カラドネル公爵家の最期:カラドネル公爵視点
高位貴族を裁くために開かれた謁見の間で、アルバーノン・ディ・カラドネル、周囲からカラドネル公爵と呼ばれる男は騎士団に拘束された時の姿のまま跪いていた。
「何か申し開きはあるか」
アルバーノンが顔を上げると、今では国王となった大甥のグレニアンの姿がよく見え、大きくなったな、と思った。そして、自分は老いたな、と……。
視線は無意識に一人の女性を探していた。
昔であれば、甥であったグレニアンの父親の隣に姪のサーニアが立っていた。
その姿は美しく、神々しく、女神と謳われる程で、アルバーノンは彼女の隣に立てる甥を羨ましく思ったものだ。
そんな美しいサーニアは、甥が結婚するよりも前に辺境のカッツェ領を預かるベイガ伯爵の元へと嫁いでしまった。
通常であればカッツェ領などという危険な地に王族が嫁ぐことなど有り得ない話だったはずだが、サーニアは自信の知識と知恵を持って一目ぼれをした男の元へと飛び去っていった。
その手腕はいっそ鮮やかで、絶望を感じると共に感心した事を、アルバーノンはよく覚えている。
「……ダムド公爵夫人は来ない」
アルバーノンの視線をどう解釈したのか、グレニアンはそう言った。
「ええ、陛下。わかっておりますよ」
アルバーノンは微笑んだ。
サーニアの事は、誰よりも自分がわかっている。
彼女は強い女性に見えて、情に厚く、脆いところがある。アルバーノンがやった行いに一瞬憤りはしても、今までの思い出が邪魔をして冷酷な判断を下せないと判断したのだろう。
(本当に、可愛らしいお人だ……)
アルバーノンは思い出す、初めて会った時の事を――。
=====
アルバーノンは、妻を溺愛していた王が最後に生ませた子供だった。
それなりに高齢だった母は、その出産で命を落とした。
残されたアルバーノンを、父は愛することが出来なかったらしい。父は母が死んでひと月も経たない内に成人していた長男へ王位を譲り渡すと、母の墓のそばの離宮へと引っ込んだ。赤子のアルバーノンを残して……。
残されたアルバーノンに兄王は使用人は付けてくれたが、積極的に関わろうとはしなかった。義姉と婚約をしたからだ。
今だからわかる。
兄は義姉との間に生まれる子供に、アルバーノンが恋情を抱くことを恐れたのだろう。
王族は初恋に溺れやすい。
その事を兄は知っており、血筋の近い又従姉妹と結婚をした父に嫌悪のような気持ちも抱いていたのだと思う。
自分の弟達が愛した人を娶るために婚約者から半ば無理やり奪ったこともあったと聞く。
真面目で潔癖な性格をしていた兄は、アルバーノンも弟達と同じようになるのではと恐れ、距離を取ったのだ。
使用人の誰かと恋に落ちてくれればと思ったのかもしれない。
だが、兄の思惑とは裏腹に、アルバーノンが育てられた離宮は荒れていった。
宮を管理するべき人間がいなかったのだから、それも仕方のない事だろう。
王族の資金を横領したり、備品を盗んだりするものが増え、時には食事を出されない日もあったほどだ。
そんな場所で恋しい人物と出会える訳もなく、アルバーノンは王族が教育を受け始める六歳まで孤独に生きた。
そして派遣された家庭教師が離宮の惨状を目にし、その事が兄に伝えられると、兄は慌ててアルバーノンに会いに来て謝った。
アルバーノンはその時には一人に慣れていたため、特に何かを思う事はなかったが、兄に今後は離宮ではなく王城で過ごそうと誘われると、ただ頷いた。
今よりもまともな場所にいられるならどこでもよかった。
そうして連れてこられた王城は、何もかもが煌びやかで、少し気後れする程だった。
薄汚い自分のような人間がこんな場所に居ていいのだろうかと、そう思ったアルバーノンだったが、兄はアルバーノンが結婚したばかりの義姉に恋心を抱かなかったことに安堵しており、長年放置していた罪悪感もあってか心を砕いてくれた。
離宮よりも遥かに良くしてもらい、アルバーノンは心から兄のために尽くそうと勉強も頑張った。
その後生まれた甥のノルエルは兄のようにアルバーノンを慕ってくれたし、義姉は家族とまではいかないものの、アルバーノンに優しかった。
この時が一番心穏やかに過ごせていた日々かもしれない。
そうしてアルバーノンが十五歳になった時、サーニアが生まれた。
その頃には学院に入学していたアルバーノンは新しく生まれた姪に会いたい気持ちはあったが、未だ恋をしていないアルバーノンに警戒したのか、兄は会わせたくなさそうな素振りを見せたので、積極的に会おうとするのはやめておいた。
その代わり、贈り物としてウサギが花嫁のドレスを着ているぬいぐるみを送った。
それから更に五年もの月日が経ち、姫君のお披露目の式で、アルバーノンは初めてサーニアを見た。
美しい金の髪に、宝石のような水色の瞳。
