14.献上する事にします
水汲みポンプを作る際、注意するべきはその素材。
錆びにくく、腐敗しにくく、そして人体に影響がない素材。
セルディは伯父の商会専属である鍛冶師のヤンと一緒にあれやこれやと考える。
最初に出会った時にはこんな子供が!? と驚かれたものだが、セルディが思いもよらない発想をする事に気づくと、大人と同じように話し合いに参加させてくれるようになった。
そして、ポンプの素材には最終的には鉄と土の魔石から取り出す魔力豊富な土を合金したものを使う事になった。
この世界において、魔力が豊富な素材というのは魔力を帯びていないものよりも丈夫になったり、錆びにくくなったり、腐敗しにくくなるらしい。
だから土の魔石から出る土で作った作物が高くなるのだと。
少量の土を出すだけなら魔道具を介さなくてもいいし、魔石で実験をする訳でもないから安上がりだ。
魔石を使う、という点においては値段が高くなるが、安い素材を使っても長続きしなければ意味がない。
話し合いの結果、このポンプ一つで数年だけでも水汲みが楽になるのなら買う人は多いだろうという結論に至った。
「だが、問題が一つ」
「えっ、何々……」
「警備だ」
「警備?」
ようやく素材も決まったし、あとは作るだけだーと思っていたところの父の言葉に、セルディは目を瞬かせた。
父はそんなセルディに苦笑しながら、伯父と話を始めた。
曰く。
物珍しいものは狙われる。大きな物だから簡単に持ち去る事は出来ないだろうが、模倣して勝手に売ろうとするものも出てくるだろう。
セルディが言ったから体内に金属が入る危険性について考えたが、真似して売るような輩がそこまで考慮するとも思えない。
となると、もしも実力行使に出る人間が出たら対処できる人間が必要になる、と。
伯父もセルディも唸った。
そこまでは考えていなかったのだ。
ここでも問題になるのはやっぱりお金だった。
(もー!! 本当に貧乏貴族ってつらい!!)
金に物を言わせられる人間であれば簡単な話だったのに。セルディは唇を噛みしめる。
「……セルディ。私は、出来上がった品を陛下にお贈りしたいと思っている」
「陛下に?」
セルディの脳裏に、グレニアンの姿が浮かんだ。
「なんで陛下に?」
「この品は、魔石を使わずに水を汲める。お前も見ただろう、王都はほぼすべての場所で魔石が使われていた事を」
トイレや水回り、照明に至るまで、魔石が使われた王都。
その美しさと住みやすさは、さすがは国の首都だと言える素晴らしいものだった。
「うん、すごかったよね。さすが王都って感じだった」
「あの設備に、どのくらいの金が使われていると思う?」
それはもうとんでもない額だろうな、というのは伯父と父の説明を聞いていたのでわかった。
「すごい値段なのはわかるけど……」
それがどうしたのだろう。
セルディは首を傾げた。
「我が国の国庫は、恐らくもう持たない」
「はぁ!?」
叫んだのは伯父で、私はポカーンと口を開けた。
「あんだけこっちから税金搾り取っておいて、国庫がやばいっつーのはどういうこった!!」
激怒。
伯父がここまで怒る姿は初めてみるかもしれない。
セルディとしても、税金を払うために極貧生活を送っていたので、国庫がそんな事になっているなんて信じたくない。
しかし、ハッとする。
そういえば、グレニアン戦記でも国庫の問題が出ていた事を。
前王弟達は、自分たちが楽をするために、国庫にまで手を出しており、反乱で荒れた領地や、反乱で壊れた建物を直すと、国庫はかなり目減りしてしまった。
何よりもグレニアン達を打ちのめしたのは、盟約にもなっているシルラーン国との魔石の取引が行われていなかった事だ。
前王弟達は、目先の欲のために水の魔石をグレニアン達と国境で争っていた敵国に売り渡していたのだ。
この事にはグレニアンも怒り狂った。
国で使う分の魔石を集め、シルラーン国に渡す事は出来たが、王都で使う分の魔石が足りない。
それでどうしたのか。グレニアンは、最終的に市場から魔石を買う決断をした。買うしかなかった。
王都は魔石がなければ生きていけないほど依存してしまっていたのだ。
最悪、国王の権限で無理やりにでも奪う事も出来たが、その非常な決断はグレニアンには出来なかった。
これ以上国民から不当に何かを奪いたくなかったのだ。
(それで確か、グレニアンはお金のために結婚する事になったような……?)
それがまた争いの種を生んで、国を取り戻したと思ったら今度は国内の問題をどうにかするために頑張るという話になる。
グレニアン戦記は、グレニアンが立派な国王になるための、試練塗れの話だった。
「私も詳しい話を聞いた訳ではないが、今、水の魔石が値上がりしているのは知っているか?」
「あー、それは聞いた。水の魔石が買えねーって貴族が山ほど居るんだろ?」
「ああ。私は国が魔石に対して税金を上げたのだとばかり思っていたのだが……」
「違うのか」
「どうやら違うらしい。伯爵にも確認を取った。国王があるだけの魔石を買い取ったのだそうだ」
「はぁ? そんな魔石ばっか買い取ってどうすんだよ」
「これは推測なんだが……。前王弟は、シルラーン国との魔石の取引を放棄していたのではないだろうか。その補填のために、陛下は王都で使うはずの水の魔石を渡したのかもしれない」
「はぁあああ!? 国王を殺すわ、税金上げて好き放題するわ、あの男本当に馬鹿じゃねぇのか?」
わかる、わかるよ。そんな気持ちになるよね。
伯父の素直な反応に、セルディはうんうんと小刻みに頷いた。
グレニアン戦記で前王弟は、自分が王族に受け継がれるアースアイを持って生まれなかった事へのコンプレックス、更に王妃が好きだったのに兄に取られた事などの嫉妬心をこじらせ、側妃と宰相に唆されてあんな暴挙に出た。
だが、兄や好きだった女を殺してまで就いた玉座に執着もなく、ただアースアイを持つ王族や、国王と王妃の愛の結晶でもあるグレニアンを殺す事を目標にして享楽に耽っていた。
彼は最後、グレニアンによって殺されたが、最後の最後までグレニアンに恨みをぶつけ、お前もいつかはこうなると呪いの言葉を吐いていた。
(それでグレニアンは、叔父のようにはならないように、誠実な王で居ようと無理しちゃうんだよねぇ……)
偉い、とは思うけれど、世の中はそんなに甘くはなく、非情になりきれない王はどうしても最後には足を掬われてしまうのだ。
その事に気づくのは、レオネルが死んでから……。
セルディはそんな原作を思い返し、決めた。
「わかった! いいよ!」
「お、おい、セルディ!?」
「お父さんは、王都の水の魔石の使用量を減らすために、このポンプを使いたいんだよね?」
「……ああ。ここでも使えたら領民の生活は楽になるだろうが、争いの種にもなるだろう。その時に私達だけでは対処出来ない」
父の言葉にセルディも頷いた。
王都のメインストリートのように、警備兵を雇って毎日水場を守る事は、この領地では出来ない。
それよりも国の管理下に置いて、兵士を派遣して貰う方がパトロールにもなって治安がよくなるし、水を自分で汲める人が増える事で助かる人たちも増えるだろう。
「伯父さん、ごめん! でも国が無くなるよりはいいでしょ?」
「……それはそうだけどなぁ」
せっかくいい儲けになると思ったのに。とブツブツ言う伯父に、セルディは言ってあげた。
「作るところは伯父さんの店限定にしてもらうから!」
「よし、いいぞ!」
伯父の変わり身の早さに、父は呆れていた。
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