68.推しキャラは恐れる 前編
レオネルはセルディをタウンハウスへと送り届けた後、すぐさま王城へと向かった。
顔を強張らせないように拳に力を込めながら、無表情を装ってグレニアンの執務室へと辿り着くと、グレニアンはそこでいつものように書類を捌いていた。
「どうした。今日はお茶会の後は休むと言っていなかったか?」
「……アレンダークも呼んでくれ」
「……わかった」
レオネルの感情を抑え込んだような声音に、グレニアンはすぐに緊急事態だと察したのか、何も聞かずにアレンダークを呼ぶように傍仕えへと伝える。
アレンダークは文句を言いながらもすぐにやってきた。
「まったく、こっちも忙しいというのに……どうしたんですか?」
アレンダークも、レオネルを見て顔色を変えた。
どうやら今のレオネルはよほどひどい顔をしているようだ。
そう自覚はあっても、震えが来るほどの怒りを抑えられそうにない。
「セルディを保護したい」
「カラドネル家で何があった」
拳を強く握りしめたまま唸るように言うレオネルを、グレニアンはとりあえずソファに座らせて聞いた。
レオネルは自分を落ち着けるように深く息を吐くと、カラドネル家で聞いた公爵の話をする。
そして話がニーニアの事へと移った途端、レオネルは想いの丈を吐き出すように言った。
「ニーニアだった……」
「は?」
「ハンナを殺したのはやっぱりニーニアだったんだよ!!」
「なんだって……?」
「ハンナ? どなたの事ですか?」
レオネルの初恋の顛末を知っているグレニアンは驚愕に目を開き、アレンダークは首を傾げた。
「ハンナはレオネルがまだ私の遊び相手として王都に来る前に惚れていた女だ。世に言う初恋の相手というやつだな」
「そのお相手を、ニーニア様が? どういうことですか?」
レオネルはアレンダークにセルディと似たような話を語った。
「いや、待って下さい。レオネル様が王都に来たのは何歳でした?」
「七つ」
「ニーニア様ってレオネル様の一つ下でしたよね?」
「そうだ、あいつは六つになったばかりだった」
パールは華やかだが少しきつそうな顔をしていたが、ニーニアはレオネルの母に似て綺麗な顔をした子供だった。
最初に出会った時は怯えたような顔をして使用人の影に隠れていたが、レオネルが一緒に遊んでやると言うと、おずおずと手を差し出してくるような、そんな子供だった。
「いや、どう考えても事故じゃないですか。むしろその飴を作った人間がニーニア様を殺そうとしたと考えるのが普通じゃないですか?」
「そうだな。母もそう考えた」
「それが普通ですよ。それで、その飴を作った人間は捕まえたんですか?」
「すでに死んでいたらしい」
「でしょうね。……らしい?」
何かを含むようなレオネルの物言いに、アレンダークは訝しむ。
「カラドネル公爵がそう言ったんだ。こっちは死体も見ていない。死んでしまったハンナの家族に自分も償いをしたいと言われたが、北との関係がまた悪くなり始めていた頃だったからな……。王族が暗殺されそうになった事を公にする訳にはいかず、葬儀代を多めに渡す事で話が付いたと聞いた」
どう考えても口封じに殺されているが、死人に口なし。ダムド家は使用人を一人失ってしまったが、狙われたのはニーニアなため、それ以上捜査に首を突っ込む訳にはいかず、結局事件は有耶無耶になってしまった。
だが、レオネルはニーニアが狙われたという話は納得できなかった。何せ――。
「あの女、笑ってやがったんだよ……」
「笑っていた……?」
「毒かもしれない飴を土に埋めて、振り返った時」
そのほの暗い笑みを見た時、レオネルは震えあがった。
女相手に震えがくるほどの恐怖を感じたのは後にも先にもあの時だけだ。
「……でも、殺人なんて、まだ六つの子供が?」
「俺も信じたくはなかった」
だから今の今までニーニアを警戒はしていても、避けたりすることはなかった。
ニーニアが狙われていて、何かのお礼にと毒だと知らずに飴を渡した。そんな可能性を残しておきたかった。
そうじゃないと、自分が壊れそうだった。
もしかしたら、自分がニーニアにハンナを好きだと言ったからハンナは殺されてしまったのかもしれないと考えたら、罪悪感でどうにかなりそうだった。
「だが、あの女ならやる」
今日、レオネルは自分やセルディに出されるものすべてにしっかり目を配っていた。
セルディに出されたケーキのチョコレートの装飾が他のものと違っていたり、使用人が持ってきたクッキーにあの時見た飴と同じ色と匂いをした飴細工が付いていたり……。
「そしてメイドがセルディにかけようとした紅茶にも毒が入れられていた。あれはデルマタケの汁だ」
「なんだと?」
「すぐに片付けさせていたが、埃のような匂いがした」
「触っただけでも皮膚がただれる毒キノコじゃないですか……。あれは王都近郊には生えていませんよ……」
アレンダークは毒の入手経路を考えているのだろう。難しい顔で顎に手を当てた。
「入手経路はこれから調べるが、あの女は何故か未だに俺に執着しているからな。セルディを婚約者だと話してしまった以上、今後どんな手段を使ってセルディを害そうするかわからねぇ」
だから、セルディの警護を厚くしたい。
レオネルはそう言ってグレニアンを睨むように見つめた。
「……王家の呪い、か」
「なんだって?」
レオネルの強い眼差しを受け止め、グレニアンは呟く。
レオネルは聞いたことのない言葉に眉間に皺を寄せた。
「サーニア様、先の王弟、カラドネル公爵、パール、ニーニア……、恐らくメリーサもだろうな……」
そう言って指折り数える人間はすべて、愛する人に執着する人間ばかりだ。
メリーサは違うのではと思ったが、思い返せば確かにメリーサも幼いながらにレオネルにくっつきたがり、結婚したいと何度も言っていた。
幼いが故の事だろうと楽観的に考えていたが……。
「王族は愛する人以外とは決して婚姻してはならない。これは王家に代々受け継がれている言葉だ。愛する人以外との結婚は不幸しか生み出さないと……」
この国は元々は大きな帝国の一部だった。
それがある時、東の山で大きな土砂崩れが起き、帝国と繋がっていた道が完全に塞がってしまった。
結局救援は何年も来ないままで、土砂は掘っても掘ってもなくならない。残された領主達はこの土地を国として纏め上げる事にした。
そこで王族の血を引く人間が一人選ばれた。
それは伯爵家の娘の家に婿養子に入った王族の一人で、王族の中でたまに現れるアースアイを持っていた。
「そいつは王になる条件として、自分たちの子供だけではなく、その子孫達にも結婚を強制させないと誓わせた。貴族達はそれをあっさりと了承した。いつか帝国の道が開けるまでの仮初の国でしかないからと」
ところが何年経っても、何十年経っても道は開けない。
いつしか貴族達は誓約を忘れて、王家に結婚を強要し始めた。
王家は誓約があると言いつのったが、過去の話だと相手にされなかった。
「こうして結婚させられたのが四代前に一度王の座に着いた男だ」
「一度王の座に着いた……」
この持って回った言い回しは最近でも使われている。――先王弟だ。
「四代前といえば……」
「虐殺王……」
グレニアンは頷いた。
「そうだ。自分が恋した平民の女を手に入れるために、女が住んでいた村を村人ごと燃やした男だ」
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