20.商会を案内します


 なぜだか両親は引き止めたそうにセルディを見ていた気がするが、せっかくのレオネルとのおでかけを止めるなんて出来る訳がない。

 セルディは喜んでレオネルをキャンベル商会へと案内した。


「ここがそうなのか」

「そうです、ここがキャンベル商会です!」

「思ったよりも小さいな……」

「ここじゃ、このくらいが丁度いいんですよ」


 本店であるフォード領のキャンベル商会は、小さな平屋のお店だ。狭いし、商品の数も少ない。棚に並んでいるのはこの地では買えない保存の効く食材や調味料。あとは農具が立て掛けられているくらいで、店に居る店員は一人。警備員なんて影も形もない。

 でも、この領地での商会はこのくらいの大きさでいい。客は領民だけで、みんな親戚みたいなものなのだから。と、伯父が言っていた。

 そんな伯父の言葉を、レオネルにも伝えてみる。


「なるほど、その地に合ったものを置いているのか……」


 レオネルは興味深そうに商品棚を覗いた。


 そもそも、伯父の父、つまりセルディの母方の祖父であるジョーイ・キャンベルの代に拠点をこのフォード領に決めたのは、母シンシアの事があったからだ。


 当時、祖父達は橋を渡った向こうのカザンサ侯爵領で商売をしていた。

 カザンサ侯爵領は、特に秀でた特産品はないが、王都までの街道整備を行う領で、人の行き来が多く、今も昔も大きな街を持つ裕福な領地だ。領内に住めば通行料を減らしてもらえると、商人もたくさん住み着いている。

 そのカザンサ領でそこそこの小金持ちになった途端、母は貴族に目を付けられた。

 あまり評判のよくない、金で爵位を買ったと言われている男爵だった。年齢は二十以上も離れていたと聞く。


 そんな相手からの婚姻の申し込みに困っていたところをゴドルードの父である先代のガフィード・フォード子爵に助けられ、そのことに恩を感じたジョーイは、ついでとばかりにフォード子爵領に移住もした訳である。


 この国は金銭を多く受け取れる人間の移住は色々な審査をしなければ認められない。

 住人が金持ちであればあるほど、領主が受け取れる税金が増えるため、金を持つ住人を逃がしたくない貴族が考え出した法律だ。

 もしどうしても移住したい場合には移住先の領主の仲介が必要になる場合もある。


 当時そこそこの小金持ちだった祖父達の移住は少し揉めたが、娘の嫁ぎ先だから、と母方と父方の祖父が共謀してゴリ押したらしい。

 今では食料品を安く卸す代わりに、父によって税金をそれなりに軽くして貰っているため、カザンサ領で商売をするよりも儲かったと喜んでいるとか。


「店は小さいですけど、ここは新しい商品を開発する場所があるんです。ミーシャさーん、奥いきまーす!」

「はいはいー」


 セルディはもっと面白いものを見せようと、商品を手に取って眺めているレオネルの腕を掴んだ。

 内職のような作業をカウンターの下でやっている店番の女性、ミーシャに声をかけて、勝手知ったる家の中を進む。


「お、おい、いいのか?」

「大丈夫です。いつもの事なので!」


 セルディはレオネルが戸惑う姿にニマニマしながら、店の中を突っ切った。

 目的地はカウンターの奥の伯父の家の更に奥にある商品開発室だ。


「ヤンさーん! レイドさーん! いますかー!」


 扉をノックして声をかけると、磨りガラスの窓の付いた扉から、鍵が開く音がした。


「おー、嬢ちゃん。研究はじゅんちょ……」


 出て来たのはヤンだった。

 白い顎髭を撫でながら扉を開け、セルディの顔を見た後で後ろに居るレオネルに気づくと、目を見開いて動きを止め……。


 ――バタン


 そのまま扉を閉められた。


「なんで! ちょっと! ヤンさーん!!」


 バンバンとセルディが手のひらで扉を叩くと、今度は隙間が出来た。


「お、おおおおい、嬢ちゃん、そちらはどちらさんだ!? 会長から許可取ったか!?」


 会長というのは伯父だ。

 祖父ジョーイはもう引退して祖母と、妻を亡くして一人になっていたガフィードを連れて、三人でのんびり隠居生活という名の旅行に行ってしまった。帰ってきた時にはたくさんのお土産をくれるのだが、いつ頃帰ってくるのかは誰も知らない。


