10.伯父に会います
「セルディ」
「ん……、むぅう……?」
「そろそろ領地に着くぞ」
「えっ、ほんと!?」
王都とは違う、ガタガタと頻繁に揺れる馬車の中。腰や尻が痛かったので横になっていたセルディは父の言葉を聞いて、横になっていた体を起こした。
「わー、綺麗な緑―」
小窓から外を見ると、そこには久しぶりに見る一面の麦畑。
黄金色になるのはまだ先の話だが、この景色を見ると故郷に帰ってきた気持ちになった。
「ふむ。ここは今のところ問題なさそうだな……。水害には気を付けねば」
父はそう言うと、台に乗せた書類に何かを書きこんでいた。
「お父さんは何してるの?」
「小麦の管理は領主の仕事の内だからな。発育過程をメモしている」
「そうなんだ。じゃあ水害って?」
見たところ、水害が起きるようには見えない。
大雨でも降るのだろうか。
「そうか、セルディは知らないのか。隣領との境目の山があるだろう?」
「うん」
「あそこはこの季節、よく雨が降る。風向きの問題でこちら側に雨の影響は少ないが、隣領側はそのせいで小麦の育成には向かない土地になってしまっている」
知らなかった。
セルディが驚いていると、父は今通ってきた橋を指差した。
「あそこに川があるだろう? 山で溜まった雨水は、この川に流れてくる」
セルディはハッとした。
「そっか。氾濫しちゃうんだ……」
「その通りだ。毎年起きる訳ではないが、起きる兆候があるなら早めの刈り取りも考えねばならない」
「知らなかった。でも、私たちの町まで水が来た事なんてあった?」
まだ生まれて十二年しか経っていない身ではあるが、洪水で避難をした記憶はない。
「町は高台にあるからな。それに、ここも水には浸るが家屋が流される程酷いものではない」
麦はダメになってしまうが。
そう苦笑する父を、セルディはすごいなぁ、という気持ちで見つめた。
小さいから管理しやすい方だとは思うが、それでもここまで領地のために率先して動く領主は少ないのではないかと思う。
だから領民からも慕われているのだろう。
「麦を作れないなら、山の向こうの領地は何を特産品にしてるの?」
「あそこは水の魔石が取れるからな」
(なん、だと?)
小麦が取れなくて可哀想だと思った気持ちが一瞬で無くなった。
魔石は一番小さいものでも一個で小麦百キロくらいの値段がある。
心の底から羨ましい。
「そ、そっかー、伯爵領だもんねー……」
「ああ。川の事で問題があるとすれば、橋だな」
「橋……?」
「今通ってきた橋は、川が氾濫した際には水に浸るように作ってあってな」
「そうなの?」
「ああ、低い位置にあれば沈む事はあっても流されることは少ない。高さがいらないからもし壊れても修繕も容易で安いしな」
「おおう、節約……」
これも初耳だ。
町から出た事がなかったから、というのもあるし、外で遊びまくっていて領地の事を勉強していなかったから、というのもある。
(うーん、やっぱり一度ちゃんと領地の事を勉強するべきだよね)
今回は経費節約のため、領地の視察も兼ねていたりするので、気になった事は全部聞いて、父に色々と教えてもらおう。
セルディは父の話を少し前のめりになって聞いた。
「ただ、雨季には馬車で通れないからな」
「沈むもんね……」
「船で荷を運ぶのは値も張るし、時間もかかる。しかし、他に他領から物を運ぶ手段がない」
溜め息を吐く父の姿に、よっぽど船代が高いんだろうな、と思った。
「高い橋は作れないの?」
「祖父の代に一度作ろうとしたのだがな……」
少しだけ眉を寄せたような気がする父の顔を見て、なんとなく予想が付いた。
「失敗、しちゃったんだね」
「ここよりも上流の方が王都への街道に近くなる。商人の行き来もしやすいだろうと思ったんだろうが……」
「あー……」
下流が氾濫するような川の上流に橋……。
ものすごくお金をかけたのなら丈夫な橋を作れただろうが、この子爵領にそんなお金があった事はない。
つまり、そういう事である。
