71.推しキャラは嗤う


「はぁ、疲れた……」


 レオネルは久しぶりの長い一日に、溜め息を吐きながら王城から出た。

 月のない夜な事もあり、外はすでに真っ暗で魔石のランタンが無ければ足元も覚束ないような状態だ。


 一刻も早く明確な証拠を手に入れるため、とりあえずグレニアン達と今までのカラドネル領の税収やわかるだけの取引先の確認を行う事になったのだが、カラドネル公爵家はダムド公爵家同様大きな領地だ。

 商人達との付き合いもダムド家ほどではないが多く、資料を探し出すだけでも一苦労だった。

 一先ずここ最近した取引した商家と、長く付き合いのある商家を振り分け、毒物などを扱いそうな家や魔石を扱う家などを選び出したが、それでも両手の数以上もあったため、明日にでもまた騎士団と話をしなければならないだろう。


「……またジアルークが煩くなりそうだな」


 最近何かと突っかかってくる騎士団長を思い出しながら、はぁ、と再度溜め息を吐く。

 しかし、セルディのためにもやらなければいけない。

 レオネルは気合を入れ直した。


「今から帰ってもセルディは寝ているだろうな……、今日はさすがに宿舎を借りるか……」


 レオネルがそう言って厩舎に足を向けると、背後から人の近づく気配がした。

 腰に下げた剣の柄に手を添えながら振り返れば、そこに居たのは門番の一人だった。


「レオネル様!」

「どうした」

「すみません、さっき通りすがりの近衛の方に確認したらレオネル様に伝わってないって言われてしまって……」

「なんの話だ」

「実は、レオネル様を迎えにダムド家の馬車が来ているんです」

「なんだと?」


 レオネルは意味が分からずに眉を顰めた。


「最初は早馬を送ったらしいのですが、緊急性がないなら取り次げないと言われてしまったようで……」

「あ?」


 どういうことだ。

 レオネルの目つきが鋭くなる。

 早馬が来る段階で十分緊急性があるだろうに、それを追い返したとは……。


「ダムド家の兵士の方だと思うのですが、その方は王城の入り口を守る騎士の方に止められて困っていらっしゃいました」

「内容は?」

「それが婚約者の方からの連絡だったようなのですが、それはただの恋文だろうと……」

「……はぁ」


 嫌がらせだ。

 レオネルは溜め息を吐いた。

 ここ最近近衛と騎士団の仲が悪くなっているのはわかっていたが、近衛隊長であるレオネルの家の早馬を妨害するのはさすがにやりすぎだ。

 職権乱用甚だしい。


(厳重注意だな……)


