08.魔道具屋さんに行きます


「それで、どこを見るつもりだったんだ?」

「えーっと……。うーん、どうしよう……。食べ物にするか、商品にするか、火の魔石を使って出来るものとか……?」


 考え込むフリをしながら、セルディは歩調を合わせて歩いてくれるレオネルをチラリと観察した。


(ふああ、もう、レオネル様ってば優しい! 市民の味方! 手もあったかーい、スリスリしたい……。でもそんな変態みたいな事できない……)


 色々な欲望と葛藤しつつ、セルディは次に行く場所の事を考える。


「とりあえず、魔石屋さんと魔道具屋さんかなぁ……。あとはパン屋さんとか、他にも色々な野菜が見られる市場みたいなところってありますか?」

「……そんなに行くつもりなのか?」


 そこまで色々な場所に行くとは思っていなかったのか、レオネルは驚いている。

 実は当初の予定では全部の店を一度回ってみてから再度買い物をするつもりだったのだから、これでも減らした方だったりする。

 しかし空気の読めるセルディは黙ってこっくりと頷いた。


「はぁ、大事になる前に見つけられてよかった」


 肯定した途端、安堵の息を吐き出すレオネルの様子にセルディはなんの問題があったのだろうかと首を傾げる。

 レオネルはそんなセルディの様子を見て、言い聞かせるように説明を始めた。


「パン屋も八百屋も、あとは魔石屋も通りが違う。平民も金があれば買えるが、こっちは主に貴族も立ち寄る通りで、貴族向けの物の方が多い。一般的な消耗品を買えるのは隣の通りだ」

「えっ」


(ここは前世で言うところの商店街みたいな場所ではなかったのね……)


 この通りをまっすぐ歩けばなんでもあるものだとばかり思っていたセルディはちょっとがっかりした。


「あっちはここよりも人の行き来が激しく、警備がしにくい。見目の良い子供なんて人混みに紛れて誘拐されて、売り買いされるぞ」

「えええええ!!」


 人身売買だ。

 前世の知識としてはあっても、田舎には奴隷なんていない生活を送っていたセルディは、衝撃的な内容に思わず立ち止まってしまった。

 せっかく繋いでいた手も離れてしまう。

 しかし今気になるのは離れた手よりも衝撃的な内容の方だ。


(国の中心であるはずの王都でそんな怖いことが起きちゃうの!?)

 

 セルディは怖々と一緒に立ち止まってくれたレオネルに問いかけてみる。


「あの、それって人身売買……ですよね? 規制されてないんでしょうか……」

「難しい言葉をよく知ってるな。子爵から聞いたのか? 規制はされているが、犯罪奴隷だと偽って申告する者も少なくはない」


 ひぇー、である。

 セルディは自分の知らなかった知識を、前世の知識に置き換えている節があった事を自覚した。


「えーっと、犯罪奴隷って、私みたいな小さな子供がなったらおかしいのでは……」

「それはそうだが、犯罪奴隷同士が子供を作った場合はその子供は奴隷の子として育てられるからな……」


 つまり、奴隷の子は奴隷という事なのだろう。


「ぬ、抜け出せないんですか!」

「犯罪奴隷の子供の場合は成人すれば奴隷の身分からは一応解放される事になっている」

「一応? なっている……?」


 不穏すぎる言葉の羅列に動揺してしまう。

 レオネルはこんな話を子供に聞かせていいものか、と頬を掻きながら答えた。


「奴隷の子供は、成人して身分を解放されても生き方がわからずに犯罪を犯して、また奴隷に戻る事が多いからな……」

「そ、うですか……」

「奴隷であれば虐げられる事はあっても最小限の衣食住は用意されている。慣れてしまえばそっちの方が楽だと感じる人間も多いようだ」

「なるほど……」


 もし、自分が生まれた時から奴隷として育って、大きくなったら勝手に生きろと放り出されてしまったら……。

 やっぱり自分も同じように奴隷に戻ってしまうんだろう。その生き方しか知らないから。

 セルディはそんな世界が少し怖くなった。

 どうりで両親が外を一人で歩かせようとしない訳だ。


(夜道を一人で歩ける前世ってすごかったんだなぁ……)


