11.話を聞きます
「はぁ? 爵位返上するのをやめただぁ?」
伯父さんに用意して貰った紅茶を飲みながら、父が切り出した話に、伯父は素っ頓狂な声を上げた。
驚くのも無理はない。
何故ならつい先日、爵位を返して平民になると告げたばかりだったのだ。
返上後、もしよかったら雇ってくれないか、とも父は話していた。
伯父はもちろんと了承してくれていたし、セルディも爵位を返上したらマナーの勉強は最低限だけでいいと言われていたので、平民になるのを心待ちにしていたくらいだ。
それが即位式が終わったら返上はやっぱりやめた、なんて、何かあったと思うのが普通だろう。
「突然どうしたんだよ」
「いや、セルディがな……」
セルディは父の目から逃れるように顔を背ける。
「セルディが? おいおい、何があったんだ?」
「うっ……、いやぁ、そのぉ……。も、もう少し頑張りたいなぁって……」
「で、本音は?」
父と同じように説明をするが、伯父は父とは違ってちゃんと話しをしないと許してくれそうにない。
父もセルディの本音を聞きたいのだろう。隣で何も言わずに紅茶を飲んでいる。
(ええええ、なんて言えばいいの!? 前世の話なんて絶対出来ない! 怪しさマックス!)
心の中で頭を抱えたセルディを、伯父は追い詰めるように笑う。
「ほら、素直に吐いちまった方が楽になれるぞ?」
「うぐぅ……」
セルディは悩みに悩みに悩み貫いて……。
「れ……」
「れ?」
「レオネル様に、会いたかったの……」
言ってから、顔に熱がどんどん集まっていく。
伯父も父もセルディの言葉に固まり、居間は無音になった。
「……は、ハァアアア!?」
そして数秒後に爆発した。
「お前、レオネル様って、あのレオネル様じゃねぇだろうな!?」
「そっちなのか……」
(伯父さん、どのレオネル様かわからないけど、多分そのレオネル様です。お父さん、そっちってどっちですか)
「おいおいおい。義弟よ、どういう事だよ?」
「陛下と謁見した時にセルディも傍に居たんだが、そこに近衛隊長も居てな」
「やっぱりレオネル様ってそのレオネル様かよ!!」
(そうです。公爵家の次男で王族で近衛騎士隊長なレオネル様です……)
「しかし、彼は一言もしゃべってはいなかったはずだが……」
「一目惚れしたってか? おい、年の差どんだけだよ」
「彼は確か二十四だったと……」
「はー!? 一回りも上かよ!! しかも相手は王族じゃなかったか!?」
「ああ、公爵家の次男だな」
「更に二十四なんていう若さで近衛の隊長様なんだろ? 婚約者は?」
「居るとは聞いていないな」
「そんな好条件の男、居るに決まってんだろ。どうすんだよ、うちのお姫様が初恋でしつれ」
「う、ううう、うるさあああい!!」
言いたい放題な伯父に、セルディは立ち上がって机を掌で叩いた。
顔は相変わらず真っ赤だが、そんな事を気にしてはいられない。
「けけけ結婚出来る訳じゃないし、す、すす好きになるくらい、いいじゃない!!」
「おい、これはマジだぞ。どうすんだよ」
「どうするも……、相手は公爵家だぞ……」
暗にどうすることも出来ない、と言っている父に、セルディは頬を膨らませた。
「わかってるって、言ってるでしょー!!」
「悪い悪い。それで? 恋したセルディは、貴族のままで居たいから爵位を返上するのをやめたのか?」
なんだか責められているような気もする。
セルディは唇を尖らせて、ぼそぼそと返した。
「それだけじゃ、ないけど。でも、まだ何か出来るんじゃないかって、思って……」
「何かってなんだよ」
完全に商人の目をした伯父の視線は冷たい。
現状、一番妥当な手段としては、伯父に借金をする事なのだが、返せる宛てがなければ借金など出来ない。伯父は商人だ。儲けのない話に乗っかったりはしない。それが例え身内だったとしても。
セルディはストンと椅子に座り直し、父を見た。
どう話を切り出せばいいのか、わからなかったのだ。
「……ガルド殿は、この領地の海に行った事はあるか?」
「あ? 海ぃ?」
突然の話題の転換に、伯父は首を傾げる。
「そりゃあ、商人としてはなんか上手いもんでもねぇかと思って行ってはみたが、崖ばっかりで危険な上、魚も釣れなかったぞ。色なんて黄緑なんつー気色の悪い色してたしなぁ……」
「!!」
黄緑色の海、という言葉に、セルディは目を輝かせた。
「それ、それよ!」
「あ?」
セルディは意気揚々と自身の考えを語った。
「海底に火山、なぁ……」
「そうなの! 可能性は結構高いと思う!」
じゃないと魚の取れない黄緑色の海なんて、他に思いつかない。
他の海と比較をした事がないので実際はわからないが、色々知ってる伯父でも不気味だというのだから、珍しいものであるのは間違いない。
(噴出孔から塩水が出てると、濃度が濃すぎて生物が生きていけないって聞いた事があるし……!!)
