21.推しキャラは苦悩する
「キャンベル商会は随分手を広げられたようですね」
「ええ。ようやく王都で支店も開設出来ましたし、今後は貴族向けの商品を作っていくつもりです」
「なるほど」
後ろでセルディが拗ねている雰囲気を感じながら、レオネルはガルドと話を続けた。
すべてはセルディに迂闊な事を言わせないためだ。
ここまで来れば誰でもわかる。
商品開発室に子供が通うなんて普通ではないし、ポンプの件だって、ある物をどう活用するか、という事に重点を置いていた子爵が考え付く代物じゃない。
セルディのあの自信満々の態度もそうだ。自慢したくて堪らないというのが顔にも出ている。
あれでわからないほど、レオネルは馬鹿ではない。
(だがこうなると、セルディの選択肢は限られてしまうだろうな……)
今回、レオネルがグレニアンに言われたのは二つ。
一つは水を汲む道具が使える代物であるかどうか。
もう一つは、発明者の存在を探る事だ。
(ポンプが使える道具だったという点は喜ぶべきだが……)
もしかして、とは思っていた。
だからレオネルは出立前に髪飾りを用意してきたのだ。
しかし、この勘は当たって欲しくはなかった。
この国で貴族の男が、令嬢に成人用の髪飾りを贈る意味。
それは、デビュタントのエスコートを予約をする。という事だ。
セルディは知らなかったようだが、断れる話ではないので、知っていたとしても変わらない。
(……いい年の男が、何をしているのだろうな)
思い返しても、自嘲する笑みは抑えられない。
レオネルは、子爵夫妻から話を聞いてきたと思われるガルドの鋭い視線を受け止めながら、ポンプの販路や材料費、スケジュールなどについて話し合ってから、フォード家へと戻った。
*****
「ふぅ……」
運ばれた折り畳み式のベッドに腰を沈め、レオネルは息を吐いた。
昼食と同じく、田舎領地で出されたとは思えない上品な味の夕食を馳走になり、更にはポンプを使って楽に沸かせるようになったからと風呂にまで浸からせて貰った。
これならば馬を走らせれば明日中には実家のあるダムド領に入れるだろう。
至れり尽くせり。
ここが上位貴族の館であったなら当たり前に思える対応が、没落間近のはずの家で行われる事が不思議でならない。
レオネルはベッドに体を横たえて古い天井を見つめた。
古い木造の建物だ。
防音もされていない。
扉もレオネルが体当たりしたら簡単に外れそうだし、窓も殴ればあっさり壊れるだろう。
(セルディをこのままにしておいて、大丈夫なのか?)
風呂上りで濡れた髪に触れてみる。
指通りがよく、ごわつきがない。
これは浴室に用意されていた瓶の中に入っていた液体の効果だ。
セルディはシャンプーと言っていた。
ソーブの実を粉にし、溶かしたものとは違い、とろみがあって泡立ちもよかった。
(あれも売れるだろうな……)
売れる物が増えていく。
裕福になるのは悪い事ではない。この調子で行けばキャンベル商会はかなりの儲けを手にするだろう。
そして、他の商人達は考えるはずだ。これを発明した人間を探し、自分達の商会へ取り込みたいと。
子爵やガルドが、自分達が作ったと言い張れるうちはいい。
でも、言い張れない相手が現れればどうなるか。
(子爵家では爵位が低すぎる……)
特に隣のカザンサ侯爵は金の動きに敏感だ。
彼は悪い男ではないが、善人でもない。
本当の発明者を明かさなければ、子爵領側の通行を規制するくらいの事はやってのけるだろう。
そうなれば、子爵領の領民が不便を強いられる事になる。
その事態にフォード子爵が対応できるのか。
(対応出来たとして、その後、セルディをどうするのか……)
目を閉じれば、子供らしく楽しげに歩くセルディの姿を思い出す。
わからないなら潰してしまえと、自身の儲けのために暗殺という手段に手を出す人間もいるかもしれない。
あの楽しげな笑みを見る事が出来なくなるかもしれない。
(メリーサ……)
王妃に抱かれ、小さな命を散らした王女。
