76.新たな仲間を増やします


 なんだか身体がだるい。

 セルディが起きるのが億劫で目を閉じていると、ほのかの消毒液の匂いがする事に気が付いた。


(なんで消毒液の匂いが……?)


 そして思い出す。倒れたレオネルと、毒の事を。

 セルディは勢いよく目を開けた。


「レオネル様!!」


 しかし、セルディの呼びかけに応える声はない。

 目の前に広がったのは白い天井に守護の紋章。それと――。


「お嬢サマ、目が覚めたっすか? レオネル様は無事っすよー」


 見たことのある騎士の格好をした男の姿だった。

 その騎士の言葉が、セルディの脳内にじわじわと浸透していく。

 レオネルは、無事……。


「無事? 本当……?」

「毒も解毒されたっす」

「よかったぁ……」


 セルディは泣きそうになった。

 脳裏にはまだ倒れ伏したレオネルの姿が焼き付いている。

 元気な姿を確認したいところだが、どうやら病院っぽいこの場所から勝手に動いて良いものか判断できない。

 そこまで考えたところで、自分をじっと観察するように見ている騎士が、どこか見覚えがある事に気が付いた。


「あれ、あなた……。もしかして昨日会った……」

「はいっす、第二騎士団所属のヤニクっす」


 だらしのない騎士だと思った男だ。

 あの時は夜だった事もあって容姿はよくわからなかったが、明るい部屋で見ると薄茶色の髪に黒に近いこげ茶の瞳をしている。

 一見平凡な顔立ちに見えるが、よくよく見れば目鼻立ちは整っているのでイケメンと呼べなくもない。


(でも、なんで騎士団の人が……?)


 セルディの心の声に応えるように、騎士は笑って答えた。


「俺はお嬢サマの護衛をしてるんすよ」

「護衛……?」


 なぜ……。


「ラムさんとサットンさんは……」

「あー、ダムド家の護衛さん達は今日は休養するようにって言われてたっす」

「そうなの……」


 会ったら謝らなければ……。

 無事だったとはいえ、自分の勝手な行動に巻き込んでしまった事をセルディは反省する。

 早馬を頼んだ兵士が帰ってきてしまった事で焦ってしまったのだ。

 早く行かないとレオネルが殺されてしまうかと思ったら居ても立ってもいられなかった。

 よくよく考えればもっと他に方法はあったかもしれないのに、自分はなんて浅慮なのか……。


 セルディはゆっくりと起き上がった。

 ヤニクはそんなセルディの身体を補助するように背中に手を当てて起こしてくれる。


「ありがとう……」


 そう微笑めば、ヤニクもにっこりと笑みを返してくれた。

 だらしのない人だと思っていたが、気遣いも出来るし、実は有能なのかも。

 セルディがそう思った時、部屋の扉が勢いよく開いた。


「セルディ!!」

「え、レオネル様!?」


 元気そうな姿を見て、セルディは喜んだ。

 走ってきたのか息が少し荒いが、特に後遺症があるようには見えない。


(よかった、本当に……、よかった……!!)


 セルディは嬉しさのあまりレオネルの傍に行こうとしたのだが、ベッドから降りるよりも早く、レオネルはヤニクに近づくとその胸倉を掴んだ。


「ええええ!?」


 突然の事にセルディは混乱する。


「レオネル隊長、暴力反対っす」

「まさか騎士団に闇ギルドの人間が入り込んでいたとはな、身辺調査はしっかりとしたつもりだったが……」

「闇ギルド!?」


 セルディはレオネルとヤニクを交互に見た。

 闇ギルドって、敵ではなかったのか。

 カラドネル公爵と繋がっている組織だと思っていたのだが、見た感じレオネルと敵対しているようには見えない。


 それに、ヤニクが闇ギルドの人間だなんて事も信じられない。それっぽさが微塵もないではないか。


「いやー、今の時勢で俺らみたいな末端の平民にまで深い調査なんて出来ないっすよ。身元保証人が居て実技試験でそれなりの成績を出したら最低でも警備兵にはなれるっす」


(否定しないの!?)


