70.考察します
ダムド家のタウンハウスに戻り、レオネルを見送ったセルディはチエリーと共に使わせてもらっている自室へと戻った。
「チエリー、さっきの話なんだけど……」
「私は何も聞いておりません」
「……ありがとう」
チエリーが言うわけがないと思ってはいたが、念のためだ。
まさかダムド家とカラドネル家にあんな確執が隠れていたとは思わなかった。
サイロンとパールの問題だけだと思っていたものが、蓋を開けてみればカラドネル家の全員がダムド家の人間に――。
そこまで考えて、セルディはふと思った。
(でもパール様は違うよね……)
パールが本当にカラドネル公爵の子供という可能性はあるが、ニーニアのような底知れぬ執着心をパールからは感じなかった。
パールは純粋……とは言い難いかもしれないが、ただサイロンに恋をしている女性のように感じたのだ。
セルディを傷つけはしても、殺そうとまでは考えていなかったとも思う。彼女は恋に恋をしている子供のように見えた。
「……チエリーお茶を持ってきてくれる?」
「かしこまりました」
セルディは一人になると机に向かい紙とペンを取り出し、前世の記憶を頼りに『グレニアン戦記』と日本語で文字を書いた。
そして思い出した話の内容を羅列していく。
最初は王位奪還編。
ある日突然父と母、幼い妹を殺され、グレニアンはレオネルに助けられてダムド領へと向かう。しかしグレニアンとレオネルがダムド領に辿り着くと、北国がカッツェ領に侵攻していた……。
「そう、まずここからおかしいのよ……」
セルディはダムド領と王都までの道を移動したが、馬車で片道一週間半ほどの距離しかない。
物語で、グレニアン達は確かに追手から逃れるために遠回りをしてダムド領を目指していた。だが明確な日数は書かれていなかった。
それなりの日数はかかっているだろうが、それでも北の軍隊がアデルトハイム王国よりも遠い北の王都から移動出来る時間があったとはとても思えない。
世間では王位簒奪の気配を察知して攻め込んできたと言われているが、誰かが事前に北国に密告したに違いない。
しかし、それは前王弟ではない。
「だって前王弟は好きだった王妃様を殺してしまった後、完全に無気力だったものね……」
物語で見た前王弟の最期の姿は、愛する人を自分の手で殺した後はなにもかもがどうでもいいと言わんばかりだった。
王妃の子供であるグレニアンを殺す事が最後の生きる意味だったのかもしれない。
だが、進んで自分の国を他国に渡す気はなかったように思う。
そんな男が北国に事前に密告なんてしているとはセルディには思えなかった。
「なら、カラドネル公爵がダムド領を壊すために……?」
そう思い始めたところで、扉がノックされた。
静かな部屋へと響くその音に、ギクリと身体が強張る。
扉が閉まる瞬間に見た、ニーニアのあの暗い瞳を思い出してしまったのだ。
そんなすぐに何か行動を起こせるはずがない。
この屋敷は安全のはずだ。
セルディは唾を飲み込んでから入室を許可した。
「失礼します」
入ってきたのはワゴンにポットとカップを乗せたチエリーだ。
セルディはホッと力を抜いた。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。後は自分でやるから置いてって良いわ」
「かしこまりました」
チエリーの心配そうな視線に、セルディは苦笑する。
何を怖がっているんだと気合を入れると、お茶を注いでくれたチエリーに礼を言い、扉が閉まるのを確認してから再度紙へと向き直った。
カラドネル公爵がダムド家を壊すのが目的で事前に王弟と取引をし、簒奪する日にちを北国に密告をしたと考える。
それならばたくさんの王族が殺された中で生き残っていた事にも説明がつく気がした。
「でも結局ダムド領は壊されず、北国は一時撤退をした……」
カラドネル公爵は目的が達成できずに苛立っただろう。
そうして次に起きるはずだったのが内乱だ。
これはセルディがポンプを作って国に献上した事で解決したようだったが、物語では水の魔石の事でシルラーン国に脅されて婚約するところから始まる。