肌は透けるように白く、レースがたっぷり使われた子供用のドレスに包まれたサーニアはまるで天使のようだった。
自分が贈ったぬいぐるみが今でもお気に入りなのか、義姉に抱かれながら、同じようにウサギを抱きしめている姿は愛らしく、庇護欲をそそられた。
他の貴族達もそう思ったのだろう、その後、婚約を願う手紙が山のように届いたらしい。
アルバーノンは、その時には今まで見たこともないほど可愛い子に会ったとしか思わなかった。
ただ、もう一度会いたくて、王城の図書室に通う回数を増やした。
兄の隙を見つけては義姉が歩きそうな中庭を見に行ってみたり、ノルエルに様子はどうかと手紙を書いてみたり……。
そうしてようやく出会えた天使……、サーニアは、ノルエルと同じように自分を兄のように慕ってくれた。
あまりの可愛さに構いすぎて、ノルエルが自分とも遊べと頬を膨らませたくらいだ。
そうした日々に、何か、生きがいのようなものを感じている自分がいることに、いつしかアルバーノンは気づいた。
気づいてしまった――。
気づかなければよかった。
だが、気づいてしまったからには止まれない。
それが王族の血なのかもしれない。
アルバーノンはそれからサーニアと結婚するために兄と交渉を始めた。
だが……。
「許可出来ない」
兄は重く口を開き、そう言った。
「何故ですか?」
「どうしてサーニアなんだ……」
「欲しいと、そう思ってしまったので……」
王族は、好きな人と結婚が出来る。
その事をアルバーノンは知っていた。
兄から何度も言われていたからだ。
だから誰でもいいから好きな人と婚約をしろと、そう暗に言われていた事は理解していたが、サーニアと出会うまでは恋が出来なかったのだから仕方がない。
それでも、兄に明確に拒否をされるまではサーニアと結婚出来るだろうと思っていたのだ。
歳は離れているが、二十歳離れていたとしても婚姻するのが貴族。
アルバーノンは未来に希望を持っていた。
しかし、その希望は打ち砕かれた。
「血が近すぎる。父がすでに又従姉妹と結婚をしているのに……。お前とサーニアの血の近さでは子供を授かれるとは思えない」
「子供などいりません」
サーニアが居ればいい。
「お前はそう思っても、サーニアがそう思うとは思えない」
アルバーノンは口ごもった。
そうかもしれない、と思ったからだ。
この時はまだ、そう考えられる理性が残っていた。
「……せめて、サーニアが婚姻出来る歳になるまでは待て」
もしサーニアが望めば、婚姻を許可する。
兄はそう言って話し合いを終わらせた。
さらに兄はサーニアからアルバーノンを離すかのようにカラドネルという名の公爵位と共に王領の一つを譲渡してきた。
兄を手助けするために勉強してきた知識は、領地のために使われることになり、それから王城へと行けるのは祝い事や呼ばれた時だけとなってしまった。
それでもアルバーノンは待っていた。
サーニアが自分を慕っている事はわかっていたから。
娶るために準備もしていた。
その第一段階として、アルバーノンはまず――兄を、殺した。
心臓の病で死んだとされる兄は、アルバーノンが手配した人間の毒によって体を弱らせ、死んだのだ。
これでまたサーニアに近づける。
サーニアの気持ちを恋情へと変える事が出来る。
アルバーノンは愚かにもそう思っていた。
だが、サーニアは十七でベイガと出会い、結婚をしてしまった……。
=====
(上手くいかないものだな……)
兄を殺し、甥の一人を唆し、隣国と取引までしたというのに、アルバーノンの罪は大甥によって暴かれてしまった。
アルバーノンに残されたのは二人の娘だけ。
その娘達はアルバーノンの少し後ろに同じように跪かされており、サーニアに似ている片方はグレニアンを睨むように見つめ、もう片方は暴言を吐くため、兵士によって猿轡をされていた。
どちらの子供にも、アルバーノンは愛情を抱けなかった。
サーニアに似ているニーニアならば少しは愛せるかと思ったのだが、それもレオネルに恋をし、殺すことをやめた時に見限っている。
自分のものではないサーニアはいらない。
サーニアを娶らせないために渡されたカラドネル家も、サーニアが結婚するために用意されたダムド家も、いらない。
アルバーノンはずっとそう思っている。
すべてを壊すための努力は、一つだけ実った。
「処罰、謹んでお受け致します」
殺人によって血を穢した王族の罪は、その命を持って償われる。
ニーニアもアルバーノンも死刑だろう。
未だ殺人にまでは手を出していないパールは、もしかしたら生きるかもしれない。
だが、どうでもいいことだ。
自分からサーニアを最初に奪った、カラドネルという名は継がれる事はないだろう。
アルバーノンは、グレニアンに向かって微笑んだ。
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