07.推しキャラは見つける


 セルディが初めての王都でのウィンドウショッピングを楽しんでいる頃。レオネルは久しぶりの休みに、剣の手入れを頼みに贔屓にしている鍛冶屋へとやって来ていた。


「レオネル様! いらっしゃいませ!」

「テオ、久しぶりだな。親方に何か打たせて貰えるようになったか?」


 出迎えてくれた十代前半の若い弟子、テオにからかう様にそう言うと、テオは頬を膨らませた。


「もう、わかってて言ってますね? 僕なんてあと十年は見習いだって言われてますよ!」

「はははっ、それは残念だ」

「いつか僕が作った剣を使ってくれる約束、ちゃんと守って下さいよ?」

「覚えているさ。楽しみにしているぞ」

「へへへっ」


 はにかむテオの笑みに癒されていると、後ろにある地下室の階段から怒号が響いてくる。

 この鍛冶屋の親方が他の弟子の指導をしている最中のようだ。


「ゴラァ!! んなもん店に並べる気かぁ!? んな事しやがったら俺がその場で叩き折ってやっからな!!」

「すいやせん!!」


 相変わらずここは忙しそうだ。


「テオ、剣の手入れを頼みたいんだが」

「あ、はい! 親方に伝えてきます!」


 テオは地下へと続く階段を駆け降り、少ししてから親方を連れて戻ってきた。


「よお、レオネルの旦那じゃねぇか」

「……親方、その呼び方はやめろと言っているだろう」

「かー!! 近衛隊長様が呼び方くらいでみみっちい事言ってんじゃねぇよ!!」


 黒ガラスのゴーグルを嵌め、浅黒の肌を持ったいかつい中年男の名前はジラン。鍛冶屋『クロガネ』の店主だ。みんなからは親方と言われて親しまれている。


「で、いつものだな?」

「ああ。刃こぼれしているかもしれん」


 腰に帯びた剣を鞘ごと渡すと、ジランはすぐに剣を抜き、ゴーグルを額へと押し上げてからマジマジと刃を見た。


「あー、こりゃやっちまったな。近衛隊長さんも大変なこって」

「さすがにそろそろ落ち着くと思うがな」


 肩を竦めてそう言ってみるが、ジランはまったく信用していなさそうだった。

 実際のところ、落ち着くかどうかは相手次第だから、どうすることも出来ない。

 レオネルは、刃こぼれの原因になった暗殺者を思い出して、舌打ちをしたくなった。

 内乱後の混乱に乗じたグレニアンの暗殺未遂は、数か月前から続いている。

 捕まえても自死する相手が多く、死なずにいるようなヤツは誰に頼まれたのかも理解していない下っ端ばかり。

 建て直している最中の国にはありがちな話だが、こう何回も続くとさすがに滅入ってくる。


(そろそろ諦めてくれればいいが……)


 レオネルは暗殺者を送ったと思われる人物、北国の年老いた王の姿を思い浮かべて溜め息を吐いた。

 アデルトハイムの北に隣接するシルラビッド王国は、大国とも言える領土を持つ国だが、その領土の半分は荒野のため毎年食糧難に悩まされている。

 過去、その食糧難を憐れんだ我が国は支援をしてきたのだが、北国の王が今の王へと代替わりしてから国境の境界線上にある鉱山の所有権を主張し始め、長年の同盟には亀裂が入り、叔父の王位簒奪時にはその混乱に乗じて突然侵攻してきた。

 戦争は我が国が押し返す形でなんとか勝利を収めたものの、未だ停戦の申し入れはなく、睨み合いが続いている状態だ。

 そんな北国がそう簡単に諦めるとは思えないが、問題となっている国境付近の鉱山を渡す訳にもいかない。

 渡したが最後、そこから取れる鉄を使って更なる侵攻をしてくる事が目に見えている。


(さっさと退位しろ、耄碌じじい……)


 レオネルは眉間に皺を寄せながら、心の中で悪態を付いた。


「ま、こっちは儲かるからいいんだけどな!」

「おい! 予備の剣は!」

「テオー、いつもの渡してやってくれーい!」


 レオネルの機嫌が下降した事に気づいたのか、ジランは軽快に笑いながら、剣を持って地下の作業場への階段を下りて行ってしまった。

 いつもの事だが、逃げ足の速いやつだ。


「すみません、親方が……。これがいつもの予備の剣です」

「テオはしっかりしているな。あんな奴にはなるなよ……」


 頭を撫でてやると、テオは照れ臭そうに笑う。

 ささくれ立った心をそんな笑顔に癒されながら、レオネルは剣を受け取った。


「じゃあ、いつも通り夕方に取りに来る」

「はい! 来店ありがとうございました!」


 テオに見送られ、店を出ると、そこにあるのは平和な街並み。見える場所には、数か月前の内乱の傷跡は見当たらない。

 だが、レオネルはこの平和が仮初のものであると知っていた。

 気配に敏感な民は気づいているだろうが、北は相変わらず戦争の機会を伺っている。

 国自体の回復にはまだかなりの時間がかかるというのに、次の戦争の心配をしなければいけないなんて頭の痛いことだ。


(事前に防げればいいんだがな……)


