66.一緒にいます
油断していた。
お茶会は終わりで、これで屋敷に帰ってレオネルとゆっくり出来ると思っていた。
それが――。
「レオネルお願い。大事な話なの……」
黙って動かないレオネルに、ニーニアは縋るような目を向ける。
今の情勢で話を聞かない訳にはいかない事を知っているのだ。
セルディは唇を噛み締めた。
自分がこの話を一緒に聞くことは出来ないとわかっていたからだ。
(ここまできて……)
ニーニアはずっとセルディとレオネルを離れさせようとしている。
離れた瞬間何が起きてしまうのか、セルディは怖くて仕方がなかった。
ニーニアの目は、彼女の姉のパールよりは鋭くない。
何がなんでも邪魔者を排除してやろうとする熱意もない。
ただ、暗く、深いのだ。
それが何よりも恐ろしい。
「その話は今でないと駄目なのか?」
「お願い。このチャンスを逃したくないの……」
その必死な表情も、声も、仕草も、嘘だとは思えない。
セルディはレオネルと離れる事になるかもしれないと思った。
(あとは帰るだけだと思っていたのに……!!)
レオネルを見れば、彼はどうするか迷うように眉間に皺を寄せている。
嫌だ、離れたくない。
セルディは思わずレオネルの腕を握ってしまった。
すると、ニーニアに向いていたレオネルの顔がセルディへと向けられる。
「……セルディ。大丈夫だ」
レオネルは微笑んでそう言うと、ニーニアへと再び向き合った。
「セルディも一緒なら、話を聞こう」
「え……?」
「俺たちは今日はずっと一緒に居ると約束しているんだ」
な? と微笑みながら言われ、セルディの目に涙が浮かびそうになった。
「セルディ、一緒にいてくれるだろう?」
「……はい。……はい、一緒に、います」
ぎこちない微笑みを浮かべながら、手を差し出せば、レオネルはエスコートをするようにその手を握ってくれる。
ニーニアは二人の様子に表情を凍らせていたが、少しして、頷いた。
「仕方がありませんわね。それでは応接室へ……」
セルディは気合を入れるようにレオネルの手をぎゅっと握った。
*****
「それで、話とは?」
応接室へと案内され、席へと着いた途端。レオネルはそう切り出した。
一刻も早く用事を聞いて帰る。そう言わんばかりの態度だ。
さすがのセルディもまさかレオネルがこんな態度を取るとは思わずビックリした。
「まだお茶の準備も出来ていないというのに、レオネルったら相変わらずせっかちね」
正面で微笑むニーニアは、サーニア様に似てとても美しい。
だが、サーニア様のような内面の美しさはないようにセルディには見える。
「今は国中が忙しいと知っているだろう? 今回もセルディと連名でなければ断っていたところだ」
「あら、それじゃあセルディ様をお誘いしてよかったわ」
「いいから、要件はなんだ」
なぜか話を引き延ばそうとするニーニアに、レオネルはきっぱりと言い切った。
「……ですから、お父様の事です」
「カラドネル公爵がどうした」
ニーニアは少し躊躇うような仕草を見せた後、ゆっくりと床へと視線を落とした。
「レオネルはわたくしの父の事をどう思っているの?」
「……そうだな、野心のあまりない、穏やかな方だと思っているが」
「それは世間で言われている評価の事でしょう?」
「俺はカラドネル公爵と話した事はほとんどないからわからないな」
にべもない。
セルディは口を挟む事は出来ないが、レオネルのあまりにもそっけない態度に、そんな風に接して大丈夫なのかと問いかけたくなる。
レオネルの頑なな態度に、ニーニアも諦めたのか、小さく息を吐いた。
「世間の評価は、大筋では間違っていないと思うわ。父は野心はないですし、あまり他人に対して興味もないので誰に対しても穏やかに接しているの」
ぽつりぽつりと、ニーニアは話す。
「でも、サーニア様の事だけは別だわ」
「は?」
突然出た名前に、セルディも、もちろんレオネルも、声が出るほど驚いた。
「お父様はね、サーニア様の事を愛しているのよ」
愛している?
え、それは家族愛とかではなく?
恋愛的な意味で?
カラドネル公爵って今いくつだっけ?
セルディの頭は突然の情報に混乱した。
「お父様はサーニア様がまだお小さい頃から、天使のように愛らしいサーニア様は自分が嫁に貰うと決意していたそうよ。婚約の申し込みも何度も兄にしたと言っていたわ」
兄というのはグレニアンの祖父である先々代の王の事だろう。
しかし、当時の王はその申し込みを受け入れる事はなかったらしい。
血が濃くなりすぎると却下したそうだ。
それはそうだろう。叔父と姪の関係なのだから。
そしてサーニア様は年頃になった途端、将軍であるレオネルの父と結婚をしてしまった。
「当時よほどショックだったのでしょうね。サーニア様に似た髪色をしたお母様と一夜を共にして、お母様はその一夜でお姉さまを身籠ってしまったのですって」
(え、それ本当に公爵様の子供?)
セルディは言葉に出さずそう思った。
高位貴族の男性に擦り寄ってその場で一夜を共にするような女性が、他の相手と関係を持ってなかったとは思えないのだが。
セルディとレオネルが言いたい事がわかったのだろう、ニーニアは嘲るような笑みを浮かべた。
「ええ、お父様もそれを疑っているのでしょう。だからね、お姉さまはこの家を継げないし、お母様はわたくしを生んで亡くなってしまったのよ」
お父様は、本当はお姉さまの事はどうでもいいの。
その言葉に、ぞくりと肌が粟立つ。
ニーニアは怒ったとしても扇を折ったり、何かに八つ当たりをしたりしない。きちんとした淑女教育を受けているのがわかる仕草をしている。
だが、パールはどうだ。
パールは我儘放題に育っていた。
それは公爵からの愛ゆえだと思っていたのだが――。
「ふふ、お姉さまは今は領地の屋敷から一歩も出して貰えていないらしいわ」
何故それを笑って言うのか。
セルディは小さく震えた。
「……それはそうだろう。あんな事件を起こしたのだからな。それが我がダムド家となんの関係がある」
レオネルは睨むようにニーニアを見ていた。
一挙一動を見逃すまいとするかのように。
その視線を堂々と受け止め、ニーニアは言う。
「お父様はね、サーニア様を自分から奪ったベイガ様の事を憎んでいて、ダムド領の事が嫌いなの。いつだったか、無くなればいいのにって呟いていたわ」
それは、きっとこないだあった小麦粉の話の根源なのだろう。
カラドネル公爵はダムド領を壊すために、あの混ざり物をダムド領へ送ったのだ。
だが、ニーニアは自分の父が国家反逆罪を引き起こそうとしているとは言わない。
だからこの話は告発ではない。
セルディは嫌な予感がした。
「……それを聞かせて、俺にどうしろと言うんだ」
「わたくしを助けて欲しいの」
「どういうことだ?」
「わたくしと結婚して」
その言葉に、セルディは凍りついた。
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