04.推しキャラは思い出す

 アデルトハイム王国近衛騎士団長のレオネルは、フォード家との話し合いを終えた後、グレニアンに付いて執務室へと戻った。


 グレニアンは次に会う予定になっている貴族を待つ間、机の上に溜まった書類を片づけるつもりなのだろう。乗せられた書類の一枚を手に取ると不備や不正がないかをじっくりと確認し始める。


 そんなグレニアンを見守りながら扉や窓からの侵入を警戒するレオネルだったが、ようやく訪れた今日という日に気が緩んだのか、それとも先ほど懐かしい瞳をした少女に出会ったからなのか、ふと、沢山の犠牲を出してきたこれまでの月日を思い出した。


 十五のグレニアンを抱えて反乱軍の溢れる城から飛び出し、戦いに明け暮れた日々を――。



***



 将軍だったレオネルの父ガザードは、管理を任された辺境領を敵国の侵略から死守した事で王妹だった母を嫁に貰った。そうして生まれたのが兄と自分だ。


 レオネルが生まれてから五年後には国にとって待望であった王太子グレニアンが、更に五年後には王女メリーサが生まれた。

 従兄弟同士だったため、信頼のおける友として、また、王太子を守る盾として引き合わされたのは、グレニアンが七歳の時。今思えば、あの頃は幸せだった。


 兄だけしかおらず、弟が欲しかったレオネルは、本当の弟のようにグレニアンを可愛がった。

 メリーサが生まれて、両親の愛情が二分したのが寂しかったのもあったのだろう。グレニアンはすぐにレオネルに懐き、一緒に剣術を習ったり、城下へとこっそり遊びに出かけたりしたこともある。

 二人だけで出かけた事がメリーサにバレた時、泣きながら次は絶対に連れて行ってとお願いされたのをよく覚えている。


 しかし、その日が来る事はなかった。


 父が再度の侵略行為の報告を受け、防衛のために辺境へと旅立った日。城は一夜にして王弟ジュレアムの私兵に占拠され、国王と王妃、そして十歳になったばかりだったメリーサが殺されたのだ。


 それから死者を悼む暇もなく父が居る辺境の地までグレニアンと逃げ、小競り合いを続けていた敵軍と戦い、その戦いに勝利した後は休む間もなく辺境の軍を引き連れて王都に戻ってジュレアムの首を取った。


 今でも、殺されてしまった国王夫妻と、幼かったメリーサの姿をハッキリと思い出せる。

 母親に抱かれたまま逝ってしまった、幼い王女。

 わがままを言いだすと、絶対に引かない頑固なところがあった。


(そういえば、セルディ嬢も同じ目をしていたな……)


 レオネルがそんな感傷に浸っていると、書類を捌いていたグレニアンが突如肩を震わせて笑い出した。


「くっくっく。レオネル、あの領地が三年でなんとか出来ると思うか?」


 どうやらグレニアンもレオネルと同じくあの少女の事を思い出していたらしい。

 レオネルは人手不足の際にグレニアンの執務を手伝った事があるので、フォード領の赤字の事は知っている。

 ギリギリを保っていた領地経営はジュレアムのせいで貯蓄が無くなり、もはや借金をしなければ税など払えないだろうと思われるほどの状況になっていた。


「実際にこの目で見た訳ではないのでわかりませんが、数字を見た限りでは厳しいかと……」

「おい、二人の時くらい言葉を崩せと言っているだろう」

「……すまん」

「ふん、相変わらず真面目なヤツめ」


 笑う彼の瞳には、少しの寂しさがある。


(グレニアンも思い出していたのだろうな……)


 二人で守っていた、幼い姫。

 グレニアンと一緒におままごとをさせられて、何故かレオネルは夫役だった。


『あなた、うわきはゆるしませんからね』


 誰から聞いたのか、そんな台詞を笑顔で言って、国王とグレニアンを凍りつかせていた。

 可愛い従妹だった――。


「しかし、本当に三年待ってやるつもりなのか?」

「……今はこっちも忙しい。あの忌々しい叔父のせいで優秀な人材が軒並み殺されているしな」


 数か月前に王位を奪い返し、急いで現状を確認した時、城内でグレニアンを支持してくれていた貴族は大多数が粛清されてしまっていた。

 即位式に国中の貴族と子息子女を集めたのは貴族同士で見合いをさせるためでもあるし、優秀な者を登用するためでもあった。


 わざわざグレニアンがフォード子爵と直接話をしたのは、爵位を返上した後、城へ仕えないかと提案するつもりだったからだ。

 それは一人の少女によって頓挫させられてしまった訳だが。


「管理が疎かになりそうな隣領に任せるより、少しの間くらいならやる気のある身内にやらせてみてもいいだろう、という事か?」

「その通りだ。あんな辺境の地を再興させるための資金など、今の我が国にはないしな」


 肩を竦めながらもきっぱりと言い切られ、レオネルは苦笑した。


「しかし、あんな年齢の子供が私に意見をしてくるとは、面白かったな」

「確かに。あそこまで言い切られると、何かやるんじゃないかと、俺も少し期待してしまう」


 マナーはまだまだのようだが、度胸はあるし、頭の回転も速そうだ。今は幼い見た目だが、あと数年も経ったらきっと美しく成長するだろう。

 何より――。


「綺麗な翡翠色の瞳だったな……」

「なんだ、お前はああいうのが好みなのか?」


 レオネルは思いもしなかった言葉を聞き、吹き出した。


「馬鹿、子供だぞ!」

「はっはっは、セルディ嬢はもう十二だと聞いたぞ。子供と言っていられるのもあと三年だ」

「十二!? もっと小さいかと……」

「成人した頃にはもっと育っているのではないか?」


 それはさっきレオネル自身が思った事だった。

 だが、自分に幼女趣味はない。

 なによりあの瞳を見ていると、メリーサの姿がチラついて、そんな気持ちにはなりそうにない。


 更に言えば……。


「お前、俺と彼女にどれだけの年齢差があると思っているんだ……」

「二十も超えている訳ではないのだし、たかだか一回りの年の差など、貴族間ではよくある話だ。叔父の所為で随分貴族の数も減ってしまったからな。是非貢献してくれ」

「勘弁してくれ……」

「はっはっは!」


 大声で笑うグレニアンの姿には呆れもするが、安堵も覚える。絶望に打ちひしがれていた王子の影は、今は見えない。


(笑えるようになってよかった……)


 レオネルが少しほっとした気持ちで肩を震わせて笑っているグレニアンを見ていると、彼は笑いを収めた後、真剣な表情になって口を開いた。


「……婚約者の事はもう忘れて、お前も幸せになれ」

「婚約者!?」


 恋人がいたことはあったが、婚約者を作った記憶がなかったレオネルは目を大きく見開いて数秒後、過去にあった些細な出来事を思い出した。


「まさかあの話か!? あれはただの口約束だっただろう!? メリーサだって、年頃になったら俺になんて目もくれなかったはずだぞ!!」

「ふっ、それはどうだろうな」


 ニヤリと笑ったグレニアンの表情には、哀愁もあったが、どこか吹っ切れたような清々しさがある。

 レオネルはその事を喜ぶべきか、からかわれている事を怒るべきか、少しの間悩む事になったのだった。

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