74.推しキャラは目覚める 前編
(ちくしょう……ッ、油断した!!)
レオネルは動かせなくなっていく身体に苛立った。
ニーニアが自分を殺そうとしていると確信を持った段階で殺害に毒を用いる可能性は視野に入れていた。
茶会でセルディを殺そうとした時に使われた毒の種類も多種多様だったため、恐らく最初の殺人だと思われるハンナの事から自分の手を汚さずに殺せる毒殺を気に入ったのだろう。
だから戦闘の際には慎重に慎重を重ねて戦ったのだ。
闇ギルドの男はその事に気付いていて、レオネルの気を散らすために背後のセルディを見た。
セルディが狙われると思った一瞬の隙に、レオネルは毒を塗った短剣を投げつけられ、傷を負ってしまった。
その後にセルディが敵に短剣を投げ返してくれたおかげで敵を馬上から突き落とす事には成功したが、死んだかどうかの確認までは出来ていない。
解毒剤も用意していなかったことから、馬上から落とされた時点で毒を飲んで自害している可能性もあった。
(ちくしょう……)
意識は段々と薄れて行く。
たった数分で目も開けられなくなっていた。
もしかして自分は死ぬんじゃないかと思ったら、後悔した。
セルディにきちんと言えばよかったと……。
愛していると、将来自分と結婚して欲しいと、そうプロポーズすればよかったと。
年の差がなんだというのか、セルディが子供だからなんだというのか、愛してしまったのは仕方がない事だ。
それなら、相手を幸せにすることに全力を注げば良い。
いつか愛する人が出来るかもしれない。
母のように突然出会った誰かに一目惚れをして、自分から離れてしまう日がくるかもしれない。
それでも、伝えないままでは駄目なのだ。
カラドネル公爵のように、影から恨み続けるなんてレオネルの柄じゃない。
もしこの恋が王家の呪いのようなものに成り果てるとしても、愛される努力をしないままでは恋を終わらせる事も出来はしない。
だから……。
(もし、目が覚める事が出来たなら……)
伝えたい。この想いを。
そうして意識を失う瞬間。
「レオネル様! 死んだらダメ! あなたが死んだら私も死んでやるんだからー!!」
そんなセルディの叫びを聞いてレオネルは、生きなければ、とただ思った。
=====
次に目を開けた時、レオネルは見知った天井が目に入ってホッとした。
アデルトハイム王国の守護の紋章が描かれた天井だ。
紋章には意識を失ったものが帰って来られるように、という願いと、目を覚ました者が自分の居場所がすぐにわかるようにという配慮の意味がある。
この紋章が描かれた天井は王城の医務室にしかない。
レオネルは安堵の息を吐いた。
「起きたか」
声の主に目線を向ければ、そこには白髪の老人が座っていた。
「よぉ、オラヴィの爺さん……」
撫で上げた白髪に黄色みを帯びた茶色の瞳を持つこの初老の男はオラヴィ・フティネン。
王城の医師長だ。
「オラヴィ先生と呼べ。まったく、お前は昔から変わらないな」
「そう簡単に変わるわけねぇだろ」
軽口を言い合っていると、医務室の扉が開いた。
「レオネル!」
駆けてきたのはグレニアンだった。後ろからはレオネルの代わりに護衛をしていたであろうレイナードが付いている。
気を利かせた看護師の一人が報告でもしたのだろう。
「目が覚めてよかった……」
「そう簡単に死にはしねーよ」
ベッド脇までやってきて安堵に項垂れるグレニアンの頭を、昔のように苦笑しながら撫でてやる。
グレニアンはその手を払いのけるとレオネルを睨みつけた。
「なぜ王城に泊まらなかった」
「そりゃぁ……」
「セルディ嬢が居たからか?」
ハッキリと問いかけられ、レオネルは目を泳がせる。
「王城に泊まった事がバレれば、本当は私の婚約者なのではと疑われると思ったんだな?」
「……」
「セルディ嬢の身が更に危険に晒される可能性を避けたかったのかもしれないが、今回は悪手だったな」
「はぁ……、悪かったよ……」
レオネルは動けるようになった手で頭を掻いた。
「お前が色々と考えた結果だというのは私も理解しているつもりだ。だが……、セルディ嬢は死にかけたぞ」
「な、んだと!?」
レオネルは起き上がった。
「セルディはどこだ!!」
「安心しろ。隣の部屋だ」
「くそ……ッ!!」
「おいこらクソガキ!! 走るんじゃない!!」
オラヴィの罵声を聞き流し、レオネルは隣の部屋まで走った。
勢いよく扉を開ければ、ベッドの上でいつかの時と同じように眠っているセルディの姿がある。
「セルディ……」
「命の危険は脱しているから安心しろ」
ゆっくりと歩いて来たグレニアンを、レオネルは睨みつけた。
「セルディ嬢は、お前を助けるためにお前の傷口から毒を吸い出そうとしたらしい」
「……は?」
毒を、吸い出す?
レオネルは意味がわからなかった。
医師は緊急時には傷口をわざと広げ、血を流させる事で毒を無理やり排出させる事はあるが、それでも吸い出したりなんてしない。
そんな事をするのは毒だと知らずに傷口を舐める子供ぐらいだ。
「なぜ……」
「セルディ嬢はレオネルの状態から、すぐに毒を出さないと命にかかわると思ったんだろう」
「だからって……」
「ああ、馬鹿な行いだとは思うが、逆の立場ならお前だって同じことをしただろう?」
レオネルは黙った。
その通りだと思ったからだ。
「まぁ、結局本当に命が危なかったのはセルディ嬢だった訳だが」
「それはどういうことだ」
「お前が受けた毒は麻痺毒だ」
開いた扉からゆっくりと入ってきたオラヴィは、面倒くさそうに紙を出した。
「即効性の麻痺毒で、量が多ければ心臓も止められるようなものだが、幸いにもお前を殺すほどの量は使われていなかった」
でもその量は、レオネルの体格に合わせて作られた毒だ。
それをセルディは少量だが飲み込んでしまった。
子供と大人では体格差がありすぎる。
大人には毒にならないものが子供には猛毒となる場合だってある。
セルディは年齢の割に身体が小さい。
その身体にレオネルのような大柄な男に合わせた毒を受け入れて、無事でいられる訳がなかった。
オラヴィの説明に、レオネルの血が下がっていく。
「そ、れで、解毒は出来たのか……?」
「ああ。まだ経過観察は必要だが、恐らく後遺症もないだろう」
「そうか……」
レオネルはよかったと心の底から呟いたが、継がれたグレニアンの言葉には目を見開いた。
「闇ギルドの人間が解毒薬を持参して現れたからな」
「ぁあ!?」
「お静かに!!」
セルディの傍に居たかったレオネルだが、見回りをしていた看護師に怒られ、セルディはオラヴィに預けて詳しい話を聞くために執務室へと移動する事になった。
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