05.光明を見出します
美味しいお菓子を食べてすっかり元気になったセルディは、城を出て、父と一緒にホテルへと戻ってきた。
父はホテルの客室に付いた途端、セルディに備え付けのテーブルへと座るように言った。
(やば、これは怒られるかも……?)
父はあまり怒ったりせず、怒るのは専ら母が担当していたが、今度ばかりは父も怒るかもしれない。
でも、こればかりは仕方がない。
母からの怒りには逃げてばかりのセルディも、さすがに今回の事に関しては観念した。
平民になる予定で色々計画をしていたのに、それをすべてぶち壊したのだ。
セルディは父の怒りを受け止める覚悟で、恐る恐る指示された椅子へと腰を下ろした。
「まったく、突然どうしてあんな事を言い出したんだ?」
「え、えへへ、あのね、やっぱりもう少し頑張りたいなーって思って」
「平民の方が生きやすそうだと言っていなかったか?」
「それは今でもそう思う! でも、やっぱり、ね……」
脳裏には本の文字だけではなく、実写の映画でも表現された、戦火に包まれる映像が浮かぶ。
(領地が火の海になるかもしれないから、なんて言えないわよね……)
セルディは言葉を濁し、俯いた。なんて説明すればいいかわからなかったのだ。
そんなセルディの様子に、父は仕方ないな、と苦笑した。
「それならせめて、自分が言った言葉には責任を取らないとな」
「……はい!」
セルディはあっさりと割り切った父に感謝しながら、大きく頷いた。
「それで、陛下に行ってた策とはなんだ?」
「あ、あれねー。えーっと、実は色々あるんだけど……」
頭の中に浮かぶのは女性が読んでいた漫画やアニメ、本などで紹介されていた異世界での色々なチート。
けれど、この世界は物理法則などが違う可能性があり、どれが実現可能なのか、どんな応用が出来るのかはさっぱりわからない。
何せこの世界には魔力があり、ごく一部の人間に限られるが、魔法が使える人も居る。
更に言えば、エネルギー源は電気ではなく、火や水、風や光などを発する魔石だ。
この魔石は魔力を使い切らなければリサイクル可能だが、リサイクルするには火の魔力や水の魔力が豊富に溜まる場所に安置する必要があったりする。
まぁ置いたところですぐに使えるようなものではないため、水の魔石が豊富な我が国では基本的には砂に変わるまで使い切ってしまうのだが。
そんな魔石を使って冷蔵庫や水洗トイレは作られていたりするから、そっち方面のチートはセルディには出来ないかもしれない。
他のアプローチを考えるとなると、やっぱり自分の領地内で出来る何かが欲しいところだ。
「うーん……。ねぇ、お父さん!」
「何だ?」
「ズバリ、うちの領地で一番なんとかしたい問題って何!?」
「……そこからなのか」
父は呆れたように額に手を当てた。
しかし、この件に関してはセルディは悪くない。
「いや、だって、私、遊ぶばっかりだったじゃない! 家庭教師とか雇えるお金ないし、お父さんは領地の経営と金策で忙しいし、お母さんも内職とか家事とかで手一杯だったし!」
「確かにその通りだが」
「でしょ? だからとりあえず言ってみて!」
なんでもいいんだから、早く!