呪われた海だのなんだのと言われていたので、前世を思い出すまでセルディも近づこうとは思わなかったが、火山があるところに火の魔石が出来るのであれば話は別だ。
火山には珍しい鉱石があったりもすると聞くし、取れるかどうかは別として、海底火山があるのだとすれば、領地の財産にはなる。
「ふむ……。その発想は面白いな」
「で、でしょ!?」
「問題は、どこから海を調査するかだ」
「あー……」
伯父は父の言葉に少し考え込んだ。
そして神妙な顔付きになる。
「……海近くの村にある嘆きの洞窟の話は知ってるか?」
「嘆きの洞窟?」
父と二人で首を傾げた。
そんな洞窟があるなんて初耳だ。
「これはその村で代々受け継がれている話らしいんだがな……」
伯父はゆっくりとした口調で話し始めた。
昔、一人の若者が友達と度胸試しに、入っては行けないと言われている洞窟へと入った。
一人で真っ直ぐ行き止まりまで行って、帰ってくる。
本当に行き止まりまで行ったのかの証明として、そこで見た物を報告する。
ただそれだけだった。
しかし、最初に入った若者がなかなか出てこない。
心配になった友達は、自分の分の松明を片手に洞窟へと入った。
洞窟の中は、不思議な事に霧が出ていて、周りはよく見えなかった。
そんな見えにくい中を、友達は必死に若者の名前を呼びながら先へと進んだ。
そして、奥で倒れている若者を見つけた。
慌てて若者を抱き起こした友達が、重い若者の身体を引きずってなんとか洞窟から出たその時。
――オォオオオオオ
まるで、誰かが悲しむような声が、洞窟の中から響き渡った。
友達はあまりの恐ろしさに震えあがりながら、若者を抱えて村へと帰ったが、若者はもはや息をしていなかった。
あの嘆くような声は、若者の魂が友達に置いて行かれるのを悲しむ声だったのだと、村では噂になったそうだ。
「それからその洞窟は嘆きの洞窟と呼ばれるようになったらしい」
「……」
何それ怖い。
セルディは震えた手で隣に座る父の腕を掴んだ。
「ゆ、幽霊が出る洞窟って事?」
「さぁなー……。魔物でも居るんじゃねぇかと退治しに行った人間も居たらしいが、そいつも戻ってこなかったって聞くから、真相を知る人間はいねぇんじゃねーか?」
怖すぎる。
前世のホラーも苦手だったセルディは震えあがった。
「お、お父さん、幽霊なんて本当に居るの?」
「今までに見た事はないな」
きっぱりと言い切る父の姿に、少しホッとする。
「はっはっは、俺も生まれてこの方幽霊なんて一度も見た事はねぇよ!」
「い、居る訳ないよね、幽霊なんか……」
「魚も捕れねぇ不気味な海に興味なんてないから気にした事はなかったが、もしかしたらその洞窟の奥は海に続いてるんじゃねぇか?」
確かにその通りだ。
誰も見た事のない場所なら、その可能性は高い。
「こ、怖いけど、行く!!」
「おー、セルディは偉いなぁ」
伯父にテーブルの向こう側から頭を撫でられながら、セルディは拳を握った。
「こうなったら絶対に見つけてやるぅー!!」
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