物語が進むと、水の魔石不足が国のせいだと勘違いしたどこかの領民が抗議運動を起こし、それが国中に広まって内乱となった。
「えーっと、あれはどこの領地だったっけ……」
うーん、とセルディが頭を抱えていると、ふと、机に置かれている貴族名鑑が目に入った。
「ここに載ってないかな……」
パラパラと適当に捲ってみる。
しかし、分厚い本の中をパッと見たところでカケラも思い出せなかった。
「ぐぬぬぬぬ……」
悔しさにセルディが唸っていると、カラドネル公爵家の名前が目に入った。
そこの表記には、国の食料庫として扱われているカラドネル公爵の小麦畑はフォード領のなんと数百倍で、領民のために福祉を充実させている事が書かれていた。
隣接する領地はヤムグル領、ランカーニア領、ヒュノン領……。
「あれ、もしかしてこれじゃない?」
最期にあったポーニア領という名前に、セルディは聞き覚えたあった。
「ポーニャポーニャポニャ……」
ばかなのか……。
セルディの脳裏に有名アニメ映画のテーマ曲の歌詞を変えて歌った記憶が甦る。
あまりにもくだらない替え歌に前世の自分を褒めたいような、恥ずかしいような……。
「コホン……。とりあえず隣の領地からだとすればますます怪しいわよね!」
この反乱の芽を植えたのがカラドネル公爵だったとすれば、グレニアン達が駆け回っている間に北国とやりとりをし、侵攻を促す事も可能だろう。
だが、北国もすぐには動かなかったに違いない。
北国の王は物語ではかなり慎重で疑い深い老人だった。
そんな彼の策略が一度失敗しているのだから、二度目はより慎重になったはず。
(そんな国王を動かしたのも、きっとカラドネル公爵……)
恐らくだが、カラドネル公爵は侵攻前にダムド領を爆破したのだ。
その爆発に気付き、カッツェで砦を守っていた将軍達がダムド領を守るために引き返した時を狙い、一気に挟み撃ちしたに違いない。
だからあの爆破は侵攻編では紹介されなかったのだろう。
(ダムド領が壊滅したのは内乱編のうちだったから……)
しかしこの後カラドネル公爵が何かをしたような気配はない。
フォード領から敵が侵入し、レオネルが死んでしまい、グレニアンは北国と本格的な戦争を始め、最終的には少数精鋭で敵国へと侵入して北の反乱軍と共に国王を討った。
そして次代の王と和平条約を結んで帰還するのだ。
そこで侵攻編は終わっている。
「国で何かあったとか、裏切者が出たとか、そういうのは一切なかったのよね……」
物語のクライマックスなんだから、そういうものだろうと思っていた。
だが、実際裏切者は居たのだ。
目的を達成したために動きを止めただけで。
「カラドネル公爵はサーニア様を殺して、もしかしたら王弟のように無気力になったのかもしれない……」
それはきっとレオネルに執着しているニーニアも同じで……。
(……あれ?)
セルディは首を傾げた。
あのレオネルに執着していたニーニアが、彼を殺すだろうか、と。
ニーニアは父親の命令に逆らった。飴をレオネルに食べさせなかった。
それは彼を愛していたからだろう。
レオネルはセルディと会うまで戦いに明け暮れ、婚約者も恋人もいなかった。
だが、物語では脇役だから書かれていなかっただけで、婚約する予定があった可能性はゼロではない。
ダムド領が崩壊したのなら、跡継ぎのサイロンは重傷を負ったか、最悪亡くなっていると思われる。
そうなると跡を継ぐのはレオネルになる。
根が真面目なレオネルは早急に結婚相手を見繕っただろう。
その相手が彼が嫌悪するニーニアである可能性はかなり低い。
そして、ニーニアが今回のようにレオネルに父親の事を理由に自分を婚約者にするように迫って、それをレオネルが拒絶したのだとしたら……。
「まさか……」
セルディは部屋を飛び出した。
「チエリー!! 王宮まで早馬を走らせて!!」
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