 現実逃避をするかのように遠い目をしたセルディの頭を、ポンと軽い衝撃が襲う。

 顔を上げると、そこにはレオネルの優しく微笑む顔があった。


「いつか、そんな子供がいなくなる世界にしような」

「はははははいっ!」


 特大の矢に、セルディは顔を真っ赤にして何度も頷く。

 更に片手をまた差し出されてしまえば、さっきまで胸にあった不安感なんて吹き飛んでしまった。

 セルディはレオネルの手をぎゅっと握りしめ、歩みを再開する。


「ああああの、じゃ、じゃあこの通りに魔道具屋さんはありますか!」

「ああ、それなら確か……」


 手を引いて場所を教えてくれるレオネルに付いていきながら、セルディはバクバクと止まらない心臓に、冷静になれと言い聞かせた。



***



「ここだな」


 レオネルが連れてきてくれたのは煉瓦造りの建物のうちの一つである重厚感のある黒檀の扉の前。扉には青銅で作られたと思わしきトゲトゲした星の看板があり、その扉の両サイドにはレオネル並の屈強な男が二人も立っている。

 どう考えても子供が入れる雰囲気ではない。


「なんだ、来るのは初めてなのか?」


 突然怯え出したセルディに気づいたレオネルが、からかうような口調で聞いてくるが、その言葉には素直に頷いた。


「じゃあ中を見たら驚くかもしれないな」


 重そうな扉を、レオネルがゆっくりと押し開けてくれる。


「うわぁ……」


 そこはまるで魔法の世界だった。


「すごい、綺麗!」


 さまざまな鉱石と宝石で出来た品物が所狭しと並べられ、天井では王城で見たシャンデリアのような、キラキラと輝くたくさんの照明があった。


「すごい……」

「はははっ、まるで宝石箱のようだろう?」

「はいっ! とっても綺麗です!」


 あれはなんだろう、これはなんだろうと考えるだけでも楽しい。

 これは屈強な警備を用意するはずだ、と納得した。

 こんな高そうな魔道具、壊されたりしたら大変だ。


「これとかすごい大きいルビー……」


 セルディの顔くらいある大きさの正方形の薄い箱に、大粒のルビーのような石が付いている。

 これ一個で一体いくらしてしまうのか、値札が付いてないのがこれまた怖い。

 セルディは触らないように気を付けながらも、うっとりと輝く石を眺めた。


「いや、それは……」

「それはルビーではなく、火の魔石じゃよ」

「ふぇ!?」


 突然聞こえた声に、セルディは驚いて顔を横に向けた。


「わわわっ!!」


 そこには白い髭をたっぷりと蓄え、白いローブを着た老人が立っていた。


「フェルナン爺……、まだ生きてたのか」

「ふぉっふぉっふぉ、レオネル様は相変わらずお口が悪い」

「……丁寧な口調の騎士など、指令を出すのに苦労するだけだ」

「そこをなんとかするのが見せどころというものでは?」

「口の減らん爺さんだ」


 軽快なやり取りをする二人を、セルディは画面越しに見るような気持ちで見ていた。

 何せこのフェルナンという老人、物語にも出てくるのだ。


(あの魔道具店って実際はこんな風なのねー!!)


 実写で見た店の風景も綺麗で感動したが、やはり本物は一味違う。棚にまで感動してしまいそうだ。


「それで、そちらの可愛らしいお嬢さんは、おぬしのコレか?」


 立てているのは小指。


(コレってなんですか、コレって!!)


