
レオネルはヤニクをセルディの護衛に付けたくはなかったのだが、セルディの安全のために涙を飲んだ。
念のためと調べたところ、その他の団内でも様々な不正が見つかったため、最終的にレオネルは臨時で騎士団の総括という地位を作り、全体的な人事等を見直す事になったのだが、三年経っても総括という職は続いたままだった。
それどころか臨時で出来た役職だというのに、今では団長や副団長が次から次へと揉め事や悩みを相談に来る。
特に突然第二の団長と副団長にされた二人は前団長の後始末の多さに耐え兼ね、辞めたいと泣き言を言う始末。
レオネルがほぼ無理やりの形で頼んだので、話を聞かない訳にもいかず、宥めすかして仕事をさせている状態だ。
最近では近衛の仕事は副隊長のレイナードに任せきりになっており、周囲はこのままレイナードを近衛隊長へと昇任させ、レオネルが正式に騎士団の総括になれば良いと言っている。
最初はレオネルと同じように臨時のつもりだったグレニアンも、騎士団を個々の団長一人一人に任せて報告書を出させるよりも、総括という全騎士団をまとめる人間を間に挟んだ方が自身の業務が円滑に進むと知り、レオネルが総括を降りるなら後任を探せ、と命令を下してきた。
レオネルは命令を受けて即座に第二を除いた第一から第八までの団長や副隊長達には総括にならないかと話を持って行ったが、大体の人間には断られた。
第一は沈静化はされているものの、未だ北国との小競り合いの続くカッツェ領への派遣任務のため。
第三、第四は犯罪者の捕縛任務が多く、カラドネル公爵家が没落した混乱は未だ収まっておらず、人手はどれだけあっても足りない。
第五と第六はそもそも団長も副団長も不在だった。
国内で大規模な土砂崩れと川の氾濫があり、二つの団が共同で任務に当たっていたためだ。
第五、六騎士団は国内で被災にあった地域を支援・補佐する機関なのだが、二つの騎士団の団長同士は仲が良く、連携も上手い。
お互いを支え合っている関係を今変える事は国の損害になるとレオネルは判断し、諦めた。
第七は情報を収集する組織で、そもそも団長を捕まえる事が出来なかった。
やっかいな話を持ち込まれる前に逃げたのだろう。
レオネルも諦めずに何度か暇を見つけては訪問をしたが、長ったらしい断りの手紙を貰う事になった。
第八の団長に至っては話を振った相手がレオネルにも関わらず「断る!」と断言した。
隣に立っていた部下は不敬を心配して顔を真っ青にしていたが、あまりにもキッパリと断るものだから、レオネルは怒りも湧かなかった。
そうしてレオネルは別の場所から後任を探す事になったのだが、総括は騎士団内の面倒事を一番押し付けられる立場なのだ。まともな人間がやりたがるわけがなかった。
持ってこられる後任希望の人間は、調べれば調べるほど楽をして生きたいと思っている貴族の次男三男ばかり。
総括という立場に剣の実力は関係ないとはいえ、さすがに剣を握ったこともない人間に騎士団を任せる訳にもいかず、レオネルは溜め息を吐いた。
(いや、俺は諦めない。絶対に後任を見つけてやる……)
すべてはセルディとゆっくりと過ごすため。
レオネルは再度調査書をじっくりと読み始めた。
――コンコン
数分後、軽いノックの後に片手に手紙の束を持った騎士の一人が入ってくる。
「失礼します! 総括、お手紙をお届けに参りました!」
「おう、そこに入れてくれ」
レオネルが指し示した扉付近の小箱を見て、騎士は少し動きを止めた。
「……所属と名前」
「え? あ、は、はい! 第二騎士団所属! ネック・ラーヤンと申します!」
「ああ、この間の団内試合で三位のやつか。お前が手紙を運んでくるのは初めてだな」
「は、はい! は、恥ずかしながら、私はレオネル様に憧れておりまして! 配達を変わって貰いました! 名前を憶えて頂けていて、とても光栄であります!」
「……そ、そうか」
レオネルはこめかみに手を当てた。
一瞬刺客の類と思ったのだが、たまに居るレオネルのファンというヤツだったらしい。
