魔石を見つけた男:モブ視点
名前はドナート・マコフ。
政変によって貴族の数が減ったため騎士になる事が出来た元平民だ。
マコフは貴族のような姓ではなく、マコフの町のドナートという意味である。
ドナートが所属しているのは第八騎士団で、騎士団の中でも末端中の末端だ。
地位はなく、剣の腕前もそこそこで、特技と言える特技もない平民が占めるのがドナートが配属されている第八騎士団。主な業務は他の騎士団の助っ人である。
十分な給金を貰っている手前、文句は言いにくいのだが、買い出しや書類の整理、夜番には飽き飽きしていた。
そんな時、ドナートは第八の団長ルッジから呼び出しを受けた。
ルッジ団長は下位貴族出身だが、ほぼ平民のような暮らしをしていたためか親しみやすく、貴族といえども第八の部下達から慕われている人だ。
剣の腕はあっても書類仕事には滅法弱く、読み書きの出来る仲間達は皆で団長の補佐をする時もある。
そんな団長からの呼び出し。
ドナートはまた書類仕事かな、と思いながら第八の執務室に入った。
部屋に入るとルッジ団長が挨拶も待たずに問いかけてきた。
「ドナート、お前確か漁港マコフの出身だよな」
「はい」
「泳げるのか?」
「そりゃあ子供の時から海のそばで暮らしてますからね」
「潜水は?」
「貝とかおやつ感覚で取ってたんで、そこそこには」
何故そんな話をされるのかわからないままドナートは正直に答えた。
話をしていると故郷の魚貝類が食べたくなってくる。
捕れたての海の幸を焼いて食べるのがものすごく贅沢だという事を王都に出てきて初めて知った。
王都では水の魔石で冷やした近場の川魚くらいしか食べられないため、思い出すと更に食べたくなってくる。
王都も落ち着いてきたし、一度里帰りでもしたいなぁ、なんて事をドナートが考えていると、ルッジ団長は軽く言った。
「よし。じゃあお前、ちょっと潜りに行ってきてくれ」
「はい?」
ちょっと買い出しに出かけてきてくれ、とでも言うような気軽さ。
ドナートは目を瞬かせた。
「えーっと、今なんて言いました?」
「海に潜ってこい」
「え?」
どういう事?
ドナートが混乱していると、ルッジ団長は丁寧に説明を始めた。
ルッジ団長が言うには、陛下から秘密の任務を任されたというのだ。
なんとそれは、海で火の魔石を探すという荒唐無稽な話。
「……沈没船でも探すんですか?」
「陛下が言うには海の中に火山があるらしい」
「はぃいい?」
火山ってあれだよな。南の国にある、火を噴く山。
火を噴く山だから火山と言うんだろうに、それが海の中にあると?
(ある訳ねーだろ!!)
ドナートは心の中で怒鳴った。
「あのぉ、団長はそれを信じていらっしゃるんで……?」
「陛下があると言うのだからあるのだろう」
盲目!!
ドナートはルッジ団長の王族へ向ける厚い忠誠心を心から尊敬しているが、こういう時ばかりは憎く思えてしまう。
「そもそもなんでそれをウチの団に……」
「貴族の坊ちゃん達が海を泳いだことがあると思うか?」
ないな。
団長の言葉にものすごく納得してしまった。
「見つからなければ仕方がないと諦めるそうだ。ついでに北の船がうろついてないかの確認もして欲しいと言われた。恐らく本命はこっちだろう」
「あー。なるほど」
それなら納得だ。
今までは北からの唯一の平地であるカッツェ領から侵攻してきていたが、造船技術は日々進歩している。
北の流氷の多い海を越えられる船を造ってアデルトハイム王国を襲ってくる可能性は否定出来ない。
「お前と同じような港町出身のやつらに声をかけているからな、人数が集まったら出発だ」
「了解デス」
本当は行きたくはないが、ここに残って雑用をするよりは良いかもしれない。
(久しぶりに新鮮な魚も食えるし!)