「大丈夫だよー。だってこちらは取引先になるレオネル様ですし!」


 父も止めなかったし。きっと大丈夫。

 セルディの言葉に、今度はゆっくりと扉が開いた。


「本当かぁ? 嬢ちゃんは色々やらかすからなぁ……」

「だよねぇ、中見せるのはさすがに怒られるんじゃない?」


 ヤンの後ろから現れたのは、彫金師のレイド。金髪のちょっと軟派っぽい若者である。カッコイイ男の部類に入るこのレイドが手先が器用で、可愛らしい小物を作ったりするのだから不思議だ。


「お前、やっぱりここでも色々やらかしているのか?」

「やっぱりって何です!?」


 会ったのは二回だけのはずなのに、解せぬ。


「あー、あなたセルちゃんの知り合いなんですか?」

「知り合いと言えば、知り合いだな」


 セルディを見下ろしながらのレオネルの言葉と、親しげな様子に、ヤンとレイドは顔を見合わせた。


「……まぁ、何かあっても悪いのは僕らじゃないし」

「……んだな。会長に怒られても嬢ちゃんが悪い」

「えー!!」


 何故に!?

 セルディは訳がわからないまま、戻って行く二人をレオネルと追った。


「なんだ、ここは?」

「うふふー、ここが商品開発室です!」


 扉の中を見たレオネルは、驚きに目を見開いてあちこちを眺めた。

 店内よりも大きな室内には長いテーブルがあり、そこにはセルディが考え、ヤンが作った色々な道具や、実験で使う魔石などが置かれている。


「すごいでしょ! ポンプもここで作ったんですよー」


 驚いたままのレオネルの手を引っ張って、ヤンとレイドが実験している物を見せた。


「今試作してるのはこれです!」


 自信満々に伝えたのだが、レオネルの反応はイマイチだった。

 思案気な顔をして、ガラスの器の中で蒸されるハーブを見ると、なるほど、と呟く。


「……これは、香油を作ろうとしているんだな?」

「えっ、レオネル様知ってるんですか!?」

「ああ。だが、俺が知っているのとは随分形が違う……。それにこの技術はどこかの商会が秘匿していたような……」


 衝撃の事実。化粧水なんて高いものを買おうと思ったこともなかったから、あるなんて知らなかった。知っていても高くて手は出せなかっただろうが。


「貴族専門の高級店で売られるような類の物を作ろうとしているのか。すごいな……」


 この店の技術力の高さに感心したようで、じわじわと出来上がっている精油を面白そうに眺めている。


「これを考えたのもフォード子爵か?」


 ここだ。

 セルディはにんまりと顔に笑みを浮かべ、今度こそ、とばかりに口を開いた。


「これはですねー、わ」

「私だ」


 静かに現れたのは伯父だった。

 そして流れるようにセルディの頭を鷲掴む。


「いだだだだっ!!」

「お、ま、え、は、何、を、して、るん、だ!」

「頭が!! 頭がへこむー!!」


 涙目になって叫ぶと、伯父は手を離してくれたが、掴まれた部分がじんわりと痛みを伝えてくる。


「ひ、ひどい、伯父さん突然何を……」

「お前が馬鹿だからだ!!」

「なんでー!?」


 わけがわからない。

 掴まれた頭を両手で擦りながら目で伯父に訴えるが、伯父はそれを無視してヤンとレイドに目を向けた。


「お前らも、俺に許可なく入れんな!!」

「いや、セルちゃんには勝てませんってー」

「お嬢ちゃんに察しろったって無理な話だよなぁ」


 なんだか酷い事を言われている気がする。

 むくれていると、レオネルが取り成すように謝った。


「申し訳ない、やはり私が待てばよかったですね」

「いや……、私がもっと早くに戻っておくべきでした。貴族向けの寝具はこんな田舎町には置いていないので、運ぶのに時間がかかりまして」


 貴族向けの寝具というのはレオネル用のものだろう。

 当てこするような言い方をしなくてもいいのに。

 セルディが伯父に文句を言おうとすると、それを遮るようにレオネルがセルディと伯父の間に入った。


「お手数をおかけしました。その分、良い話をお伝え出来るように頑張らせて頂きます」

「それはそれは。色よい返事を期待していますよ」


 そしてそのまま父の時と同じように、自分を放置して話し出した二人に、セルディは頬を膨らませた。

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