06.王都のメインストリートを観察します


「ここがシェノバ通りかー」


 画期的なアイディアを思い付いた翌日。セルディは一人、シェノバ通りと呼ばれる、王都のメインストリートに立っていた。


 商人をしている母方の伯父曰く、ここの通りには国中の品物が集まっているらしい。

 即位式への招待状を貰った時、セルディが二番目に楽しみにしたのがこの通りを歩く事だった。


(お金がないから高いものは買えないけど、色々見ながら市場調査が出来ると思えば一石二鳥! どんな物が売ってるのかなぁ……)


 まだ火の魔石が領内から出ると決まった訳ではないが、とりあえずのやるべき目標は定まっている。次は魔石以外の初期投資して儲けられる品物を見つけたい。


 セルディはそんな事を考えながら意気揚々と通りを歩き出した。


 つい最近まで内乱があったなんて信じられないほど、シェノバ通りは綺麗だ。

 ここはセルディが見た事のある町や村の市場とは全然違う。

 露店が主な市場とは違い、ここにあるのは綺麗な店舗だ。客引きのために声を出す商人なんてものも居ない。

 居るのは道端で話をする市民や、荷物を運ぶ男達。商談でもするのか、大きなカバンを持った紳士が普通に歩いていたりもする。

 他では考えられないほど平和な光景だ。

 なんでだろう、と思ったセルディの疑問はすぐに解決した。


(あ、ここにも……)


 メインストリートには、貴族御用達の店も多数存在しており、そういう店の前には警備を担当する兵士が居る。

 店先で揉め事があれば、その兵士がまず動き、それから国の警備兵に相手を引き渡す。そういう流れが出来ているようだった。

 ここなら誰かに何かをされそうになっても、店前にいる兵士に助けを求める事が出来るのだ。

 その安心感がこの平和を作り出しているのだろう。

 防犯の大切さが、この通りを見ればよくわかる。


(うーん、ある程度資金が貯まってきたら、こういう人たちも必要よね……)


 もしも火の魔石が領内で出るなら、警備兵くらいは送ってもらえるのだろうか。

 でも、それではきっと料金の内訳に警備兵代が入ってしまう気がする。

 国に納品する際に何割値下げされてしまうのか、今から考えるだけでも恐ろしい……。


(となると、一番いいのは領内で鍛える事かなぁ……)


 貴族御用達店の大きなガラス窓の前で、セルディは自分の考えに耽りながらうんうん唸っていた。

 そんなセルディの肩を、誰かが突然掴んだ。


「おい」

「ひぇ!!」


 セルディは文字通りに飛び上がって驚き、レディにこんな不躾な挨拶をする輩は誰だと、憤りながら振り返る。


(え、ええええええ!? な、なぜあなた様がここに!?)


 そこに居たのは思いもよらない人物。


「……護衛はどうした?」


 眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな顔をした、前世の推しキャラ。

 レオネルだった。


「れ、れ、レオネル、さま? え、本当に? 本物? あれ、これは夢?」

「……夢ではない。セルディ嬢、あなたの護衛はどこだ?」

「ごえい?」


 護衛とは、なんぞや。

 セルディは首を傾げた。

 生まれてこの方、そんな存在はいた事もない。


「……まさか、一人なのか?」

「え、えーっと……」


(その、まさかですけど?)


 何か悪かっただろうか。

 セルディは上目でレオネルを伺い見る。

 返されたのは溜め息。

 セルディは心の中でだらだらと冷や汗を流した。


「令嬢がこんなところで一人歩きとは……。父君はどうされた」

「父は城の図書室で調べ物をしてくると……」

「父君はこの事を知っているのか?」

「……」


 知りません、と言える雰囲気ではなかった。

 しかし推しに嘘を吐く事も出来ず、セルディは黙り込んだ。

 そして繰り返される溜め息。

 セルディの心はちょっぴり傷ついた。


「いや、その、王都の人通りが多い場所は警備隊が小まめに巡回しているので、安全だって聞いて……」

「確かに、余所の町に比べれば安全だが、貴族の令嬢や子供が一人歩き出来るレベルではない」


 キッパリと言い切られ、セルディは何故だか怒られている気持ちになる。


「横道に引きずり込まれたらどうするんだ。馬車で誘拐される可能性もない訳ではないんだぞ」


 いや、これは間違いなく怒られている。

 推しからの説教に、セルディは嬉しいやら悲しいやら、複雑な気持ちになった。


 そんな複雑な乙女心を持て余しているセルディに、次々と言われる危険性。

 スリが居るとか、子供が買い物をするとふっかける店もあるだとか、詐欺がない訳じゃないとか。


 前世の記憶が蘇ってしまって、年齢的に大人な気分だったセルディはしょんぼりと項垂れた。


 推しキャラに怒られるのはご褒美……と思わない事もないが、やっぱり怒られるよりも優しくされたい。


(ふぇーん、小さい頃の陛下にしてたみたいに頭なでなでとかして欲しいよぉー!!)