「……資金が出来たら、高くて丈夫な橋を作りたいよね」
「そうだな。その方が最終的にはこちらの収益にもなるだろう。そうするにはやはり、お前が言った火の魔石があるかどうかが肝になってくると思うが……」
「海に出られる場所とかあった!?」
「まだ見つかっていない」
「そっかぁ……」
がっかり。
領地に帰るまでの宿で何度か手紙を受け取るのを見ていたから、何かしら成果があったのかと思ったのに、残念だ。
セルディは項垂れた。
「だが、すべてをきちんと調査した訳ではないからな。一度現地に行ってみる必要があるだろう」
「そ、そうだよね! 私も行くからね!」
「なに?」
父の声が一トーンくらい下がる。
どうやら未だに王都での事を根に持っているらしい。
セルディは正座させられた時の事を思い出して遠い目になってしまったが、気をとりなおして言った。
「だって、私じゃないと見つけられないかもしれないし!」
「その自信はどこから来るんだ……」
前世の記憶から。
なんてことは言えないが、セルディは引き下がらない。
こっそり増えた野望のためにも、頑張ると決めたのだ。
「私も行くー! 行くったら行くー!!」
駄々を捏ねまくった結果。
一度家に帰って、セルディを置いてから視察に行く予定だったのを変更し、視察を終えてから家に帰る事になった。
***
「まったく、誰に似たんだか……」
疲れた父の声音を気にせず、セルディは嬉しそうに馬車から降りた。
海近くの村に行く前に、商人の伯父に会いに来たのだ。
父が連絡を取っていたのも、この商家の人間であり、セルディにとっての親戚達だった。
その中でも一番商才のある伯父は母方の祖父がやっていた商会を引き継いでいるため顔も広いし、貴族では知ることが出来ない色々な情報を持っているので何か知っているのではないかと聞きに来たという訳だ。
「伯父さーん!」
「お、おいセルディ、ちょっと待て……!」
勝手知ったるなんとやら。
止めようとする父を振り切って、セルディは店から家へと続く扉を豪快に開けると元気いっぱいに叫んだ。
「おおー! その声はセルディじゃねぇか!!」
出て来たのは無精ひげを生やした知らないオヤジ……。ではなく、伯父のガルド。
「伯父さん、久しぶり!」
飛びつき、前世でコアラと呼ばれていた生き物のように抱きつく。
はしたないと言われようが、伯父との挨拶は小さい時からこうだ。
もう少し大きくなったらさすがにやめるが、今の身長なら許容範囲内だろう。
「おおー? また重くなったんじゃねぇか?」
「まぁ! レディに向かって失礼よ!」
「はっはっは! そうか、セルディはもうレディか!」
伯父はひとしきり笑った後にセルディを床へと下ろすと、片膝を付いて、片手を取る。
「それは失礼致しました。レディ?」
気障である。
セルディは伯父の行動に、思わず吹き出した。
「あはは! 何それ、伯父さんには似合わないわよー!」
「なにおう!? こうみえても俺は貴族の御嬢さん方に人気なんだぞ?」
「えー、嘘だぁ!!」
「嘘吐いてどうすんだよ」
この無精ひげのオヤジがモテている姿なんて想像できない。
セルディはクスクスと笑った。
「こら、セルディ。失礼な事を言うんじゃない」
「はーい。伯父さん、ごめんなさい」
「気にすんな。そこもお前の魅力だよ」
後ろからの窘めるような声にセルディが肩を竦めて謝ると、返って来たのはウインクだ。この伯父、本当に気障である。
「で? なんか今日は話があるんだってな?」
「あれ、伯父さん聞いてないの?」
「話があるから時間を取ってくれとは聞いたぞ?」
「……手紙では、どこで誰に見られるかわからないからな」
「なんだ、ワケありか?」
伯父の目が一気に真剣になる。
もしもの話だから、違ったらものすごく申し訳ない。
セルディは大事になりそうな気配に小さく体を縮めた。
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