77.愛を誓います


 あれからグレニアンはカラドネル公爵家の人間を秘密裏に拘束した。

 未だ前王弟の事は民の記憶に新しく、また王族が罪を犯したとなれば国の運営を今の王族に任せて良いのかと思う民衆も出てくるかもしれないと考えたためだ。


 グレニアンは三日後には緊急に高位貴族や大臣達を招集し、カラドネル公爵家が行った罪の証拠を皆に開示した。

 敵国への情報漏えい。不正な小麦の取引。権力の悪用。禁止物の所持。そして殺人罪。

 その罪の数々にカラドネル公爵と懇意にしていた貴族達は顔を青ざめた。


 グレニアンはカラドネル公爵家が起こした事件は国家反逆罪に当たるため、裁判で罪が確定し次第処刑すると通達。

 この件に関わっていた貴族は順次処罰の対象となるが、死刑となるのはカラドネル公爵家のみだと言えば抗議する者はいなかった。

 王族の不始末はその命を以て償わせる。

 グレニアンはそう言って審議を終わらせた。


 その後、カラドネル公爵家は当主が事故死し、そのショックでニーニアは病に倒れ、パールは修道院へ行く事になったため領地は国へと返還されたと国民には発表した。

 そして元カラドネル公爵領は褒賞を待って貰っていた者達へと分配された。


 結局、物語の裏の悪役であったカラドネル公爵にセルディが会う事は最期までなかった。


=====


「セルディ様、どちらへ行かれるのですか」


 あれからもう一か月。

 セルディはすでに王城からダムド家の屋敷へと戻され、のんびりとした日々を送っている。

 レオネルは未だカラドネル公爵家の後始末で大変らしく、帰宅はいつも深夜だ。

 もう少ししたら休みが取れると言っていたと従僕のジャーノンから聞いたので、その休みの時にでも話が出来るのをセルディは楽しみにしていた。


「チ、チエリー……、いや、ちょっと庭でも見に……」

「私もお供致します」

「はい……」


 護衛を連れて行ったとはいえ、チエリーを連れずに飛び出して死にそうになった事は多方面からものすごく怒られた。

 王宮医師長のオラヴィに許可を貰って帰宅すると、玄関では母が仁王立ちで立ち塞がり、父は無表情ながら眉尻を下げて悲しそうな顔でセルディを見つめ、チエリーは泣いていた。

 セルディが死にかけたという話がよほどショックだったらしい。

 あれからチエリーはセルディの後ろをまるで鴨の雛のように付いてくるようになってしまった。


「チエリー、もう勝手にどこかに行ったりしないから、ほら、ヤニクも影から見てるらしいし……」

「お供致します」

「はい……」


 もう一人で行動するのは不可能なのだから、一人気分くらい味わいたいのだが、まだ無理のようだ。

 セルディは項垂れながら中庭に出た。


 緑は青々としており、空は快晴だ。

 でも、フォード領の川の水位は今頃上がっているだろう。

 数日前から雨季がやってきていた。


(物語の通りならそろそろ……)


 セルディは両手を胸の前で組む。

 雨季。それは、物語ではフォード領が侵略され、火の海になる季節。

 カラドネル公爵が捕まった事をもう北国の国王は知っていると思われるのだが、今のところ前線に特に動きはないらしい。

 未だ膠着状態は続いていると聞く。


(このまま和平協定でも結んでくれれば、こんなにも気を揉まずに済むのに……)


 セルディが溜め息を吐いて再度空を見上げていると。


「セルディ!!」


 呼ばれた方を見れば、こちらに足早に近づいてくるレオネルの姿があった。


「レオネル様……?」


 どうして、こんな早い時間に……。

 まさかフォード領に何かあったんだろうか、少し不安になりながらレオネルの方へと歩くと、レオネルの表情が明るい事に気付いた。


 この表情なら悪い事は起きていないだろう。

 セルディは内心でホッとし、レオネルに声を掛けた。


「何か良い事でもあったんですか?」

「出たぞ!」

「え?」


 何が?

