65.流行を作ります


「……セルディ様はよかったのかしら、そんなお年で婚約者を決められてしまって」


 レオネルが話し終えると、ニーニアはようやくセルディを視界に入れた。

 セルディが嫌がる様子を見せるならレオネルは婚約を続けないだろうと考えたのかもしれない。


(でも私、レオネル様の事愛しちゃってるんで!!)


 セルディはわざとらしく頬に両手当て、恥ずかしがる仕草を取る。


「実は私、レオネル様にずっと憧れていたので婚約出来てとっても嬉しいんです」

「そう……」


 ニーニアの声は冷たい。

 でもセルディは会話を続けた。


「このドレスもレオネル様が私の身体を気遣って、作るよう指示して下さったんですよ」


 今しかない。セルディは気合を入れる。

 セルディの意図に気付いたレオネルはそっと膝に乗せていたセルディを地面へと下ろした。


「実はこのドレス、中にコルセットは付けていないんです」

「えっ」


 声を上げたのは一人の令嬢だった。

 ちょっとふくよかな体系をしている彼女は、その体型に見合わない程ウエストが細い。

 顔色が悪く見えるから、貧血になりかけているのかもしれない。


「私の家が没落間近だったことは皆様知っていらっしゃると思うのですが、お父様は一時は爵位を返上しようとまで考えていらして……」


 周りの貴族達が憐れみと同情の視線を向けてくる。

 セルディとしては平民でも別になんら問題はなかったし、何なら貴族の方が面倒だなとは今でも思っているのだが、その事は言わないでおく。


「そういう事情でこれまでドレスを着る機会などなかったので、コルセットを付ける習慣がわたくしにはなかったのです。それが、お父様がポンプを献上したことで一気に変わってしまったでしょう?」


 セルディは困ったわ、という風に首を傾けた。


「コルセットが苦痛で苦痛で……」


 セルディの言葉に頷く女性達。

 わかるわ、と呟いている人もいる。


「それでレオネル様が新しいドレスを作ろうと仰って、ダムド家のタウンハウスにデザイナーを呼んで下さったのです」


 実際は勝手にセルディが考えて、チエリーがマグガレを家に呼んだのだが、そういう事にしておけばレオネルの手柄にもなるし、後から面倒な事を言う人間が減るのだとか。

 セルディは笑みをそのままにゆっくりと一回転した。


「このドレス、コルセットを付けなくて済むだけじゃなく、スカートを膨らませる器具も付けていませんの」

「まぁ、本当だわ。とても動きがなめらかね……」

「どうやってあんなに綺麗に膨らんでいるのかしら……」


 貴族女性達の羨望の眼差しに、セルディはしめしめと思う。


「それに、息が苦しくなっても後ろの紐で調節も出来るようになっておりますのよ」


 実際一番問題になるのは腹なのだが、そんなあからさまな言葉は使わない。

 大事なのは締め付けの微調整が容易という点なのだから。


「けれど、それだと体のラインが……」


 心配そうに呟くご令嬢。

 セルディはまるで前世の通信販売の販売員にでもなったかのように、にっこりと笑った。


「レオネル様には細すぎるウエストは心配になるから今くらいで丁度良いと言って頂けましたわ」


 ね? と視線を合わせれば、レオネルは微笑みながら頷いてくれる。

 すべて計画通りなのでそこに照れはないが、眼差しはいつも通り優しかった。

 セルディはダメ押しとばかりに付け加える。


「デザインを担当して下さったマグガレ様も言っておられました。これからは細い服を着るために体を無理やり細くするのではなく、自身の体型に合う服を選ぶ時代になるだろうと……」


 高位貴族で服を注文する人間なら誰でも知っているデザイナーのマグガレ。

 彼が世に出した服はいつも流行の先を歩いていた。

 そんなマグガレがセルディが着ているドレスを褒めたという事実に、女性たちは影で目配せをし合う。


「気になるようでしたら一度『女神の手』に試着を頼んでみると良いかもしれませんわ」

「試着?」

「ええ。お客様が着心地を確かめる用の服を作ったのですって」

「それなら一度話を聞いてみようかしら……」

「わたくしも一度試してみたいわ」


 試着の話もセルディがマグガレに提案した。

 ドレス一枚だって馬鹿にならない値段がかかるのだ。

 試しに一着……なんて言って作れるのは金が有り余っている貴族だけだろう。

 そう思って提案した試着の話だったが、この案を出してからマグガレはセルディをアイディアの神だ何だと崇拝するようになってしまった。

 いつか拝みそうな雰囲気に、セルディはその時には絶対にやめさせなければ、とマグガレを思い出して遠い目をした。


「コルセットがいらないならまた違うデザインのドレスも作れそうよね」

「青い色のドレスがいいわ」

「私はレモン色にピンクのコサージュを付けて……」


 女同士で広がっていく新しいドレスの話に、セルディは勝利を確信した。


(チエリー、私やったわよ!!)


 ちらっと後方でケースを足元に置いて立っているチエリーに目をやると、彼女は小さく頷き返してくれた。

 セルディは高位貴族が作り出す流行とやらの一つの作り出しに成功したのだ。


 ――ギリッ


 周りの人間が新しいドレスの話で盛り上がっている時、奥歯を噛み締めるような音を出したのはニーニアだった。

 さすがのニーニアも、セルディがここまでやるとは思ってもいなかったのだろう。

 元々新しいドレスを作っているのはフォード家という話だったはずだし、そこにレオネルが提案した、なんていうオマケが付いているなんて思ってもいなかっただろう。

 セルディを所詮子供だと思って侮りすぎたのだ。


 ニーニアは周りが新しいドレスの話をし続けていても、自身のプライドのためか、最後まで自分から会話を広げる事はなかった。


 こうしてカラドネル公爵家に招待された茶会はセルディの圧勝で幕を閉じた。

 セルディもレオネルも何事もなく終わった茶会にホッと息を吐き、勝利を喜んだ。


「レオネル様……、少しお話があるのですが。父の事で」


 その勝利の喜びは、帰りがけにレオネルがニーニアに呼び止められた事で無残に散ってしまったが……。


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