12.視察をします


 伯父の家に泊まった翌日。

 父と伯父の二人を連れたセルディは、その洞窟の前に立っていた。


「こ、ここが嘆きの洞窟……」

「真っ暗だな。こりゃ村人が怖がる訳だ」


 森とも呼べそうな暗い林の奥の岩壁に、ぽかりと開いた大きな口のような洞窟。

 不思議な事に付近に獣の気配はなく、その静けさが洞窟の不気味さを更に増長させていた。

 覚悟を決めてやってきたものの、セルディはその恐ろしさに仁王立ちで立ち竦む。

 彼女の脳裏に、場所を教えてくれた村人達の姿が浮かんだ。


『あそこに行くんですかい!? やめといた方がいいですよ!!』

『あそこは今までに何人も死んどるんじゃ……、行かねぇ方がええ……』

『……呪われるよ』


 彼らは皆、セルディ達がここに行きたいと伝えた時、全力で止めていた。

 特に子供の発した『呪われるよ』という言葉は印象深く頭に残った。


「とりあえず行ってみるとするか」

「あ、ま、待って!」


 伯父は特に怖がることもなく、立ち竦むセルディを追い抜いて洞窟へと歩き出してしまう。セルディはその後ろを慌てて追った。

 人が横に二、三人ほどしか並べない狭い洞窟は、窮屈さもあって不安感を煽ってくる。


「暗いー、こわいー……」

「セルディは宿で待っててもよかったんだぞ?」

「やだ! 気になるもん!」

「お前は昔から好奇心旺盛だもんなぁ」


 伯父、セルディ、父と、縦に三人並んでしばらく歩いていくと、不思議な事に視界に霧のようなものが現れ始めた。


「……これが噂の霧か」

「あの話を聞いていた領民は、ここでまず引き返すのだろうな」


 納得した様子の二人とは違い、セルディの脳裏にはなぜか危険信号と思われるランプが頭の中でピカピカと光っているイメージが流れてきていて、不安のあまり無言になる。

 足元が地面ではなく、砂になり始めた頃、セルディは突然止まった。


「待って……!!」

「あん?」


 セルディの焦った声に、伯父も止まる。


「どうした」

「あの……。あのさ……、なんか、臭くない?」

「臭い?」

「あー、そういえば少し臭い……気もするな。卵が腐ったみてぇな……」

「腐敗臭にも似てないか?」

「まじかよ、人が奥で死んでるかもしれねぇって事か?」


 卵が腐ったような匂い、腐敗臭……。

 セルディは慌てて二人の手を掴んだ。


「帰ろう!!」

「なんだって?」

「なんだ、ここまで来て怖くなったのか?」


 からかうような伯父の声に反応する余裕は、ない。


「いいから!! この臭い、とっても危険な気がするの!!」

「臭いが危険ってどういう事だよ。これが人が死んだ原因だとでも言うつもりか?」


 たかが臭いだぞ。

 そう言った伯父の言葉は、間違いではない。

 そう、たかが臭いだ。しかし、されど臭いでもある。

 この臭いは、最初で最後の警告なのだ。


「はっはっは、臭いで人が死ぬかよ」


 伯父はセルディの言葉を無視して奥に進もうとしたが、セルディはそれを必死で止めた。


「だーめー!!」

「ああ? じゃあ俺を納得させる理由を言ってみろ」

「うー、えーっと……」


 硫化水素が充満してるかもしれないから、なんて言える訳がない。そもそもセルディも、硫化水素、という言葉とその危険性は知っていても、それらがどうして出来るのか、なんて事は知らないのだから。


(前世の私、もっと勉強しといてよぉ!!)


 そんな不満すら湧き出し始めた時、ひとつ閃いた事があった。


「ひ、火の魔石をどうやって取るか、伯父さん知ってる!?」

「あん?」


 セルディの言葉に、片眉を上げる伯父。


「そりゃあれだろ、火山で取れるんだろ?」

「そう。火山ってどういう場所か知ってる?」

「あー? 確か、めちゃくちゃ熱いんだよな?」

「うん、めちゃくちゃってどのくらいだと思う?」

「いや……。火山なんつー火の魔石が取れる場所なんか、基本的に国が規制かけてて近寄れもしねぇからなぁ……。ゴドルードは知ってるか?」

「私も知らないな……。むしろこの国では知っている者の方が少ないだろう」

「私、聞いたよ!!」


 セルディは大きく胸を張って言った。


「岩山の中に、横穴を開けて採掘するんだよ!!」

「なんだ、鉱石を採掘する時と一緒か」


 ちょっとがっかりした様子の伯父に、セルディは続けて言う。


「でも普通の鉱山とは違って、すごい熱風を吹き出すところがあるんだって。その熱風を吸い込むと、死んじゃう人も居るんだよ!! その熱風の臭いっていうのがね、腐敗臭みたいなんだって!」


 セルディの言葉に、伯父は止まった。


「……セルディはそれが、この臭いの原因だと思うのか?」


 父の問いかけに、セルディは大きく頷いた。


「そうか。確かに、火山の事をよく知りもしない内から調査をするべきではなさそうだな」


 父がそう判断してくれたため、探索は中断となった。

 セルディは心からホッとした。

 呪いだとか幽霊が居るだとかいう話を鵜呑みにして怯えてしまったが、よくよく考えれば幽霊なんているはずがない。

 そう安心した瞬間。


――オォオオオオオ


「ひゃあああ!!」


 洞窟から出た途端、背後から聞こえた低い怨嗟のような声に、セルディは飛び上がって驚いた。

 そんなセルディの横で父は納得したように頷く。


「……ああ、声の正体は風の音か。海に繋がっているかはわからないが、風の通り道がある事はわかったな」


 驚くこともなくあっさりとそう言う父の肝の太さを、セルディはちょっと羨ましく思った。


「かーっ! 臭いで死ぬなんつー事があるとはなぁ!!」


 黙っていた伯父は、洞窟から出た瞬間。頭を抱えて悔しそうに叫んだ。

 一攫千金のチャンスを前にしての撤退だ。悔しくなる気持ちはわかる。


「で、どうすんだ? 火山での採掘法でも調べるか?」

「……そうだな。情報は必要だろうが、事は国が関わる事業だ。秘匿とされているだろうな」

「さすがに密偵が出来るような奴を雇えるほど俺の店はでかくねぇからなぁ……」


 大きかったらスパイみたいな事が出来るのか。セルディは新しい知識を得た。


「うーん……。とりあえず、ガスマスクでも作る?」

「ガスマスク? なんだそりゃ」


 セルディは前世の記憶を頼りに話す。


「えーっと、毒とかある場所でも、空気を吸えるようにする……仮面? 覆面? みたいな?」

「……さっきも思ったが、お前は一体どこからそんな知識を」

「忘れた!!」


 忘れてないけど、忘れた。うん、そういう事にしておこう。


「……それはどうやって作るんだ?」


 食いついてきた伯父に、私は悩む。

 この世界にゴムはない。

 なら、それに近い素材を探さなければならない。

 あと、出来れば酸素ボンベも欲しい。


(酸素ボンベは風の魔石とかで対応できるんだろうか……)


 どれもこれも、実験して検証しなければいけない。

 そのためには……。


「……伯父さん!」

「お? なんだよ」

「私に投資して!!」


 やっぱりお金が必要だ。

 セルディは伯父にお金を出してもらう事にした。

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