 最悪クビだ。

 レオネルはそう決め、話してくれた門番に礼を言った。


「それで馬車が来たのか」

「そのようです。何時間でも待つと仰られて……」


 それほどの用件とは一体なんだろうかとレオネルは門番と一緒に馬車止めまで歩く。

 そこに居たのは間違いなくダムド家の馬車と御者だ。

 彼はレオネルを見ると、御者台から降りて頭を下げる。レオネルは足早に近づいた。


「どうした」

「それが、セルディ様が……」

「セルディが?」


 御者はレオネルの耳元に口を寄せた。


「レオネル様の命が危ないと……」

「俺の命が?」

「私も詳しい事は……、とにかく中へどうぞ」

「中? おい、まさか」


 レオネルが慌てて馬車の扉を開けると、そこには椅子の上で身体を丸めて寝ているセルディが居た。

 レオネルはもしかしてとは思いつつも、本当に居るとは思わなかった相手が気持ちよさそうに眠っている状況に驚き、そして少しの怒りが湧き、そのあとは笑ってしまった。

 むにゃむにゃと口元を動かすセルディの可愛さに怒りが持続できなかったのだ。


「しかたねぇなぁ……」


 レオネルは困ったように笑いながら馬車に乗り込み、セルディの肩をゆすった。

 起こすのは可哀想だが、レオネルの命が危ないとはどういう事なのか、話を聞かないことには帰る事は出来ない。


「セルディ、起きてくれ」

「んあ……? レオネル様……?」


 口端に涎を付けたまま薄らと目を開けるセルディに、レオネルは笑った。


「俺の命が危ないんじゃなかったのか?」

「え……? ハッ!! レオネル様!! 大丈夫ですか!?」


 なんの用件だったのか思い出したセルディは飛び上がるように起きて、レオネルの頬や肩に手を当てる。

 そうして一通り確認した後、ホッと息を吐いた。


「よかった、どこも怪我はしていないみたいですね……」

「今のところ特に問題はなさそうだけどな。で、どうして俺の命が危ないんだ?」

「あっ、それがですね!!」


 セルディの話す独自の持論に、レオネルは驚いた。

 グレニアンから聞いた王族の呪いの話に似ていたからだ。

 セルディは呪いなど思いついてもいないようだが……。


「それで、ニーニアが俺を殺そうとするだろうと思った訳か」

「はい!」


 レオネルは本日何度目かの溜め息を吐いた。

 セルディは真剣な顔で頷くが、よく思い出して欲しい。

 前王弟は王妃だけではなく、国王やメリーサ、グレニアンをも殺そうとしたことを。

 カラドネル公爵だってニーニアを使ってレオネルを殺そうとしていた。

 つまり、婚約者であるセルディだって危ないのだ。


「チエリーはどうした」

「え」


 セルディが固まった。


「まさか無断で出てきたなんて事はないだろうなぁ?」

「いえ、あの、そのぉ、チエリーの準備が終わる前に出てきただけでー、えっとぉ……」


 レオネルは再度深く息を吐いた。


「あとで覚悟しておけよ」

「うぅ……」


 チエリーは怒ると怖い。

 それを知っているのかセルディは項垂れた。


「せめて護衛は連れてきているんだろうな……」

「いつもの人が着いてきてくれてます! 今は、えっと……」


 寝てたからわからない。と言いたげなセルディの様子に、レオネルは確認のため一度馬車を出た。

 あたりを見渡せば、馬を連れて近づいてくる二人組の影が見える。


「サットン、ラム。お前ら二人だけか」

「はい、閣下。あまり大勢で来ても目立つかと思いまして……」

「そうか……」


 外出する時には必ず付けろという話は事前にしていたが、この非常時に二人だけで王城までやってくるとは、無謀にも程があるだろう。

 レオネルは片手をこめかみに当て、唸った。


「……とりあえずバーニーを迎えに行ってくる」

「ハッ」


 馬車に背を向けて歩き出した時、馬車から小さな塊が飛び出してきた。


「待ってください! 私も行きます!」

「ああ?」

「心配なので!」


 レオネルは少し悩んだが、馬車で待たせておくのも心配だったので、セルディも連れて行くことにした。


「急ぐからな」

「え……、きゃあ!」


 セルディをさっさと抱え上げ、速足で歩く。

 城門から庭を抜けて歩く事数分、馬が預けられている厩舎へと辿り着いた。

 深夜のため、そこに馬番の姿はすでにない。


「バーニー、迎えに来た」


 奥から二番目、いつもの場所で待機していたバーニーはなんだか不機嫌そうに足踏みをしている。


「なんだ、待たせたか?」


 レオネルはセルディを床に下ろすと、バーニーを出すために閂を上げ、そのままセルディをバーニーに乗せようとすると。


「待って!」


 セルディがそれを止め、そのままバーニーの周りをうろうろと見回りだした。


「おい、後ろにだけは回るな。蹴り飛ばされたら死ぬぞ!」


 慌ててバーニーが動かないように頭絡を持つ。

 一体何を確認しているのか、セルディの動きを見ていると、セルディは足を掛けようとした場所とは反対側の鐙の前で止まった。


「あの、これってなんですか?」

「これ?」


 レオネルは手綱を柱へと括り付け、セルディと同じ場所へと回り込んだ。

 そこには、いつもとは違うものが付いていた。


「これは……」


 針だ。

 鐙の下のわかりにくい場所にそれはあった。

 ご丁寧に、軽く乗ったくらいでは刺さらないように位置が調節されている。

 鐙を踏みしめると馬に刺さるように計算したのだろう。

 もし走っている最中にバーニーが暴れたら、落馬して最悪は命を落とす……。


「本当に殺そうとしているみてぇだな……」


 レオネルは嘲笑した。

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