セルディが同じようにならないと、なぜ言い切れるのか。この防備の薄い家で。
――コンコン
扉をノックする音に反射的に上半身を起こしてみたが、こんな時間に来る人間は一人しか考えられない。
レオネルは片手を額に当て、溜め息を吐きながら扉を開けた。
「えへへー、こんばんは」
「こんばんはじゃない。何をしてるんだお前は」
「いでっ」
悪気のない表情に気を抜かれながら、額を小突く。
セルディは小突かれた場所を擦りながらも、笑みを浮かべていた。
「淑女がこんな時間に男の部屋に来るんじゃない」
「私まだ子供だもーん」
子供扱いするなと言ったり、子供だと言ったり。
子供特有の言い訳に呆れていると、セルディは部屋へと強引に入ってきてしまった。
「お邪魔しまーす」
「……子爵に怒られるぞ」
「しーっ!! ちょっとお話したかっただけですし。明日には帰っちゃうんでしょ?」
ベッドにぴょんと腰かけ、セルディは早く隣に座れとばかりにベッドを叩いた。
レオネルはそれには応じず、室内に備え付けられた椅子を引っ張ってセルディの対面に置いて座る。
そんなレオネルの対応が不満だったのか、セルディは唇を尖らせた。
「むぅ。まぁ、いいですけど。それで、どうでした?」
「何がだ?」
「シャンプーですよ! 売れそうです?」
キラキラとした翡翠の瞳がすべてを物語っている。
セルディは自慢したくて仕方がないのだろう。
まだ子供だ。大人の事情なんてわかるはずもない。
レオネルは内心で苦笑しながら正直に答えた。
「ああ、あれは貴族も好むだろうな」
「レオネル様的には?」
「気持ちよかった」
よしっ、と小さく声を出し、拳を握っている。
セルディはきっと本気で領地を復興させようとしているのだろう。
その事はよくわかる。
わかるが……、セルディはこの世界の本当の汚さを知らない。
「あのシャンプーもガルド商会長が考えたのか?」
「あー、あれはー……」
泳ぐ視線。なんと言おうか迷い、口を開け閉めしている。
セルディが自分になんと言うのか、セルディの口から聞いてみたかった。
「レオネル様、内緒ですよ?」
「……ああ」
言って欲しくない気持ちと、言って欲しい気持ちが交錯する。
聞いてしまえば、この件に手を出さざるを得ない。
けれど、教えて貰えないという事は、信用されていないという事だ。
たった二回の短い付き合いで信用されるなんて事、あるはずがないとわかっているのに、それでもセルディの信用が欲しいと思ってしまった。
この気持ちは一体なんなのか……。
そんなレオネルの想いなど知らず、セルディは片手を口元に当てて顔をレオネルへと近づける。
「実は、私が作ったんです」
小さな声で、そう聞かされ、レオネルは膝の上に置いていた拳を強く握った。
その時に溢れたのが、歓喜なのか、後悔なのか。レオネルにはわからなかった。
(やはりそうか……)
推測と、本人からの証言では、信憑性が全く違う。
忠実な臣下として、レオネルはこの事をグレニアンに報告しなければならない。
レオネルは大きく溜め息を吐くと、真剣な面持ちでセルディを見た。
「ど、どうかしまし……た?」
セルディはそんなレオネルの表情に何かを悟ったのか、焦るように視線をうろつかせた。
「いいか、その話は他ではするな」
「え、なんでです?」
「お前、シェノバ通りの時にも思ったが、誘拐されたいのか?」
「なぜに!? そんな趣味はありません!」
誘拐が趣味のヤツが居てたまるか。
レオネルは突っ込む気力もなく、セルディに言い聞かせるように話す。
「こんな色々発明するヤツが居るとする。新しい発明もまたするかもしれない。どうする?」
「たくさん作ってもらう?」
お気楽すぎるセルディの言葉に、周りが親戚と言えるほどの田舎を少し恐ろしく感じるが、レオネルは再度溜め息を吐いて聞く。
「もし、それを自分が作ったと言いたかったら?」
「……え? 犯罪では?」
「そうだ、犯罪だ。だが、金というものは犯罪を犯す動機になる」
