61.ドレスを披露します


 マグガレや、彼の営む裁縫店『女神の手』のお針子達と試行錯誤を繰り返し、今日ようやく第一号のドレスがタウンハウスへと届いた。

 薄いピンクで統一されたドレス。スカート部分には濃い糸で刺繍がされ、胸元には布で作った花が付けられている。

 セルディはまだ夜会には出られる年齢ではないので、これは茶会用のドレスだが、コルセットで締め上げなくても十分に可愛く見えるドレスだ。

 セルディは鏡の前で微笑んでみた。


(うん、可愛い!)


 納得の出来だ。


 大人用のサイズの前に布をあまり使わなくて良い子供用――つまりセルディの茶会用のドレスから作ろうという話になったのだが、試しに作ったサンプルをセルディが着てみてからも、ここの布をもう少し詰めてとか、もう少し布地を減らそうとか、ここは膨らむように折り目を増やそうとか、それはそれは色々な事を話し合ったり試したりした結果出来上がったドレスは、素人のセルディから見てもとても良いものだと思う。


 何より素晴らしいのが、このドレスなら誰かにコルセットを締め上げられなくても一人で着れるというところだ。

 チエリーに背中部分の紐を前で締めたあと、後ろに回して着るという技を見せた時は呆れられたが、誰かの手を借りるのが苦手なセルディとしては嬉しいものだった。

 まぁ、侍女が居る時は絶対に手を借りるようにと約束させられてしまったが。


「セルディ様、早馬が来ました。今日はレオネル様はお帰りになられるそうです」

「え、本当!?」


 セルディはチエリーの言葉に嬉しそうに振り返る。

 ここ最近レオネルには会っていなかった。

 夜更かしすれば会える日もあったかもしれないが、帰ってこられる日も時間もわからないような有様だったのだ。

 それが新しく作ったドレスが出来上がった時に帰ってきてくれるなんて、これは見せるしかない。


「何時ごろにお帰りになるのかしら!」

「夕飯前にはお帰りになるおつもりのようです」

「それなら一度脱いだ方が良いかしら……」

「そうですね。このドレスならすぐに着られますし、 皺になる前に脱いでおいた方が良いかもしれません」

「……わかったわ」

「レオネル様をお迎えする頃に髪はもう少し丁寧に結いなおしましょう」


 ちょっと残念に思いながらも脱いだセルディだったが、続けられた言葉に元気を取り戻した。

 チエリーならばきっとこのドレスに合う髪型にしてくれるはずだ。


「それならレオネル様から頂いた髪飾りを付けたいわ!」

「はい。わかっておりますよ」


 微笑みながら頷くチエリーに、セルディもにっこりと笑う。

 レオネルが帰ってくるという先触れが到着したのはそれから数時間後。

 セルディが丁度チエリーに髪を結ってもらっている時の事だった。


*****


「も、もう! レオネル様ってば、セクハラですよ!」

「せく……?」


 まさかお尻を触られるとは思っていなかったセルディの顔は真っ赤だ。

 綺麗だと言ってもらえたのは嬉しいが、なんだか思ってたのとは違う。

 セルディは唇を尖らせた。


「あー、いや、その、すまない……。女を褒めるのには慣れていなくてだな……」


 もごもごと言い訳をするレオネルを見て、セルディはがっくりしてしまったが、やっぱり体型的にはまだまだ子供のままなのだ。

 そう簡単に女性として見てもらえる訳がないと諦めた。

 仕方なくスカートを見せつけるように軽く持ち上げる。


「……可愛いでしょ?」

「あ、ああ! すごく似合っているぞ!」

「それじゃあ食堂までエスコートをお願いできますか?」

「……お任せ下さい、お姫様」


 腰を折って恭しく手を差し出したレオネルを見て、セルディはとりあえず納得した。

 周りの使用人達はそんなレオネルを冷めた目で見ていたのだが、それには気づかなかった。


 今回はこのドレスならどれくらいの食事を食べられるのかという検証も兼ねている。

 セルディはいつも通りの食事を頼んでいた。

 次々に運ばれてくる食事に、焦ったのはレオネルだ。


「大丈夫なのか?」

「今のところはまだ大丈夫です」


 思ったよりも食べられる。

 セルディはもぐもぐと口を動かした。

 お腹が満腹になるほどは食べられそうにないが、コルセットのように雀の涙ほどしか食べられないという事はない。

 それに、食べ終わった後に苦しくなれば、休憩室で後ろの紐を緩めるだけで良い。

 座って食事も食べられるというのは高得点ではないだろうか。

 セルディはうんうんと頷いた。


 そうやって検証をしながら食べていたセルディだったが、ふと、レオネルの食事があまり進んでいないことに気が付いた。


「レオネル様、食欲がないのですか?」

「い、いや、そんな事はないぞ」


 慌てて厚切りのステーキを食べ始めるレオネル。

 セルディは首を傾げ、また食事を再開する。


「……その、だな」


 しかし数分後、レオネルが口を開いた。


「はい」


 食べていたものを飲み込む。

 なんだろう、そんなにも言いにくい事を言おうとしているのだろうか。

 セルディの心臓が嫌な音を立て始める。

 だが、その不安は杞憂だった。


「綺麗……だ」

「え?」


 別の意味で今度はドキリと胸が高鳴る。


「元々整った顔立ちをしているとは思っていたが、とても……綺麗だ。そのドレスもよく似合っている」

「あ……、ありがとう、ございます……」


 レオネルが顔を赤くしながらそんな事を言うものだから、セルディの顔も真っ赤になってしまった。


「こんな綺麗なセルディが婚約者だなんて、俺は幸せ者だと……思ってな」

「えっ……」


 セルディは思わずレオネルの顔をまじまじと見た。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、皿を見ているレオネルは、自分の顔をセルディがじっと見つめている事には気づいていない。

 その表情にあるのは照れだ。

 そんな言葉言う自分に照れているのであって、セルディに恋をしているようには見えなかった。

 セルディは嬉しさと寂しさを感じた。

 でも、もう泣いたりはしない。


「ふふ、私もレオネル様が婚約者で幸せです」


 セルディはレオネルを惚れさせてやると決めたのだ。

 何度傷ついたって諦めずにぶつかってやると心に決めていた。


「そ、そうか……。よかった……」


 こうやって優しい時間を積み重ねていける事を、今は大切にしたい。

 セルディは照れているレオネルに慈愛の微笑みを浮かべ、フォークに刺したままだった食事をパクリと食べた。


「ああ、そうだ。来週なんだがな」

「はい」

「実は茶会に行く事になってだな……」

「はぁ……」

「カラドネル公爵家主催の……」

「……え?」


 カラドネル公爵家?


 セルディの頭は一瞬真っ白になった。

 カラドネル公爵家といえば、国家反逆罪を問われるかもしれない家だ。

 その家のお茶会に行かなければいけないなんて……。


「レオネル様、大丈夫ですか……?」

「……俺は大丈夫だと思うが」


 ――俺は?

 セルディは嫌な予感がした。


「えーっと、まさか私も行く事になっていたりとかしません、よね?」


 まさかね、まさか……。

 そんなセルディの希望を打ち砕くかのように、レオネルはキッパリと言う。


「そのまさかだ」

「いやーー!!」


 セルディの心からの叫び声は食堂に響き渡った。

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