「そうか……。今後も励んでくれ」
「はい! 失礼します!」
ネックと名乗った騎士は手紙をさっと小箱に入れ、音を立てないようにゆっくりと蓋をすると再度敬礼をしてから出て行った。
レオネルは握っていた剣から手を離し、調査書を置いて立ち上がる。
箱を開けて手紙を取り出すと、ソファへと腰を下ろした。
封筒の宛名を確認し、緊急性のあるものかどうかを確認していると、手紙の一つに見知った花柄を見つけた。
「セルディ……」
豚の蹄のような花弁が五枚。
これはセルディが自分の手紙だとすぐわかるようにと印した、セルディだけの花だった。
「お前のお陰で仕事が楽だぞ」
レオネルは微笑む。
扉の傍に手紙を入れる専用の小箱を置く、というのはセルディが思いついた事だ。
総括という立場に就かされ、近衛とは違い顔も覚えていない人間が出入りする事にレオネルが疲れてきた頃に提案されたものだ。
傍に近寄らなければ殺す事は出来ない。
遠距離から攻撃をするには専用の武器も動作もいる。
手紙や書類を専用の箱に入れる事を躊躇う人間がいる時に警戒すればいい。
そう言って作られた箱は、レオネルの仕事中のストレスを軽減してくれた。
レオネルは提案してくれたセルディの可愛らしい笑顔を思い出し、穏やかな気持ちで手紙を開ける。
「……そうか、ドレスが決まったのか」
そこにはデビュタントに向けての準備が着々と進んでいる事が書かれていた。
前の手紙でアクセサリーはレオネルが用意したいと書いたためだろう、ドレスの色や形などが細かく描写されていた。
髪飾りはもちろんレオネルが最初に贈ってくれたものだという言葉も添えてある。
「ああ、ようやくだ……」
この一年、レオネルはほぼ休みなしで働いていた。
セルディがフォード領に戻り、ダムド家のタウンハウスに居た時には当たり前だった出迎えがなくなってまた城内で寝泊まりをする日々が戻ったというのもあるが、セルディを無闇にフォード領から出せなくなった、という事もある。
フォード領から魔石が出る事は二年の間に全国に知れ渡り、魔石を狙った賊の類がフォード領の道に現れるようになったからだ。
フォード領全体の警備や設備を見直してからの発表だったため、被害は大きくはなかったが、少なくもない。
何人かの人間は巻き添えになったり、不慮の事故で亡くなっている。
カラドネル公爵家がなくなったため、王家に次いで権力のある家がダムド公爵家となってしまった事も、セルディをフォード領から出せない問題の一つだった。
王族の血筋を自分の家に取り込みたい。
グレニアンが死ぬ、もしくは子供が出来なかった時、ダムド家の子供が王位を授かるかもしれない。
そう考える人間は多い。
前王弟によって貴族の数は減らされたが、権力に固執する貴族は未だ少なくないのだ。
グレニアンが新しく爵位を与えた新興貴族の中にもあわよくば、と考える人間もいる。
フォード領から王都までの道中はそんな彼らにとってセルディを害する絶好の機会となってしまう。
レオネルはセルディをフォード領から出したくなかったのだ。
セルディもそんなレオネルの気持ちを慮ってくれているから、フォード領でじっとレオネルが会いに行くのを待ってくれている。
もちろん手紙のやりとりはずっと続いているが、寂しさは募った。
「デビュタントと婚約発表が終われば、ずっと一緒に居られる……」
成人前の子供を婚約者の家に入れるのは色々な問題があるが、デビュタントと婚約発表を終えてしまえばその縛りはなくなる。
「今日は久しぶりにタウンハウスに帰るか」
そしてアクセサリーを確認しよう。
髪飾りと共に買ったが、仕舞われたままになっていたイヤリングとネックレス。
それらがセルディのドレスに似合うか確認をしなければ……。
「よし、そうと決まればさっさと仕事を終わらせないとな」
レオネルは執務机に戻ると、調査書を仕舞って今日中に片付けなければいけない書類に手を付け始めた。
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