そこまで言われて何を言いたいのかわかってきたのか、セルディは黙った。
「今日はガルド商会長が助けてくれたが、次からは商会のみんなで考えたと言え」
「……でも、私だって言う人くらいはちゃんと判断して」
「誰が聞いてるかわからないんだぞ。今だって、窓の外に人が居るかもしれない」
居ないことは気配でわかっているが、それでも言わずにはいられない。
「言った相手が口を滑らせるかもしれない。拷問を受けたら、大切な誰かを人質に取られたら、言いたくなくても、言ってしまうかもしれないだろう?」
セルディは耳と尻尾があったら垂れていたであろうと思えるくらいに項垂れた。
レオネルとしても、本当はこんな説教じみた事はしたくない。
セルディには笑っていて欲しいと願っているのに、どうも叱ってばかりいる気がする。
レオネルは少し悩んだ後、項垂れたままのセルディの頭にそっと片手を乗せた。
「……他のヤツに褒められない分、俺が褒めてやるから」
そう言ってやれば、セルディは勢いよく頭を上げた。
頬が紅潮しているのは、泣きそうだったからか、嬉しかったからなのか。
後者だといいと思いながら、レオネルはセルディの艶の出て来た髪を撫でた。
「我慢、できるよな?」
「……っ!!」
「よし」
コクコクと頷くセルディを、犬のようだと思いながら、レオネルは満足げに笑った。
そのまま手を離そうとしたが、頭はレオネルの手を追うように擦り寄ってくる。
ここまで懐かれるような事をした覚えはなかったのに、それでも、柔らかな髪の感触が心地よかったのもあって、レオネルは撫でる手を離すのをやめてしまった。
その髪からほのかに香る花の匂い。
そんな些細な事に動揺していたら、手首を握られ、頬に擦り寄られてしまった。
紅潮した頬のまま、上目でレオネルを見る翡翠の瞳は潤んでいて、どこか艶めいているようにも見える。
レオネルは、何かよくない気持ちが芽生えそうな気がして、慌てて手を引いた。
「……っそ、そういえば、子供はそろそろ寝る時間じゃないか?」
「むっ、子供じゃ……」
「さっき子供だと自分で言っていただろうが」
「むぅうう……」
拗ねても発言を撤回する気はない。
レオネルは立ち上がってセルディをベッドから降ろすと、扉の外へと連れ出した。
「ほら、寝ろ。それとも寝かしつけて欲しいのか?」
「……それはちょっとしてもらいたいかもしれない」
何を言っているんだこの娘は。
レオネルは怒鳴りたくなる気持ちを抑えながら、小声で叱責する。
「馬鹿言うな。いいから寝ろ。普通なら、貴族の令嬢が個室で男と二人きりなんて言うのはあり得ない状況なんだからな」
「はーい……」
「よし」
調教師にでもなった気持ちになりながら、レオネルは片膝を付いてセルディの額に口づけを贈った。
「幸せな夢が訪れますように」
「なんですか、それ?」
「なんだ、知らないのか。よく眠れるおまじないだと母が言っていたが……」
「初めてされました! もう一回!」
こいつは……。
子供なのか、子供じゃないのか、よくわからない。
レオネルはもう一回と強請るセルディの頭を再度小突いた。
「うるさい、いいから寝ろ」
「ぶうぶう……。あ、そうだ。じゃ、じゃあ……」
照れたようにはにかんだセルディが、屈んでいるレオネルの頬に顔を寄せた。
そして聞く、軽いリップ音。
「れ、レオネル様にも、幸せな夢が訪れますように!! おやすみなさい!!」
言い逃げるように居なくなったセルディの後姿を、レオネルは呆然と見送った。
あれは、子供だ。
子供だから、レオネルもおまじないをしてやったのだ。
子供だから……。
「……だぁああ!!」
レオネルは頭を抱えてしゃがみこむ。
「いや、俺に幼女趣味はない、幼女趣味はない……」
言い聞かせるようにブツブツと呟きながら、なんとか立ち上がったレオネルは、疲労困憊な様子で客室へと戻った。
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