19.昼食を作ります


 セルディが母と一緒に昼食の準備をしていると、一通り話を終えたらしい父とレオネルが家の中に入ってきた。


「では、納品の予定日などはキャンベル商会と相談してください」

「わかりました。国のために申し出て下さり、感謝いたします」


 難しい話は終わったらしい。

 セルディは父に椅子を勧められて座るレオネルの気配を感じ、そわそわと落ち着きなく料理を作る。

 何せ母の手伝いがあるとはいえ、初めて好きな人に手料理を食べさせるのだ。緊張しない訳がない。

 軍人とはいえ、相手は舌の肥えた正真正銘の貴族様だし、田舎料理が口に合うかも心配だ。

 セルディはせっせと、今日捌いて貰ったばかりの鶏肉にハーブと塩を揉みこんだ。


「こちら、じゃがいものポタージュでございます」


 テーブルの上に、昨日必死で濾したじゃがいものスープが置かれる。

 メインの準備を終え、セルディは給仕を母に任せてテーブルへと着いた。

 給仕をする母の手際はまるでお城の侍女のよう。

 なんでも出来てしまう母のすごさはここでも発揮された。


「ほお……」


 じゃがいもは庶民が食べる芋だ。

 荒地でも沢山育つし、お腹に溜まりやすい。

 でも食べ方としては豪快に丸ごと、煮る、焼く、しか行われていなかったらしい。

 もしかしたら王都では違うかもしれないが、この世界では紙は貴族しか使えないし、レシピ本なんて物は存在しない。

 みんな、口伝で親から伝えられたり、友達や近所の人から教えてもらって料理をする。

 そこでセルディは一手間を加えるという事を教えてあげた。

 下準備というものの大切さを、前世で一人暮らしだった自分が教えてくれたのだ。


(どきどき……)


 白いスープに、乾燥バジルを散らしたシンプルだが品のある一品。

 料理人が作るよりも何ランクも下にはなると思うが、それでもフォード家の人間が一生懸命考えた貴族向けの料理のひとつ。

 レオネルはそのスープに上品に銀のスプーンを差し入れ、そこに黒ずみがない事を確認してから、一口飲んだ。


「うまい……」


 思わず口から出たような小さな声に、セルディはテーブルの下で拳を握った。

 その後も静かに食事が続き、メインではセルディが下準備をし、母がオーブンで焼き上げた鶏肉が出された。

 レオネルはナイフとフォークを上手に使い、あっという間にその料理も平らげてしまった。

 フォード家は相も変わらず貧乏なので、物足りなかったのではと少し心配したが、レオネルは布巾で口元を拭うと、笑顔で言ってくれた。


「これは、城で出しても問題ないレベルだと思います。申し訳ないが、ここまでの料理を頂けるとは思っていませんでした。子爵夫人は料理がとてもお上手ですね」

「まぁ……。お褒め頂き、ありがとうございます」


 手を口元にあて、上品に微笑む母。

 そのレシピを提案したのは自分だ。と主張しようとしたが、口を開けた瞬間に母の鋭い視線がセルディを突き刺した。


(むぐぐ、料理くらい大丈夫だと思うのに!!)


 さっき何度も言い含められた事だが、どうしてもレオネルには言いたかった。

 この料理は自分が考えたのだと。自分を嫁に貰えばこんな料理が毎日食べられると。


(……けど、こんな下心満載じゃ無理だよね)


 そもそも貴族の夫人が料理を作るなんて、はしたないと思われるだけだ。

 レオネルが今後どんな爵位を貰えるのかはわからないが、これまでの功績から確実に伯爵以上にはなるだろう。

 そんな相手と、しかも未だ十二歳の小娘が結婚出来るはずがない。

 今はまだ国内の混乱が続いているから、陛下もレオネルも婚約者がいないが、落ち着いてきたら決めなければならないだろう。

 その中にセルディのような貧乏貴族が入れる訳がない。

 セルディは諦めた。


「実は、私からセルディ嬢に土産がありまして」


 小さく溜め息を吐いて俯いたセルディを見て、食後のお茶を飲んでいたレオネルがそう切り出した。


「セルディに、ですか」

「はい」

「……それは、わざわざありがとうございます」


 戸惑いながら礼を言った父とは裏腹に、セルディは目を輝かせてレオネルを見つめた。

 レオネルは優しい眼差しでセルディを見つめると、懐から一つの箱を取り出してテーブルへと置く。


(ま、まさか指輪!! な、わけがないよね。指輪にしては大きいし、平たいし……)


 じっと箱を見つめていると好奇心旺盛に眺めているセルディが面白かったのか、レオネルはくすりと笑ってから箱を開けて見せた。


「わぁ……」


 そこには銀で作られた綺麗な細工の髪飾りがあった。

 セルディの傍へと箱を押され、よくよく見れば、銀の蔓の間にはルビーで作られた薔薇に繊細な模様をした金の蝶々がとまっている。


(すごく、高そうです……)


 喜びよりも先にそんな思いが湧いてしまったセルディに同調するように、父が躊躇いながら口を出した。


「申し訳ないが、子供に持たせるには些か……」

「貴族の令嬢なら持っていても不思議ではないでしょう」


 それはそうかもしれないのだが、ここは貧乏貴族の家。

 こんな領民すべてが互いの顔を把握しているような領地では泥棒など居ないが、それでも、それはみんな平等に貧乏だからであって、セルディがこんな綺麗な物を付けて外に出た日には羨んだ誰かが手を出すだろう。

 受け取るのを躊躇していると、レオネルは微笑んだまま箱を閉じた。


「……とはいえ、この領の状況は把握しているつもりです。この髪飾りはセルディ嬢が成人し、王都にてデビュタントを行う時にでも付けて頂ければと思います。それまでは私が預かりましょう」


 そう言われてしまえば、何も言う事は出来ない。こっちは下位貴族なのだ。上位貴族の言葉には逆らえない。

 父は口を噤み、母と何やら目で会話をしていた。

 そしてレオネルは箱を懐へと仕舞いなおす。

 それにホッとするような、残念なような……。

 セルディがそんな複雑な想いでレオネルを見ると、レオネルはどこか含みのあるように笑った。


(なんだろうあの笑い……)


 わけがわからないセルディとは違い、父と母はそんなレオネルの様子にも何かを思ったのか、困惑した空気を醸し出していた。


「さて、それではそろそろキャンベル商会に行きたいと思うのですが、子爵夫妻はお忙しいでしょうし、セルディ嬢に案内を頼んでも?」

「はい!」

「セルディ!!」


 よしきた、とばかり元気に頷いたが、その大きな声がいけなかったのか、母から叱責が飛んできた。

 セルディは首を竦め、ちらりとレオネルを見て舌を出す。

 そんなセルディを、レオネルは呆れたヤツだと言わんばかりに苦笑しながら見つめていた。

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