セルディの言葉に、父はしばし考え込んだ。
「……そう、だな。まぁ手っ取り早く言えば金がない」
ガクリ。
そうだけど、そうじゃない。
今度はセルディが呆れて項垂れた。
「それは知ってる……。じゃなくて、何かこうして欲しいとか、ないの!?」
「こうして欲しいものと言われてもな……。とりあえず、我が領地は農作物の物納が主なのは知っているだろう? その大多数は保存の効く麦で、目玉となる特産品はない」
麦はお金の目安にもなるくらいのありふれた物だが、価格の変動が少なく安定はしている。
一方で、大きな収入にはならない。
だから貯蓄しておかないと、領地で災害などがあった場合に領主はお金を出すことが出来なくなってしまう。
まぁ、何かしらの誤魔化しをしていれば別だが、父は愛国心に溢れているので、そんな不正はした事はない。
「うーんと、つまり、うちの領地が誇れる特産品が欲しいって事?」
「そうだな。それがあるかないかで収入は大きく変わってくるだろうな。だが、お前もわかっているとは思うが、我が領地は狭く、そのほとんどは麦畑だ。新しい何かを作るには土地も、時間も、資金も足りない」
「なるほどぉ……」
セルディの頭の中には、麦畑で出来る新しい何かの構想が練られていた。
麦で作るもので一番考えられるのは酒だが、工場を作る資金などないし、そういう初期投資が必要になる物は除外した方が良いだろう。
次に思いつくのは小麦粉を使った何か。
小麦粉といえばパンだ。柔らかいパンはこの世界にもあるが、前世のようにふっくらもちもちのパンはまだ存在していない気がするから、こっちの方面に手を伸ばしてもいいかもしれない。
しかし、柔らかいパンは保存期間が短い。領地内で食べる分にはいいが、大きな収入にするのは領地自体の発展が不可欠だ。これも今は除外するべきかもしれない。
あと思いつくのはうどんだが、こっちは味付けが問題だ。醤油が欲しいが、醤油は材料はわかるが、正確な作り方がわからないので、試行錯誤する時間が必要になる。
(うーん、いっそ食品から離れてみるとか?)
セルディは領地の姿を思い出してみた。が、綺麗な麦畑しか思い浮かばない。
もっと父の視察に同行するべきだったかもしれないと後悔するが、幼いセルディが一緒に行ったところで、足手まといにしかならなかっただろう。
他に何かアイディアに繋がる物はないかとセルディは頭を悩ませた。
「うちって鉱山はない、よねぇ……?」
「そんなものがあったら子爵ではなく伯爵以上の地位の者が管理を任されただろうな」
「それもそっかぁ、でも山はあるよね?」
「あるにはあるが、あそこには木と獣しかいないぞ。茸くらいの山の幸はあるだろうが……」
「山の幸を無闇に取ったら獣がいなくなっちゃうからダメだよねぇ……。あ、でも……」
その時、セルディはある事を思い出した。
『くっ、なんでこんなに罠がッ』
『わかりません!』
『やつら、こんな大量の火の魔石をどこから……』
レオネルと藍色の髪をした副官が、煤を頬に付けながら罠が張り巡らされた山を二人で駆けているシーンだ。
敵軍が張った罠は、ほとんどが火の魔石を使ったものだった。
森の中で火の魔石を使うなんて、その後の事を全く考えていない卑劣な行為だと、レオネルが憤っていた。
山火事になる前にと火を消しているうちに水の魔石が失われ、走るのがきつくなるほど疲労も溜まり、先を目指すか、一度戻るかの選択を迫られるのだ。
実は敵国は、魔石なんてものを大量に戦争に使えるほど、魔石の産出量は多くない。
ではどこから見つけたのかというと。
(たしか、あいつらは海で偶然見つけたって言ってた気がー……)
フォード領の北西部は海に面しているが、海底は黒い岩ばかりで魚も居ないし、崖ばかりで近づく者はほとんど居ない。
でも――。
「お父さん、火の魔石って、火山で取れたりするのよね?」
「ああ、そうだ。しかし我が国には火山はないぞ。火の魔石は南のザカルード共和国からの輸入が主だな。その事で条約も結んでいる」
「それだ!!」
セルディの頭の中に、一つの単語が思い浮かんだ。
「な、なんだ?」
「うちには海底火山があったんだよ!」
「海底……、火山?」
「うちの領地で火の魔石が取れるかもしれない!!」
「どういう事だ……?」
セルディは思いついた自分の考えを、意気揚々と語って聞かせた。
「海底に火山があるという話も信じがたいが、そんな場所から火の魔石なんてどうやって取るんだ……」
「うーん、とりあえず活火山なのかどうかの調査も必要よね……。で、でも、うちの国で火の魔石が取れるって話が出たら、輸入に頼る分が減るから、国も資金を出してくれるかもよ!?」
「それは、確かに取れたらそうなる可能性はあるが……」
「とにかく、海沿いを徹底的に調べてみようよ! 取れる場所がどこかにあるはず!」
領民もあの海を恐れて近づかないが、調べれば敵の船が上陸出来る場所もあるはずだ。
セルディは見え始めた光明に目を輝かせる。
父はそんなセルディの話を半信半疑に思いながらも、領民に至急調査するように手紙を出した。
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