 あっけらかんと言うヤニクに、セルディは更に驚いた。


「もっと審査を厳しくしないといけないようだな……」

「あんまり厳しくすると騎士になりたがる平民が減るっすよぉ?」


 こめかみに青筋を浮かべながらそう言うレオネル。

 そんなレオネルに対して微笑みを絶やさないヤニク。

 セルディは険悪な雰囲気にどうすればいいかわからず二人の顔を交互に見る事しか出来ない。


「あ、あの、闇ギルドってカラドネル家と繋がってたんじゃ……」


 とりあえずセルディはそう問いかけてみる。

 すると、ヤニクはさらっと言った。


「あー、あんなクソな職場やってられないっす。もう契約破棄っすよ」

「契約破棄!?」


 そんな事をして許されるのだろうか。


「うちの総意なんで問題ないっす。お嬢サマのお陰で国王サマに良い条件で雇ってもらえて万々歳っすよ!」


 嬉しそうにそう言うヤニクに、セルディは首を傾げた。

 なぜ自分のお陰なのか。


「お前、余計な事を言ったら騎士団をクビにするぞ」


 セルディの疑問はレオネルによって遮られた。


「俺はもうお嬢サマの護衛になるんで騎士団はやめてもいいっす」

「ふざけんな、許可するわけがねぇだろ」

「えー、なんでダメなんすか? 王サマに許可は貰ってるっすよ」

「お前、俺達に何をしたのか忘れたのか?」

「アレはお仕事だったんだから仕方ないじゃないっすかぁ」


 アレとは、もしかして昨日の襲撃の事なんだろうか……。


(え、まさかこの人があの場に居た人? そんな訳ないよね、だってあの男はレオネル様が剣で刺してたし……)


 ちらり、とヤニクの肩辺りを見る。

 刺されていたとしたらこの辺りだが……。

 しかし、刺されたかどうかは服に隠れているためわからない。

 じっと観察していると、ヤニクが振り返った。


「やだ、何見てるんすか。お嬢サマのえっち」

「……」


 セルディは絶句した。


「セルディ、こんな怪しい男を相手にするな」

「えええ……」


 完全なとばっちりである。

 セルディだって露骨に怪しいのであれば警戒した。

 でもヤニクは特に何かをしそうには思えなかったのだ。


 それがヤニクの暗殺方法なのかもしれないが……。


 そう考えてしまえばなんだか怖くなって、セルディはコクコクと小さく頷いた。


「あ、レオネル様怖がらせるのはやめて欲しいっす。お嬢サマは俺のご主人になるんすからぁ」

「はい?」


 意味がわからない。

 セルディの混乱は深まった。


「俺は認めていない」

「えー、どうしたら認めてくれるんすか?」

「まずその鬱陶しい口調をやめろ!!」

「ひどいっすぅ」


 まるで漫才みたいだなーなんて現実逃避をしながら考え始めた頃、グレニアンがアレンダークを連れて部屋へと入ってきた。


「なんだ、仲良くなったのか」

「んな訳ねぇだろうが!!」

「仲良くして欲しいっす」

「ざけんな!!」

「相性が良いのか悪いのかよくわからないですね」


 アレンダークの言葉にセルディも頷いた。


「さて、セルディ嬢」

「はい!」


 グレニアンはレオネルとヤニクのやり取りを無視して突然切り出した。

 なんとなく真剣な雰囲気を感じ取ったセルディは背筋を伸ばして返事をする。


「自分がやったことは危険な事だと理解していたか?」


 セルディは固まった。

 危険な事だとは知っていたが、知っていたと言えばどうなるのだろうか、怒られる気しかしない。

 しかし、その間が答えだった。


「セルディ・フォード」

「は、はい!」

「君は自分の価値を理解していない」

「はい?」

「君はポンプを作り、魔石の新たな活用法を見出し、新たな雇用政策の提案までした。我が国にとってとても貴重な人材だ」


 グレニアンの言い聞かせるような口調に、セルディは否定の言葉も出せずに黙るしかない。


「物は壊れても作り直せるが、人はそうはいかない。それはわかっているな?」


 わかっていないとは言わせない、と目が言っている。

 セルディは必死に頷いた。


「今後、君には影を付ける」

「かげ……」

「今までは目に見える護衛しか置いていなかったが、今回の事を踏まえ、隠れて君を守れる人間が必要だと判断した。もしもの時にはその影が君の危険を我々へと知らせる事になる」


 セルディはちょっぴり嫌だなーと思ってしまった。

 だって影って言うなれば監視みたいなものだ。

 ようやくチエリーが近くに居る事に慣れてきたばかりだというのに、ずっと見られる事になるなんて……。

 だが、断れる事でもないのだろう。

 問い掛けではなく、断言されてしまったのだから。

 セルディは仕方なく頷いた。


「俺がメインでやるっすから!」


 はい、と手を挙げたのはヤニク。

 なぜか不安になるのはなんでだろうか……。


「俺はこいつを認めてねぇぞ」

「レオネル、文句を言うな。お前に一太刀浴びせた腕は確かだぞ」

「ありゃ卑怯だろうが!!」

「卑怯だからこそ、どんな状況でもセルディ嬢を守れるのではないか?」


 レオネルが歯軋りをしている。


「だからってだな」

「そーんなに拒否すると書類を渡さないっすよ」

「あ?」


 そしてヤニクはまるでトランプのカードを見せびらかすように懐から書類を出して顔の前で広げた。


「もう手に入れたのか、早かったな」

「ふふん、俺っちはこう見えても仕事が速いんす」

「という訳だ、レオネル。腕は確かなのだから諦めろ」

「~~……!!」


 レオネルは声もなく唸る。

 セルディは広げられた書類をじっと見つめる。


「その書類ってまさか……」

「これっすか? カラドネル公爵家の不正の証拠っすよぉ」


 にやりと笑ったヤニクに、セルディは目を丸くした。

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