ドナートは安易にそう考え、海に潜る事になった。
その考えが甘いと知ったのは、シル伯爵領から船に揺られて数日後の事だった。
=====
「……本当にこの海に潜るんですか?」
「そう言っただろ」
ルッジ団長の言葉に、問いかけた騎士の一人が顔を青褪めさせる。
ここまで来るまではよかった。
波は思ったより高くなかったし、天気も雨は降っても嵐にはならなかった。
道中では魚も釣れた。
だが、目的の海に到着すると、魚は一匹も釣れなくなった。
「ちょっと待ってくださいよ。なんなんですかこの海、おかしいでしょ」
まず、海がものすごく静か。静かに感じるのは魚を狙う鳥がいないからだろう。それは群れを作るような魚が近くには居ない事を意味している。
潜れば何か見つかるかもしれないが、シル伯爵領で見た透明感のある碧の海とは違い、ここは異様に黒い岩だらけで、無闇に潜れば怪我をしそうだった。
座礁に注意しろと言われてはいたが、思った以上だ。
「俺、この海怖いです……」
団員の一人がそう言うが団長は鋼の精神を持っているからか、そんな弱音を無視して言う。
「陛下はフォード領の洞窟付近の海を探って欲しいそうだ。あー……、あそこら辺だな」
団長が指をさした場所にあるのが目的の洞窟のある場所らしい。
遠目からでは大きな岩か崖にしか見えないのだが、陸側からの調査によると中は空洞になっているのだとか。
「本当にあそこに行くんですか?」
「もちろんだ」
キッパリ言い切ったルッジ団長に、騎士達は溜め息を吐いた。
言い出したら聞かないのだ。この人は。
見た限り、近海には大小様々な黒い岩がゴロゴロ転がっており、大きな船で近づけば船体に穴が空きそうだ。
ドナート達は渋々小船を降ろす事にした。
小船に乗っているのは漁師の息子だったり、港町の住人だったり、海に慣れている者ばかり。もし小船が壊れても、泳いで軍船に戻る事は可能だ。
ドナート達は自分達の力を信じてゆっくりと船を漕ぎ出した。
慎重に進む事、三十分。
ようやく深さが腰くらいの高さの場所までやってきた。
これ以上進めば船が傷つく可能性もあると考え、ドナート達は船を降りる。
「なんか、ぬるいな……」
「本当だ……」
ブーツに入ってくる海水の異様な温かさに眉を寄せつつ、一人を船番として残して5人は岩場に上る。
「ここに洞窟があるって本当ですか?」
「それは間違いない。どこかに穴が空いてたりしないか確認して欲しいそうだ。ただ、顔を突っ込んだりはしないように。中は毒が蔓延してるらしいぞ」
「なんですかそれ、危なすぎでしょ……」
ルッジ団長以外の全員がこんな調査引き受けるんじゃなかったと後悔しながら、手探りで岩場や海の中を探った。
「いやー、魔石なんてないでしょ、こんなところにぃ」
「俺もそう思う」
「そうだよなぁー」
熱心に岩壁を探っているルッジ団長の後ろでコソコソと話し合うドナート達は、諦め半分にあちこちを見回ったり、浅い場所を潜ったりしてみる。
だが、今のところ穴のようなものは見当たらない。
あるのはゴロゴロと落ちている黒い石と岩ばかりだ。
ドナートは落ちている石を手に取ってみるが、黒い石は黒い石。何かがあるようには思えない。
「はぁ……」
こなければよかったなぁ、なんて事を思いながら、なんとなく海の中を覗き込んだ時。
「あれ?」
石のうちの一つに、小さな赤い点が付いている事に気が付いた。
よくよく見ないとわからないくらいの小さな点だ。
大きさとしては小指の先よりも小さいくらい。
ドナートは赤い点のついた石を水中から取り出してみた。
「光って、る?」
よく見てもわからない。
わからないが、なんとなく透明度があるような気もする。
(あれ、もしかして、これって……)
ドナートは口をパクパクと開け閉めした。
「だ、だんちょおおお!!」
「何かあったか!?」
「え、これです? これがそうなんです!?」
水の魔石は大きなものになると水晶のように先が尖ったものが出来上がる事はこのアデルトハイムでは知られているが、火の魔石は加工されたものが南の国から輸入されるため、原石なんて見たこともない。
ただ赤い石としか知らないのだ。ドナートは確信のないままルッジ団長に石を手渡した。
ドナートから石を受け取ったルッジ団長はその石を手に取り、マジマジと見つめる。
「うーむ、俺も原石は見たことがないんだが、確かにそれっぽいな……」
「ですよね!?」
「しかしこれじゃわからんな……」
ルッジ団長は突然石を岩の上に置くと、腰に下げていた剣を抜いた。
嫌な予感がする。
「え、団長?」
「割ってみればわかるだろ」
「だんちょぉお!?」
ルッジ団長は止める間もなく黒い石に剣を振り下ろした。
――ガンッ!!
余程固かったのか、幸運にもその一撃は黒い岩の表面を剥がしただけだった。
中から現れたのは、宝石のような赤い石……。
「これは、本物っぽいな……」
ルッジ団長が呟く。
(結局わからねーのかよ!)
ドナート以外の人間も同じことを思ったのだろう。
半目でルッジ団長を見つめていた。
ルッジ団長はそんな目で見られていても何も気にせず、ドナート達に命令を出す。
「よし、色のついた黒い石をかき集めろ!」
「了解!」
そして、黒い石は王都へと持ち帰られた。
持ち帰られた石は魔石研究所で慎重に黒い表面を剥がされ、大小ばらつきはあるが、確かに火の魔石だという事が判明した。
ドナート達はその事で褒賞を貰い、給金が少し上がった。
ちなみに、ルッジ団長は石を叩き割ろうとした件で魔石研究所の職員にかなり怒られ、始末書を書かされる事になった。
ドナート達が手伝わされる事になったのは言うまでもない。
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