62.お茶会に行きます
カラドネル家主催のお茶会なんて行きたくなかったが、かといってレオネルを一人で行かせたくもなかったセルディは、一週間後チエリーも連れて渋々お茶会へとやってきた。
カラドネル公爵のタウンハウスはダムド家のタウンハウスとは違い、堅牢な門を開ければすぐに大きな屋敷があった。
作りとしてはダムド領の屋敷に似ている。横広で三階建てと思われる大きな屋敷だ。
シンメトリーで整えられた屋敷と庭園は芸術的で、公爵家の財力を表しているようだった。
「なんか、すごいですね……」
「何がだ?」
隣を歩いてセルディをエスコートしてくれているのはもちろんレオネルだ。
腕を組むというより、レオネルの腕に掴まっているような状態ではあったが、レオネルと堂々とくっついて歩けるという事がセルディは嬉しく、馬車を降りた時から少し心が浮ついていた。
「この庭とか、維持するのが大変だろうなぁって……」
「そうだな。専属の庭師が代々この技術を引き継いでいるらしいぞ」
「でしょうねぇ、知識がないと出来ない事だと思います」
「まぁ、ありがとう」
二人の会話を遮るようにして現れたのは、ダムド公爵夫人と同じ色合いの金の髪に水色の瞳を持った女性だった。
後ろには何人もの使用人が列になって並んでいる。
どうやら到着したゲストを持て成すために来たようだ。
レオネルは頭を下げる事なく、片手を上げた。
「ニーニア嬢、招待して頂き感謝する」
「まぁ、ご丁寧に。……私たちの仲ですから、昔のように呼び捨てにして下さっても構いませんのよ?」
ニーニアは意味深な微笑みを浮かべた後、チラリとセルディを見てきた。
その瞳はまるで獲物をいたぶろうとする獣のよう……。
淑女の代表と言われる人物とはとても思えない蔑むような眼差しに、セルディの眉間に皺が寄りそうになった。
(我慢よ……、我慢……)
事前にダムド家の使用人達に聞いた話によれば、小さい頃からカラドネルの姉妹は親戚ということもあってダムド領へとよく遊びに来ており、パールは兄のサイロンに次女のニーニアはレオネルによくくっついていたというのだ。
長らく仕えている使用人達は、姉妹は二人ともダムド家の兄弟が初恋の相手なのではないかと言っていた。
ただ、歳を経てからもサイロンに惚れこんでいるパールとは違い、ニーニアは家の事を学ぶためにダムド領へは来なくなったため、今はレオネルの事は過去の思い出になっているのではないか。そう言っていたが……。
(これは、まだレオネル様の事が好きな気がするわ……)
未だにレオネルを見つめたまま世間話を続け、セルディに挨拶をしようとしないニーニアに、子供相手に大人気ないとセルディは呆れて溜め息を吐いた。
「あら……」
そんなセルディの溜め息に反応するかのようにニーニアが呟く。
「ごめんなさい、子供にはつまらない話だったかしら。久しぶりにレオネルに会ったものだからつい……。あちらにあなたくらいの子供も来ているから、お友達を作ってきてはどうかしら」
これは、子供は邪魔だから子供同士で遊んでこい、という意味だろうか。さりげなくレオネルを呼び捨てにした事にもイラっとしてしまった。
セルディは絶対に離れないという意志を込めてぎゅっと強くレオネルにしがみつく。
「ニーニア嬢、こちらは私の婚約者のセルディ・フォード子爵令嬢だ。私は嫉妬深い方でね、子供とはいえ彼女を別の男の元へ行かせる気はない」
セルディはときめいた。
心臓は早鐘を打ち、頬には熱が宿る。
これがセルディとレオネルを分断しようとするのを牽制するために考えた策だという事はわかっていたが、好きな人に独占欲を見せるような言葉を言われて動揺しない程、セルディの心臓は強くない。
「……そうですか。それでは行きましょうか。子供にはつまらないかもしれませんが」
にっこり。
そう言葉が浮かびそうな表情がやけに怖く感じるのは何故なのか。
普通、レオネルの台詞に、驚いたり、ショックを受けたり、何か反応するものだろう。レオネルがセルディを婚約者だと明言したのだから。
セルディがダムド領のタウンハウスに両親共々招かれている理由が今初めて明かされたというのに、ニーニアは先ほどの話など聞こえなかったとでも言うような態度だ。
よほど衝撃だったのか、それともある程度予測していたのか……。
結局ニーニアはセルディに挨拶もしないまま背中を向けて歩き出す。
セルディは再度レオネルを掴む手に力を込めると、ニーニアの後ろを二人でゆっくりと着いて行った。
*****
案内された場所に居るのはニーニアが言ったように大人ばかりだった。
どうやら母子は右翼の庭に、その他、夫や子供を連れていない者達は左翼の庭に集まっているらしい。
子供は子供同士、しがらみを気にせず遊ばせようという試みのようだ。
(これってやっぱり最初から私とレオネル様を分けるつもりだったよね!? 怖っ!!)