 セルディの中身はまだまだ子供だった。

 そして怒られる事、数分。


「わかったか?」

「……」

「わ、かっ、た、か?」

「……はい」


 母よりもしつこいんじゃないかと思うくらい長く怒られ、少し涙目になりながらも頷いた。

 するとレオネルは、今度はご褒美だと言わんばかりに頭を撫でてくれる。


(これぞ飴と鞭!!)


 セルディの心は一気に元気になった。


「じゃあ、送っていこう」

「えっ!!」

「……まさか、俺が立ち去った後で一人歩きを続けようと思っていた訳ではないよな?」

「えへ?」


 思わず浮かぶ愛想笑い。

 レオネルはそんなセルディの表情に顔を引き攣らせた。


 それだけ説明されれば、服装は平民にしか見えないとはいえ、令嬢である上に子供なセルディが、一人で歩くのは危険だというのはよーくわかった。


 でも、国が持ってくれるホテル代は今日の宿泊費分まで。今日が終わってしまったら明日には領地に帰る予定になっている。この機会を逃すことは、セルディにはできなかった。


「……わかった。俺が付き合おう」

「え、ええー!?」


 突然の提案にセルディはポカンと口を開けた。

 近衛隊長が、王族でもない、しかもかなり身分の低い貴族の令嬢の付き添いをするなんて、何を考えているのか。


 いや、何も考えていないのかもしれない。


(そういえば、レオネル様ってちょっと脳筋なところがあった気がする……)


 セルディがそんな失礼な事を考えているとは知らず、レオネルは言葉を発しないセルディを訝しげに見つめた。


「なんだ、何か問題でもあるのか? ……まさか、怪しい店にでも入ろうとしているんじゃないだろうな」

「……怪しい店ってどんな店ですか? 何が売ってるんですか?」

「……」


 何故黙る。


 王都の怪しい店というものに興味のあったセルディは他にも続けざまに質問をしたが、レオネルは質問には答えてくれなかった。子供に言うべき話ではないと思ったのかもしれない。


(うーん、どんな商品が法に触れるのか知りたかったけど、教えてもらえないならしかたない)


 今度、伯父に聞こう。

 セルディは心のメモにその事を書きとめた。


「……そんな事はともかくだな。俺を連れていかないなら、ホテルまで強制連行する」

「ええー!! それは横暴です!」

「父君に連絡をした方がいいか?」

「うっ……」


 どう考えても怒られる予感しかしない。

 あまり怒らない父も、セルディが危険な事をした時だけは本気で怒る。


 椅子に座らされ、何をしたのか、どうしてこんな事をしたのか、何で怒られていて、何が悪かったのか。セルディがすべてを話すまで、何時間も黙ったまま見つめられるのだ。

 母に怒られる時とは違って怖くはないけど、あれはあれで辛い。


(心配させたい訳じゃないし……)


 セルディは腹を決めた。


「わかりました! レオネル様を私なんかの買い物に付き合わせるなんて申し訳なさ過ぎますけど……。お願いします!」


 推しという理由だけではなく、レオネルは近衛の隊長であり、更に言えば王族の一人で、ダムド公爵家の次男。たかだか子爵令嬢の護衛にするなんて光栄というよりも恐ろしさの方が勝る。


(でも、こんな事、もう二度とないかもしれないし!!)


 あって欲しいとも思えないが。

 セルディにとって推しとは、前世で言うアイドルみたいなもので、おさわり禁止のイメージが強い。

 見ているのが幸せだった前世の女性と同じ気持ちだったのに、そんな推しが目の前に居るなんて……。


(鼻血噴いて倒れたりしたらどうしよう……)


 そんな事になったら、恥ずかしすぎて、二度と顔を合わせられない。

 セルディは遠い目をした。


「ハッ、そういえば近衛のお仕事はよろしいのですか?」

「今日は非番だ」

「そうだったんですか……。それでは、レオネル様も買い物の途中だったのでは?」

「剣を砥ぎに出してきたところだ。そこの店は騎士御用達の鍛冶屋でな」


 レオネルは通りを挟んで向かい側の煉瓦造りの店を見た。その店の看板には鍛冶屋を表すハンマーと台の看板が飾ってある。


「という訳で、俺の用事はもう終わっている。いくらでも付き合ってやろう」


 こちらとしてはもう断る気はなかったのだが、なぜか、これでもう断れないだろうと言いたげにニヤリとした笑みを返され、セルディの心臓は不意打ちのご褒美に討ち抜かれた。


(ぐふぅ!! な、なんて威力!!)


 こんな調子では本当に一緒に歩けるのか不安で仕方がない。

 しかし、断る事はもう出来そうにない。


「さあ、姫。手を」


 そんな気障なセリフと共に、まるでエスコートでもするかのように手を差し出され、セルディは頬を赤らめながら、剣ダコのある男らしい大きな掌に、自身の小さな手を乗せた。


(……あれ、これって傍目から見たら子供と手を繋ぐお父さんでは?)


 歩き始めてからその事実に気づくと、のぼせ上がっていたセルディの熱はちょっと冷めたのだった。

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