 そんな重苦しい気持ちで足を止めていたレオネルの視界に、一人の少女の姿が入ってきた。

 このシェノバ通りは、王都のメインストリートなだけあって警備はそこそこ整っている。だが、あくまでも他と比べて、だ。

 十歳前後の子供が一人で歩けるほどではない。

 周りで警備をしている雇われの兵士達も、そんな少女が心配なのだろう。チラチラと気にして見てはいるが、仕事中に持ち場を離れる訳にもいかず、どうしようかと気もそぞろになっているのがわかる。


(どこの田舎娘だ……)


 休暇中だというのに、やっかいなものを見つけてしまった。

 レオネルは溜め息を吐くと、馬車に気を付けながら道路を渡り、ショーウィンドウを眺めている少女の元へと歩み寄った。


「おい」

「ひぇ!!」


 懲らしめる意味も含めて肩に手を乗せてやると、少女は文字通り飛び上がって驚いた。

 まさかそこまで驚かれるとは思わず、少しやりすぎたかと反省したレオネルだったが、振り向いた少女の姿に、今度はレオネルが驚いた。


(セルディ嬢!?)


 どこの田舎娘かと思った少女は、つい昨日、グレニアンと自分を驚かせたフォード家の子爵令嬢だった。


*****


「それで、どこを見るつもりだったんだ?」


 手を繋ぎながら問いかけてみると、セルディは考え込むように顎に手を当てた。


(無計画なのか……。これは早めに保護して正解だったな……)


 周りが警戒してくれていたとはいえ、これでは少し目を離した隙に誘拐されていたかもしれない。

 痩せているとはいえ、そこらの平民では見られないくらい顔が整っているのだ。


(それにしても小さい……)


 並ぶと、セルディはレオネルの腰よりも少し上の位置に頭がある。

 これで十二歳とは思えない。

 手首も細く、貴族の令嬢ではありえない程荒れた肌をしている事から、重税のために満足な食生活が送れていなかった事が伺える。

 フォード子爵家の事はよく知らなかったが、会う前にグレニアンが見せてくれた書類では、領内で取れる作物すべてを納めなければならない程の税をふっかけられていた。

 それをやりくりして、領内で餓死者を出す事なく三年間持たせたフォード子爵の手腕を、グレニアンが褒めまくっていたのをよく覚えている。


(だが、我が子にも満足に食べ物を与えられていなかったとは、フォード子爵はかなり苦労したのだろうな……)


 その苦労を思うと、戦場飯だったとはいえ、とりあえず筋肉を保てるほどの食事をとれていた自分は幸せだったかもしれない。

 そんな風に観察されているとは知らず、セルディは未だにあそこに行こうか、それともーとブツブツと小さな声で呟きながら考え込んでいた。

 思考に没頭すると、周りが見えなくなるタイプなのかもしれない。


(……やはり、メリーサに似ている気がするな)


 メリーサは、グレニアンと同じ、覚めるような金の髪だったが、王族特有の碧の縁取りのアースアイは受け継がず、セルディと同じような翠の瞳を持っていた。

 何故自分だけお揃いじゃないんだとよく怒っていたが、アースアイを持つ者同士は結婚出来ないという話を聞くと、同じ瞳じゃなくてよかったと笑うようになった。


(……だから、放っておけないんだろう)


 似ているから、こんなにも気にかかってしまうのだ。

 自分が動く必要はなかった。

 巡回中の兵に一言言えば対処しただろう。

 無理にホテルに連れ帰ったってよかった。

 ホテルの従業員に気を付けるように言えば、もう部屋を出る事は出来なかったはずだ。

 なのに、一緒に歩いている。


(メリーサも、こうして歩きたかったのだろうな……)


 セルディを見ていると、どうしてもメリーサを思い出す。

 ついメリーサにしていたように話してしまう。

 レオネルは、小さくて折れてしまいそうな手を握りながら、少しの感傷に浸った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る