15.5.推しキャラは髪飾りを買う
グレニアンにフォード領が開発したと言われる道具の調査を頼まれた次の日。
王都のメインストリートとも呼ばれるジェノバ通りで、レオネルはある店の前で頭を悩ませていた。
レオネルは高位貴族だ。基本的に店で買い物をする事はない。
何か物を買うのであれば家に商人を呼び、運ばれてきた商品の中から必要なものを選ぶのが当たり前だった。
そのレオネルが、通りに立ち並ぶ店の一つ。しかも宝石店の前をうろついている。
一部の人間からすれば驚きの光景だった。
(どうするか……)
レオネルが見ているのはガラスのショーウィンドウの中の一つの品だ。
絹で出来た深紅の布に包まれ、この店の目玉商品と言わんばかりに飾られているソレは、髪飾りだった。
銀の蔓にルビーの薔薇、金の蝶々。
そのどれもが繊細な造りをしており、ショーウィンドウで飾られている事自体が不思議になるような代物だ。
普通、このレベルであればどこかの貴族の元へ持ち込まれていてもおかしくはない。
値段は相応のものであることから、これはもしかしたら売る気のない商品なのではないかとレオネルは思った。
また新しい目玉商品が造られた時、この品はどこかの貴族の家に売られてしまうのだろう。
そう思うと、レオネルは更に悩んでしまう。
(買うべきか、やめるべきか……)
店の前をうろうろと徘徊するレオネルを、通り過ぎる人々がチラリと見ていく視線を感じる。
他人から見れば、このレオネルの様子は不審者に見えるのかもしれない。
もしくは、金銭面の事で悩み、買うのを躊躇っている男か。
そう思われたとしても、レオネルは行動に移すのを躊躇していた。
何せ、この髪飾りを渡そうとしている相手が相手だ。
これがもし、デビュタントの終わったそれなりの年の娘に渡すのであればここまで悩みはしなかっただろう。
(これを渡して、勘違いされたらどうする……)
レオネルはそこを気にしていた。
デビュタント前の少女に髪飾りをプレゼントするのは、エスコートの予約をしたいという意味で、婚約候補としてあなたを見ています。という事。
(いや、しかし、年齢差を考えればただの手土産だとわかるか?)
レオネルが定期的に行く鍛冶屋の帰り道、この店の前を通ったのが運の尽きだった。
様々な宝石や装飾を見てきたレオネルでも、思わず立ち止まってしまうような品。それを見た瞬間、あの金にも見える茶色の髪に似合うのではないかと思ってしまったのだ。
一度会話をしたことがあるだけの男から髪飾りを渡される。それをセルディが喜ぶのか……。
悩むこと更に数十分後。
レオネルは閃いた。
(これは、もしもの時の保険だ)
フォード領で本当に簡単に水を汲める道具が出来ていたとして、それを知れば周りの貴族や業突く張りの商人が放っておくわけがない。
そんな時、ダムド家の後ろ盾があればフォード家を守れる。
この髪飾りはその証明になりえる。
レオネルはこの考えは間違っていないと自信を持って言えた。
(もしもその道具が使えそうにないのであれば、この髪飾りは諦めて持って帰ろう)
そうだ、それがいい。
渡すのはデビュタントが終わった後でもいいのだから。
これだけの品だ。流行など気にせず、いつでも付ける事が出来るだろう。
レオネルはようやく決めた。
決して邪な気持ちで買う訳ではない。
セルディは確かに可愛い子供だったが、レオネルが芽生えたのは子供に対する純粋な好意であり、性欲を伴うようなものではない。
髪飾りは、セルディに似合うだろうと思って買うだけ。
高い買い物をすることだって、高位貴族の立派な勤めの一つだ。
レオネルは自分に恥じる事は何もないと、胸を張って店の中へと入った。
「いらっしゃいませ」
店へと入れば、初老の店員は待っていたと言わんばかりに近づいてくる。
レオネルは店の前で散々迷っていたことに気付かれていた事がわかり、恥ずかしさに目をうろつかせた。
「あー、ショーウィンドウにある髪飾りを……」
「かしこまりました」
「それと、ついでにネックレスとイヤリングを……。髪飾りの対になるようなものがあれば……」
「ありがとうございます。ではこちらへ……」
案内されたのは室内に設置された商談用と思われる個室。
レオネルが何者かわかっているのだろう。
店員はレオネルに椅子を勧めると、手早く茶も入れてくれた。
「それでは、少々お待ちくださいませ」
頭を下げ、品物の確認に向かう店員をレオネルは見送る。
(これはついでだ。ついで)
もしデビュタントのエスコートをする事になった時、セットで他の装飾品もあった方がいいだろう。
ここで揃えられるならその方がいい。
レオネルは紅茶を一口飲み、そう自分に言い訳をする。
「お待たせ致しました。こちら等はいかがでしょうか」
そして待つこと数分、店員が持ってきたのはルビーのイヤリングとネックレスだった。
イヤリングは金の蝶々。ネックレスはルビーの薔薇に金で縁取りがされている。
髪飾りと同じ作者の物なのだろう。その装飾の形はよく似ていた。小ぶりだが良い品だ。
レオネルの頭の中に、このアクセサリー達を身に着けるセルディの姿が浮かぶ。
「包んでくれ」
レオネルは気づけばそう返していた。
「はい。かしこまりました」
頷き、静かに下がる店員。
良い店だ。余計な話をしないところに好感が持てる。
レオネルは機会があれば今度はセルディを伴って来るか、なんて事を考えながら、椅子の背もたれへと身体を預けた。
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