75.推しキャラは目覚める 後編


「おや、レオネル様。ご健勝で何よりです」

「アレンダーク、それは嫌味か?」


 執務室に着くと、グレニアンの書類を準備していたアレンダークがレオネルの顔を見てそう言って来た。

 毒で倒れた人間に対して言う言葉ではない。

 レオネルは溜め息を吐きながらソファへ座った。

 今日は休暇のようなものだから、臣下ではなく幼馴染としての対応を取ることにしたのだ。その方が話も早いだろう。

 グレニアンも気にせず対面のソファへと腰を下ろした。


「それで、一体どういう事なんだ」


 座って早々、前のめりになって問いかける。

 何故闇ギルドがわざわざ解毒薬を運んでくるのか、レオネルには理解が出来ない。

 殺そうとしたのではなかったのか。

 レオネルの問いに、グレニアンは苦笑した。


「それがだな……」


 グレニアンが言うには、闇ギルドは元々王家が後ろ盾になっている組織だったらしい。

 国の運営とは、真っ白なままで出来るものではない。

 法の手が及ばないのであれば、秘密裏に殺さなければならない人間だって出てくる。

 その暗い部分を王家が闇ギルドに頼んでいたというのだ。

 それは初代王の頃からの繋がりで、闇ギルド側も王家の依頼という大義名分を貰って活動する方が、その道でしか生きられない者達にとってはよかったらしい。

 自分達のような人間でも、国のために何かをしている。彼らは一種の優越感のようなものを感じていたようだ。


「だが、その繋がりは前王弟のせいで途切れた」


 王から王へと手渡されてきた闇ギルドとの仲介方法は、国王が王弟に殺された事で失われた。

 闇ギルドは悩んだ。

 このまま王家との縁を切るか、王弟に繋ぎを取るか。

 だが、王弟は信用できない。

 賢王とは言えずとも、平和な国を築いていた国王を手にかけるような男に闇ギルドが手を貸せば、世の中がどうなるかなど火を見るより明らかで、最悪闇ギルドなど捨て駒扱いにされて壊滅させられる可能性もあった。

 ギルド内では何度も審議がなされ、最終的にカラドネル公爵に話を持っていく事にしたのだという。

 カラドネル公爵は凡庸だが、領民に慕われる領主だったからだ。


「その選択は間違っていたわけだが……」


 最初はよかった。

 グレニアンを影で手助けするような依頼もあったらしいし、殺しも王弟側に付いて暴利を貪っているような腐った貴族相手だった。

 それが、カラドネル公爵を闇ギルドが信頼し始めると同時に、じわじわと変わっていった。


「気付いた時には闇ギルドの半数はカラドネル公爵に心酔するような状況になっていたようだ」


 そして、闇ギルドはカラドネル公爵に良いように使われる組織になってしまった。

 国王が相手だったなら秘密裏に見逃されていた罪は、カラドネル公爵では彼の失脚にしか繋がらない。捕まれば毒を飲んで死ぬしかない。

 闇ギルドの人間は以前の半数に減っていた。


「……それで?」

「このままでは闇ギルドはカラドネル公爵と心中することになると思った幹部が、お前の襲撃をきっかけに私と取引をしたかったらしい」


 それで、闇ギルドの人間はこっそり、渡されていた致死性の高い毒から、死にはしない程度の麻痺毒に変えた。

 無害なものにしなかったのは、襲ってきた八人の内、七人はカラドネル公爵家の者だったことと、グレニアンと解毒薬で取引をして契約を有利に進めたかったからのようだ。

 カラドネル公爵相手のように搾取されるのは御免だという事らしい。


「……それで、契約するのか」

「もうした」

「なんだと!?」

「仕方がないでしょう。セルディ嬢の事を考えれば悩んでいる暇などありません。彼女は我が国の宝ですよ」


 横から口を出してくるアレンダークに、レオネルも黙った。

 人命に代わるものはない。

 それも相手がセルディなら尚更だ。同じ状況なら自分も即答しただろう。

 つい叫んでしまったのは、あの闇ギルドの人間に対して対抗心のようなものを抱いてしまったからだ。


(クソッ、次に戦う時には絶対に負けねぇ……)


 小細工をされたとはいえ、負けは負け。

 レオネルは拳を握りしめた。


「それで、契約の内容は大丈夫なのか」

「確認はした。向こうにも依頼を拒否する権限と、報酬の交渉権が欲しいそうだ。あとは闇ギルドを辞めたい人間の仕事の斡旋、依頼が失敗したの場合の保障が主だな」


 意外とまともな内容でレオネルは驚いた。


「……今までそれらがなかったってことか?」

「そうみたいだな。元々がスラム出身者で、契約なんて思いもしなかったらしい。そこら辺はカラドネル公爵が教えてくれたそうだ」


 最初、カラドネル公爵は無知な自分達に色々な事を教えてくれる人間だった。だから心酔する者も増えていき、結局彼らは帰ってこなかった。

 そう遠い目をして話した闇ギルドの男を、グレニアンはとりあえず雇ってみる事にした。


「それで、その男は?」

「今呼ぶ」


 グレニアンは胸元から笛を取り出した。

 それを吹くが、音は鳴らなかった。

 どうやら特殊なものらしい。


 ――コツン


 少しして、窓に何かが当たる音がした。


「窓を開けてくれ」


 グレニアンにそう言われ、レオネルは少し警戒しながらも窓を開ける。

 すると、上から人間がするりと部屋へ入ってきた。

 この執務室の上は屋根だ。

 そんなところでずっと待機していたのだろうか、レオネルは思わず窓から顔を出して上を見てみるが、窓枠に足を掛けたところで届くような距離ではない。

 男の身体能力の高さが伺えた。


「こいつが闇ギルドの幹部の一人で、王家との窓口を担当するヨルだ」


 頭を下げた男の服装は煙突掃除をする掃除夫の格好をしている。

 黒髪に茶色の目。無口で無表情。

 一見印象に残りそうだが、もしこの男が酒場で笑いながら飲んでいても、同一人物だとは思えないかもしれないと思った。


「闇ギルドには依頼がない間は要人の警護も頼む事にした。ヨルは基本的に私の担当になるから一応顔を覚えておいてくれ」

「わかった」

「何かで捕まる事も考えて、私の印章を押した手紙も渡してはあるから、もしもの時は頼んだぞ」


 レオネルは神妙に頷いた。

 今後は闇ギルドの人間の扱いには慎重にならなければ、カラドネル公爵の二の舞になるだろう。

 身内になったからと言って安心する事は出来ない。

 騎士団や警備兵ともよく連携を取るレオネルは、部下により一層目を光らせなければ、と気合を入れた。


「彼らには早速カラドネル公爵の不正の証拠を持ってくるように頼んでいる。帰ってきたら即座に動くからな、お前は今のうちにしっかり身体を休めるように」

「……そうか、ようやくか」


 カラドネル公爵家は無くなる。

 公爵は事故死、ニーニアは病死、パールは修道院へ。

 公爵領は分割され、功績のある貴族や商人や騎士へ分配される事になるだろう。

 そうすればようやく落ち着いた気持ちでハンナの墓参りにも行けそうだと、レオネルは思った。


「そういえば俺を襲撃した奴は生きているのか?」

「ああ……、あの男ね……」


 グレニアンが何故か目を逸らし、ヨルに目配せをする。

 レオネルは嫌な予感がした。

 そんなレオネルの嫌な予感を察しているのかいないのかよくわからない表情で、ヨルは淡々と答えた。


「あいつは美少女の担当がしたいと駄々をこね……」


 レオネルはセルディの居る医務室へと再び駆け出した。

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