15.推しキャラは聞く
「くそっ!!」
グレニアンのいつにもない乱暴な言葉に、彼のすぐ後ろに立っていたレオネルはつい目を向けた。
重厚な机の上にある山のような書類を捌きながらグレニアンが唸っている。
即位式からまだひと月ほどしか経っていないというのに、貴族から来るのは要望書の山だ。
誰も彼もが何かと理由を付けて国から金を出させようとする。
だが、国庫は彼らが思っているほど豊富に残ってはいない。むしろ今年は集めた税を上回るほどの出費だ。
こんな状況では、要望書の内容がどれだけ切羽詰まっていても、金を出せるのは本当に切羽詰まっている中でも更に厳選された極少人数だけだ。
「まさか、金の事を心配する日が来るとはな……」
出てくるのは溜め息ばかり。
グレニアンもレオネルも、まさか国庫がこれほど危機的状況に陥っているとは思いもしなかった。
恐らく叔父は国を維持するつもりがなかったのだろう。すべてを側妃と宰相任せにしていたようだ。
その二人はどうしていたのかと言うと、突然手に入れた富を前にして箍が外れたのか、夜会と散財を繰り返していたらしい。
自分たちに従う貴族にかなりの額の恩賞金を渡したりもしていたらしいし、足りなくなったら税金を上げればいいと考えていたのが丸わかりだ。
あんな馬鹿が宰相だったなんて、とグレニアンは自身の父親の見る目のなさにもがっかりしていた。
こんな状態では国に一大事が起こった時に対処出来ない。
爵位を返上しようとしたフォード子爵を笑えない事態だ。
レオネルの実家である公爵家もグレニアンを助けたい気持ちはあるのだが、今はまだ国境の動きが怪しく、防衛に使う予算を公爵家の自腹で補う事くらいしか出来なかった。
あまり大っぴらに動けば、弱みに付け込んで他国が口を出してくるだろうし、今はなるべく予算を削減し、節約に努めるしか思いつかない。
「叔父が溜めこんだ負の遺産が多すぎるな……」
溜め息と共に出された言葉に、レオネルも眉間に皺を寄せながら頷いた。
建て直すのは容易ではないとはわかっていたが、まさかここまでとは……。
グレニアンとレオネルは、身内の不始末の後片付けに日々追われていた。
――コンコン
「入れ」
「陛下、次はこちらをお願いします」
王の執務室に入ってきた、白金の髪に眼鏡をかけた男は、現宰相のアレンダーク・ギレン。シルラーンに近い国境を守っているギレン侯爵家の次男である。
アレンダークはまだ年若いが、学院では特に優秀な成績を残して卒業しており、前王弟が王を名乗った頃は隣国シルラーンへと留学に行っていたらしい。
グレニアンの即位式前に隣国から戻り、父親と共に王家に忠誠を誓った人物だ。
父親であるギレン侯爵は、あの宰相が就任してから領地に籠った貴族の一人で、王弟の即位式には粛清を懸念してなのか、体調不良を理由に出席しなかったという猛者でもある。
シルラーン国との交渉役を任されていたため、それを理由にその後ものらりくらりと国王からの呼び出しを退け、グレニアンが戻るまで領地と家族を守り抜いた。
もしギレン侯爵が殺されていたら、この国の情勢はもっと厳しいものになっていただろう。
彼が生きていると知った時には心底安堵した。
まぁ、一週間もしないうちに、その安堵は驚愕へと変わったが。
なにせ次に会った時には今まで貯めてきたと思われる書類と共に、水の魔石を三年分用意して欲しい、と言われたのだ。
叔父が水の魔石をシルラーン国ではない場所に流していたという事がその時わかり、大慌てでかき集めたが、そのせいで未だ休むことが出来ない日々が続いている。
ギレン侯爵はそんな少し強かな人物だが、ある意味頼もしい人材ではあるので、グレニアンはギレン侯爵に宰相になってもらうつもりだった。
しかし、水の魔石の取引の件で隣国との関係が不安定のため、彼は領地を離れられなかった。
他に宰相やシルラーン国との対応任せられる人材も居らず、迷っているグレニアンにギレン侯爵が勧めてきたのが侯爵曰く不肖の息子のアレンダークだった。
そんな経緯で宰相になったアレンダークは特にグレニアンに敬意を払う訳でもなく、手にまた分厚い書類の束を持ってきて机の上の書類の山の上に乗せた。
「はぁ……、今度はなんだ?」
「今度のは陳情書ですね。水の魔石の高騰について説明を求められています」
「はぁ……」
グレニアンの溜め息が止まらない。
思わず手を貸したくなってしまうが、レオネルの仕事は王の命を守る事だ。未だ暗殺者が現れる事もあるような状態で職務を放棄することなど出来るはずもない。
「ちょっと良い話もありますよ」
「なんだと?」
「フォード子爵家からです」
「フォード子爵家って、あのフォード子爵家か? まさかもう復興出来たとか言うんじゃないだろうな。あれからまだひと月だぞ」
「復興? なんの話です?」
首を傾げたアレンダークに、グレニアンはセルディの事を話した。
面白い少女が居たと。
(一体あいつは何をやらかしたんだ……?)