 思ったよりも俗物的な老人に、セルディは恥ずかしいやら、レオネルに対して申し訳ないやらで、頬を赤らめた。


「……俺は幼女趣味の変態じゃない」

「ふぉっふぉっふぉ、なんじゃあ、つまらんのぉ」

「ほ、ほほほ、い、いやですわ、ご店主ったら。私はセルディ・フォードです。どうぞよしなに」


 動揺しながらも、精一杯の淑女の礼をしてみる。

 その姿は口調も含めて十二歳にはあり得ないものだろうが、今のセルディに気にしている余裕はない。

 舐められたら終わり。そんな文字が頭に浮かんでいた。


「ほお、こんな一店舗の店主に、貴族のお嬢ちゃんがそんな綺麗な礼をしてくれるなんてのぉ……。お小さい割にしっかりしておる」


 小さいという余計なひと言に頬をひくつかせながらも、セルディは微笑みを絶やさずに頑張った。


「ほんで、今日はどうしたんじゃ?」

「いや、このセルディ嬢が魔道具店を見てみたいと言うからな。魔道具と言えばお前のところだろう?」

「ほぉー、さすがレオネル様。わかっておる。じゃが、わしの店にある魔道具はフォード子爵家で買えるほど安くはないがのぉ……」


 のんきそうな声で割と辛辣な事を言う老人に、セルディは心の中で叫ぶ。


(そんな事は知ってますぅ!! だってここ、上位貴族の御用達店だもん!!)


 下位どころか中位の貴族も買えない超高級店だ。

 貴族御用達ではなく、王家御用達と言っても過言ではない店である。

 こんなところの品がセルディに買える訳がない。

 でもいいのだ。別に買えなくても。


「冷やかすようで申し訳ありませんわ……。王都にはどんな魔道具があるのか見てみたくて……。だってこんな素敵な魔道具達、田舎の領地ではお目にかかる事なんて、絶対に出来ませんもの。さすがはフェルナン様の魔道具ですわ」


 なるべくうっとりとした感じで、頬に両手を当ててみる。

 原作を読み込んでいたセルディは、この老人の攻略法を知っていた。

 この老人、実は――。


「それはそうじゃろうな! わしほど素晴らしい魔道具職人はこの世にはおらんでの!」


 おだてられると木に登れる爺さんなのだ。


「ええ、それで、このまるで宝石のような石、本当にルビーではないのですか?」

「ふぉっふぉっふぉ、これは特大の火の魔石じゃ。これ一個で王都にドでかい屋敷が建つぞ」

「まぁ! 火の魔石は輸入でしか買う事が出来ないと聞いてますが……」

「これは弟子が南部のシルラーン国に旅行に行った時に買い付けてきたんじゃよ。向こうで買えば、こっちで買うよりも安く買えるでの」

「買い付けまで行っているなんて、さすがですわ……」


 老人と子供のやり取りとは思えない話に、レオネルは頬を引き攣らせているが、セルディはそんな事には気づかないフリで話を続けた。


「この透明度は魔力の量で変わってくると聞いたのですが、こんな大きくて透明なもの、ふつうの場所では手に入らないのでは?」

「わしも詳しくは知らんが、南部には火山があるからの。そこから掘り起こされたんじゃろうなぁ。もしもこの魔石が色を失った時には、同じ透明度にするのに数十年はかかるじゃろう……」

「そうですか……。もし、この透明度でもっと小さいのが出た場合は、おいくらくらいになります?」


 このくらい、と親指と人差し指で大きさを示してみると、老人は片眉をあげた。


「そこまで小さいと、ここまでの透明度になることはないじゃろうな。石の透明度は、どれほど魔力を溜められるかで変わるもんじゃ」

「そうですか、残念です。これほどの透明度があって小さいのであれば、装飾品にも出来るかと思ったのですが……」

「ほぉ、魔石を宝石の代わりにするつもりか?」

「ええ、緊急時にも使えて、とっても便利そうでしょう?」

「ふぉっふぉっふぉ! 面白い事を考えるお嬢ちゃんじゃのぉ!」


 その後もセルディは、適度に老人を煽てながら、魔石関連の情報を色々と聞き出した。

 作られている魔道具も、名称は違えどコンロだったり、扇風機だったり、照明に使われているのが光の魔石だという事もわかった。

 どれも今のフォード家では手も足もでない物ばかりだったが、価格の参考にはなったと思う。

 セルディは最後に、老人に礼代わりに言った。


「もしも、我が領地で魔石が取れたら、真っ先にお知らせ致しますので、ぜひ買い付けに来て下さいませ」

「ふぉっふぉっふぉ! こりゃまた大きなお口じゃのぉ、それは楽しみじゃ。わしが生きているうちに頼むぞい!」


 セルディはその老人の言葉には微笑みだけを返し、店を後にしたのだった。

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