レオネルとセルディを分けてどうするつもりだったのかを考えると、怖くて仕方がない。
セルディの脳裏にはまだ自分を無理やり排除しようとしたパールのトラウマが残っていた。
「……大丈夫だ」
セルディの震えを感じとったレオネルが小さな声で呟いた。
顔を上げれば、レオネルが勇気づけるかのように笑っている。
「絶対に離れないから、安心しろ。どこまでも着いて行ってやる」
その笑みに、来る途中の馬車でした会話を思い出す。
『いいか、あそこで出されたものには一切手を付けるな。あと、絶対に離れるなよ』
『え、でもお手洗いに行きたい時とかどうするんですか!?』
『ぶはっ、お、お前、そんな明け透けに……』
『いや大事な事ですよ!! そうやって単独行動をした人から消されていくんです!!』
『消されていくって……、さすがに招待した人間を消したら主催者の責任になると思うが……』
『甘いですねレオネル様は、女って怖いんですよ!!』
『ハハハ、セルディは可愛いと思うぞ』
『な――!!』
『安心しろ。扉の前まで着いてってやるから』
『……ぜっ、絶対ですからね!!』
緊張感のないそんなやり取りを思い出し、セルディは肩から力を抜いた。
「皆様お待たせしました。ゲストが揃ったようですので、本日のお茶会を始めたいと思います。今回はごく普通に、交流を広げるための場を提供させて頂きました。気軽に楽しんで頂ければ幸いですわ」
ニーニアは主催者として、ひとりひとりの爵位と名前を紹介していく。
爵位が高い人から紹介しているようで、まず最初はレオネルからだった。
普通であれば次は婚約者であるセルディの名前が呼ばれるところなのだが、未だセルディは未成年で、正式な発表としては告知されていないため、抜かされた。
まぁ告知されていないとはいえ、レオネルが最初に自分の婚約者だと紹介したのだから普通であれば一応周りにもそう紹介するものなので、実際は悪意があっての事だろう。
「そして最後にご紹介するのが、今噂の的となっていらっしゃるセルディ・フォード子爵令嬢ですわ」
セルディがカーテシーをすると、一瞬の間の後に周りがざわついた。
「彼女が噂の……」
「おいくつだったかしら……、本当に子供なのね……」
「あんな子供を婚約者にしないといけないなんて、レオネル様もお可哀想に……」
「まぁ、彼女が着ていらっしゃるドレスが噂の……。本当に珍しい型ですこと……」
「ここに来るには早すぎなんじゃないかしら……」
感心する人、見下す人、妬む人、嘲りたい人、表面上は心配する人。
貴族は本当に色々な人が居る。
こうやって騒ぎ立て、セルディが怒って反抗することを狙っているのだろうが、大人の精神も持っているセルディがそんな事をする訳がなかった。
「どうも、ご紹介に預かりましたセルディ・フォードです。今日は初めてお会いする人ばかりですので、心ばかりの手土産をご用意させて頂きました」
「え……?」
「チエリー、こちらに持ってきて頂戴」
チエリーが持っているのはそれなりの大きさのケース。
セルディはそれを、堂々とテーブルの上へと乗せた。
ポカン、としたのは貴族全員だ。
基本、手土産を渡すのは主催側だ。茶会の帰りに手土産を渡し、その時に良いものを貰ったのだと周りに自慢してもらうために。受け取った側が何かしらの返礼品を渡すのは茶会の後日となっている。
その常識を、セルディはぶち破った。
ダムド公爵家の婚約者だから出来る暴挙だった。
(取引先に手土産を持っていくのは営業の基本!)
そしてあわよくば目の前に居る貴族全員を、こちら側に付けてやる。
セルディは母シンシア直伝の、優しげな微笑みを浮かべた。
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