 セルディが首を傾げると、レオネルは興奮気味に言った。


「火の魔石だ!!」

「え……? ええ!?」


 セルディは火の魔石の事などすっかり忘れていた。

 火の魔石をグレニアン達に任せてから結構な月日が経っていたし、キャンベル商会では新しいドレスの部品開発もあった。

 部品は平民の服でも使いたいと申し込みが来たため、キャンベル商会の収入は予想以上に増え、その税収で領地に橋を架けられるかもしれないと父が言っていた。

 いつ没落するかわからなかった領地は、今では一目を置かれるようにまでなっている。


 そこに新たに火の魔石。


 セルディは夢じゃないかと頬を抓った。

 そんなセルディを、レオネルは笑って抱き上げる。


「きゃぁ!?」

「やったな!!」


 セルディ以上に喜んでる様子のレオネルを見ても未だ信じられない。


「え、本当ですか? 本当に?」

「嘘なんて吐いてどうするんだ?」

「それはそうですけど、でも信じられなくて……」

「ははは、そうだろうな。俺達も部下が報告を持って現れた時には信じられなかった」

「あ、北の国の痕跡とかは……」

「それはまだ見つかっていない。そっちの調査はもっとじっくり腰を据えてやる事になりそうだ」

「そう、ですか……」


 何も出てこなくてよかったと言うべきだが、なかったらなかったで不安になる。

 そんなセルディの不安を読んだように、レオネルが咽喉を鳴らした。


「んんっ、それで、だな……」


 レオネルは一度躊躇うように言葉を止めると、セルディを降ろして片膝をつく。

 セルディはレオネルのいつになく緊張した面持ちに目を瞬かせた。


「セルディ、陛下は今回の事でフォード家を子爵から伯爵へと陞爵するつもりだ」

「えっ、すごい!」


 子爵令嬢じゃなくて伯爵令嬢になっちゃうのか!


 爵位が上がったからと言って何が変わるのかはさっぱりわからないけれど、セルディはちょっとばかり興奮した。


「それで、だな……、セルディは下位貴族じゃなくなる」

「はい」

「魔石が採掘される領地は特別な扱いをされるから、無理な婚姻を強制される事もない」

「そうなんですか?」

「そうだ。魔石の出る領地は婚約する時に王家の承認も必要になる。乗っ取りを防ぐためにな」


 なるほど。確かに無理やり婚約とか婚姻をさせられて魔石の扱いを変えられたら困るのは国だ。

 セルディは頷いた。


「……セルディは俺が相手じゃなくてもよくなる」

「えっ」


 意味を理解したくなくて、頭が真っ白になった。


「俺みたいな年上の男じゃなくても、好きになった男に嫁ぐ事が可能になる。もちろん魔石を悪用しそうな男は論外だが……。セルディは目が良いからな、男を見る目もあるだろう」


 レオネルの言葉を聞きながら、セルディは何度も目を瞬かせた。悲しくて涙が溢れそうだったのだ。


「……だが」


 セルディが涙を我慢していると、レオネルは言葉を区切り、セルディの片手を取った。


「それでも、俺を選んでくれないか?」

「え……?」

「俺は貴族らしい貴族じゃない。元は蛮族とも呼ばれた辺境の血を色濃く継いでいる男で、優雅さなんてカケラも持ち合わせていないような人間だ」


 自虐的な言葉を紡ぐレオネルを、セルディはそんなことはないと小さく首を横に振って否定する。

 悲しみは吹き飛んだが、今度は混乱して言葉が出なかった。


「セルディは俺を買いかぶり過ぎだ。こう見えて独占欲は強いし、辺境の兵士達に揉まれて育った分、色々な方面に於いて雑だ。けどな……」


 レオネルは取ったセルディの手の甲に、唇を押し当てた。

 温かく柔らかな感触が伝わり、セルディの顔は一気に赤くなる。

 顔を上げたレオネルは、いつもよりも真剣な顔をしていた。


「俺はお前を愛してる」


 その言葉に、瞳から伝わる熱に、セルディはここは実は夢の世界なのではないかと思ってしまった。

 そう思っても、胸から溢れる喜びの感情は止め処なく溢れてくる。


「俺と一緒になってくれるなら、一生大事にすると剣に誓う」


 剣に誓う。

 それは騎士が使う最も尊い誓いの約束だ。

 セルディは今度こそ涙を堪えきれなかった。

 目からポロポロと雫がこぼれ、レオネルはそれを笑いながら拭った。


「俺だけの姫になってくれますか」

「う、うぅ、はぃ、はいぃ……」


 セルディは何度も何度も頷いた。

 そしてレオネルに抱きついた。

 ずびずびと鼻を啜るセルディの背中を、子供をあやすようにレオネルが撫でる。


 その感触に、まだまだ自分は子供だとどうしても思ってしまう。

 でも、子供だけれど、身体だって小さいけれど、それでも、レオネルを好きだという気持ちだけは大人だ。

 だから……。


「レオネル様、私も愛しています」


 ――ちゅっ


 不意打ちで唇を奪ったって、別に問題ない。

 レオネルの顔が真っ赤になっているのを見て、セルディは満足気に笑った。

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