レオネルはピタリと壁に背を預け、扉などから侵入者が来ないかを警戒しながらも、話に耳を澄ませた。
「そんな気骨のある令嬢がまだこの国に居たんですね」
「はは、社交界では敬遠されてしまうだろうが、将来が楽しみだろう?」
「確かに。今の我が国にはそういう令嬢も必要だと思います」
「私もあの令嬢には期待している。色々な意味でな……」
ニヤリと笑ってこちらを見る顔が憎たらしい。
レオネルは苦虫を噛み潰したような表情になるのをなんとか堪えた。
「それで、フォード子爵はなんと?」
頷くアレンダークの姿を満足げに見ながら、グレニアンはフォード子爵の要件を聞く。
良い話と言うからには、何か資金の目処が付いたのかと思ったのだろう。
「実は、国で魔石を使わないで水を汲む道具を作ってはどうかと」
「なんだと、魔石を使わずに? そんな道具、作れるのか?」
レオネルも驚いた。
この王都で、水は汲むというよりも、魔道具で出す、というのが主流だ。
井戸はあるにはあるが、使うのは大半が魔石を買う事の出来ない貧民がほとんどで、汲もうとすれば重労働になってしまう井戸を使いたがる人間は基本的にはいないのが現状だった。
そんな状況で水を汲む道具とは一体……。
「はい、水の魔石が不足しているという話を聞いたそうで、自領で作ろうと思っていた機械の設計図を贈呈したいと……」
「贈呈だと?」
話が旨過ぎて逆に怪しい。
グレニアンもそう考えたようで、眉間に皺が寄っている。
しかし、あの実直、堅実を素で行くフォード子爵が詐欺のような事をするとは思えない。
「それは本当にフォード子爵家から来た話なのか?」
「はい。間違いないかと」
「ふむ……。贈呈する事に関して、何か言ってなかったか?」
「作るのは王都で新しく支店を作ったキャンベル商会だけにして欲しいと言っていますね」
「なるほどな」
キャンベル商会。セルディの母親の実家だ。
レオネルもフォード子爵が意図する事をうっすらとだが理解した。
国が依頼して作られた物は、それだけで箔が付く。
そんな商品を作った商会も注目を集めるだろう。
商品が売れて儲かれば、商会の本店はフォード子爵領にあるのだから、もちろんそっちで払う税金も増える。領地の収入も増えるという訳だ。
「しかし、本当にそんな道具が作れるのか?」
「わかりませんが、かの御仁が嘘を吐くようなお人でないことは明白。今後水の魔石不足に陥る王都において、水の魔石を使わずに楽に水が汲めるのであれば、脱水症で死ぬ者が減ります」
最もな話だ。
「一度話を聞きに行く必要があるな」
「それがよろしいかと」
「……レオネル、行ってくれるか?」
「なっ!?」
思わず声を出してグレニアンを見てしまった。
レオネルは唸るように声を出す。
「……俺に、話を聞いて来いと?」
「だってお前、俺の後ろで突っ立ってるだけだろう。ちょっと働いて来い」
「おい、誤解を招くような言い方はよせ。俺は働いている」
失礼極まりない。誰が命を守っていると思っているのか。
そんなレオネルの憤りをあっさり無視して、グレニアンは続けた。
「お前以外に誰が行くんだ?」
「文官の仕事だろう……」
「文官ねぇ……、あいつらに金になりそうな情報を渡して、大丈夫だと思うか?」
「ぐっ……」
今、この国はとにかく金がない。
情報を金に替えているヤツも居るだろう。
それが身内に居るかどうかを判別するのにも時間がかかる。
どう考えても時間が足りない。
「というわけで、行って来い」
「……御意」
「公的には里帰りという事にしておきましょう。ついでに隣国の様子を聞いてきて下さい」
「はぁ、わかった」
アレンダークからも言われてしまえば、もう決定したも同然だ。諦めるしかない。
「良い土産話を期待しているぞ」
レオネルは、楽しそうに目を細めるグレニアンを、久しぶりに殴りたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます