69.推しキャラは恐れる 後編


 国王という権力に溺れた人間が事件を起こす事は歴史上それなりにある事だ。

 それは他国も同様で、その度に世代交代が改革が行われる。

 しかし、アデルトハイム王国は少し違っていた。

 事件を起こすのは国王だけではなく王家に連なる者達で、理由が一様に一人の人間への執着故の行動なのだ。


「虐殺王は最終的に自身の弟に殺され、国王だった記録は失われた」


 それから虐殺王に続くかのように狂気に奔る王族が何人か現れたため、この国の貴族は王族に結婚を強要しなくなったと言われている。

 グレニアンはそう話した。


「レオネルも叔母上に結婚を急かされはしても、強要されたりはしなかっただろう?」


 そう言われればそうだと納得する。

 兄も自分も、王族ならば早くその血を繋ぐ子供を作る必要がある。王弟によって王族が殺された現在なら尚の事。

 それなのに他の貴族も、身内でさえ無理に婚約をさせたりはしなかった。

 その事にはアレンダークも納得したように頷いた。


「だから父上も結婚に関しては陛下の意向を尊重するようにと仰っていたのか……」

「私も最近までこんな話は迷信だと思っていたが、こうも立て続けに似たような話が続くとな……」


 グレニアンは大きな溜め息を吐く。


「先王弟は私の母に恋焦がれていたが、想いが叶わず国ごと滅ぼそうと動き。カラドネル公爵もまた……。お祖父様が又従姉妹と結婚したために呪われた血が戻ってきたのかもしれないな……」


 感慨深そうに呟くグレニアンに、現実主義のアレンダークは眉間に皺を寄せた。


「そんな血の呪いなんて非現実的なものがあるとは思えませんが……」

「誓約の書かれた証書は残っているんだぞ、信憑性はあるだろう」

「一代目は単純に子孫も自分を同じように好きな人と結婚させたかっただけではないですか?」

「そりゃあ、そういう可能性もあるが……」

「そうに決まっています。まぁ、恋は人を狂わせるとはよく言いますからね」


 認めないアレンダークに苦笑いを返すグレニアンを余所に、レオネルは一人不安に襲われていた。

 その狂気の血が自分にも入っているのだ。

 レオネルは確かにセルディと離れる事が考えられなくなっている。

 離そうとする人間に容赦が出来なくなりそうな程、日に日にその想いは強まっていた。

 過去、セルディに好きな人が出来たのなら、そいつを愛人にしてもいいと思った。

 今でもセルディが傍にいてくれるのであれば、そんな選択肢があってもいいと思っている。

 だが、本当にそんな男が現れた時、レオネルはその男を殺さないでいられるのだろうか……。


「レオネル?」


 グレニアンの問いかけに、レオネルはハッと顔を上げた。


「大丈夫か?」

「……たぶんな」


 片手を首の後ろへと回し、意味もなく項を擦る。

 そこにはうっすらと汗が滲んでいた。


「悪いな、こんな話をして。お前も王族の一員として話しておいた方が良いと思ってな……」

「いや、助かった」


 知らないままでいたら、自身の内側に存在する狂気を自覚することも出来なかっただろう。そんな気がした。


「……セルディ嬢の事が心配か?」

「……ああ」


 脳裏には手を握ってくれた先ほどのセルディの姿が思い浮かぶ。

 あの少女の優しい心を、もし自分が壊すことになってしまったら……。

 レオネルは意を決して口を開いた。


「もし……、もし俺が狂気に落ちているように見える時が来たら、お前が無理にでも止めてくれ」


 グレニアンは目を見開いたが、席を立つとレオネルの横にどさりと腰を下ろす。

 そして拳を握ると、その拳をレオネルの胸に叩きつけた。


 ――ドンッ


「ぐっ!!」

「戦う前から逃げる気か? 狂気だなんだを気にする前に、惚れた女を大事にしろ」


 痛みに呻くレオネルに、グレニアンは笑う。


「俺にはまだそこまで惚れ込むような相手はいないが、本当にそんな狂気あったとしても、それに負けるつもりはない」


 力強く、自信ありげに放つ言葉には、何かの魔法でもかかっているかのようにレオネルの胸に響いた。


「お前なら狂気にも打ち勝てると俺は信じているぞ」


 そこまで言い切られれば、その期待に応えるしかなくなるじゃないか。

 レオネルは叩かれた胸元を擦った。


「はぁ……、一瞬息が止まったぞ……」

「はっはっは、俺もまだまだいけるな」


 少し明るくなった二人の雰囲気に、傍で聞いていたアレンダークは肩を竦めた。


「私の事は殴らないで下さいよ。骨が折れます」

「アレンダークはもう少し鍛えた方が良いんじゃないか? 俺が鍛えてやろうか?」

「お断りします」


 レオネルの軽口を、アレンダークは嫌そうな顔で切り捨てた。


「そういえば、その建国の話は初めて聞いたのですが、事実なのですか? 歴史書にはアースアイという神秘の瞳をした魔法使いが荒れ果てた土地を豊かにして王となったと書かれていましたが……」

「それは民衆向けに作られた話のようだ。当時ここは荒れた辺境の地方の一つで、貴族以外は自分たちの国がなんという名前なのかすら知らない民が多かったらしい。そのため、民にはこの地をよりよくするために新しい国を作ったとしか発表しなかったと王家には伝わっている」

「……よく北から攻め込まれませんでしたね」

「それは俺もそう思う。よほど一代目の国王の統治が優れていたんじゃないか。もしくは、力を付けるまで大国の後ろ盾がないことを秘密にしていたとか……」

「なるほど、それはあり得ます」


 考察を続ける二人を、レオネルは頼もしいと思いながら眺める。

 そして、まだじんわりと痛む胸に手を当てた。


(そうだよな。セルディを大事にしないとな……)


 レオネルは深呼吸をした。


「狂気の話はわかった。それで、その狂気を止める方法はないのか?」


 グレニアンはアレンダースとの会話をぴたりと止めると、重く息を吐いた。


「……狂気に落ちた者は殺すしかない」

「それではカラドネル家をお取り潰しに?」

「そうしたいが、罪を捏造するのは不可能だ。領地経営に関して調べさせたが、領民からは慕われているようだからな。反乱でも起こされたらかなわん。出来れば明確な証拠が欲しいところだが……」


 チラリと、視線がレオネルを見る。

 レオネルは首を横に振った。


「あの女とは例え偽装でも結婚はしない」

「……そうだな。したが最後、冥土まで連れて行かれる気がするしな」

「恐ろしい事を言うな……」


 あり得そうな未来にレオネルは慄いた。


「それならば、襤褸が出るのを待つしかない」


 その襤褸は、セルディの事になるだろう。

 そんな予感に、レオネルは歯を噛み締めた。


「絶対に、セルディに被害が出ないようにしてください」

「わかっている」

「彼女の発想は我が国の発展に必要ですしね」

「アレンダーク……」

「冗談ですよ」


 レオネルに睨まれ、肩を竦めたアレンダークはとりあえずカラドネル家が取引している商人から探ろうと提案をする。

 三人が顔を突き合わせての話し合いは、結局深夜まで続いた。

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