第4話、会議室

***


 昨日の会議室である。窓の外はまだ明るい。髪を短く刈り上げた精力的な男と、髪の薄い学者風の眼鏡の男と、それからどこか黒い威厳を醸し出している初老の男――すなわち極秘プロジェクトのメンバー三人が、また何やら密談を行っているようだ。

「やはり逃亡ではなかったようですね」

 なぜか自信満々の口調でそう言ったのは、短髪の男だ。

「では夕食時にいなかったことをどう説明する」

 と、眼鏡の男が反論する。

「そのことを今から我々で話し合うのだ。だがとにかく逃亡ではない。先生も昨日、作業員は逃げ出そうなどという環境下にはおかれていないと、おっしゃっていたではないか」

 先生とは初老の男を指すのだろう。だが先生当人は、

「逃げてみたはいいが行く場所もなく、また工場に戻ってきたとも考えられるがな」

 と、異論を唱える。その途端、

「なるほど。それが一番濃厚な線という気がします」

 短髪男が一転、逃亡説に乗り換えた。眼鏡の男は調子のいい同僚を横目で睨んでから、

「逃亡の他にはどのような説をお考えか、先生、お聞かせ願えませんか?」

「そうだな。私が一番恐れていることなんだが……。『34』が貨物列車に乗ってしまったとは考えられんかね」

『貨物列車に?』

 二人は同時に聞き返した。深刻な眼差しを交わしあい、その視線を先生の方へ向け先を促す。初老の男は充分に間をとってから重々しく口を開いた。そんな勿体ぶった仕草も極自然な所作に見えるのは、この男の威厳が付け焼き刃ではないからだろう。

「そうだ。もしそう仮定して考えるならば、『34』は町を見たかも知れぬ。それとも町の手前で降り、工場へ戻ろうとしたかも知れぬ。だがいずれにせよ、『34』は工場へ戻ってきた」

「問題は町まで行ったか、行っていないかですね」

「そう。行っていないのなら何の問題もない。もし行って外の世界を見てしまったのなら――」

「片付けますか?」

 唐突に恐ろしいことを言い出したのは、短髪男の方だ。

「早まるな。金がかかるという意味では、普通の人間より重んじなければならない命だ。そう簡単に消すわけにはいくまい。だがその『34』には要注意だ。この計画を理解していないといっても、一般市民があの工場の様子を聞けば、どこか腑に落ちない部分を感じ、不審に思うだろう。ましてやマスコミに嗅ぎ付けられたら大変な騒ぎになる。国際問題だからな」

「まだ試作品の部品を作っている段階にすぎませんが、実用化の見通しがつけば、あれは核に変わる強力な武器として世界を震撼させるのですがね」

 短髪男はにやにやしながらまた恐ろしいことを口走るが、初老の男に無言で睨まれすぐ真顔に戻った。初老の男はそれ以上この男の言葉に関わろうとはせず、話頭を戻した。

「町まで行っていなければ良いのだが」

「すでに一般人と接触してしまったかも……」

 気弱な声を出す眼鏡の男を、初老の男が即さえぎった。

「万が一、誰かに工場のことをしゃべっていたとしても、すでに起こったことだ。あとから心配しても始まらん。今はこれからのことを考えるのみだ。今からでは『34』が、あまたといる一般市民のうち誰と接触したかなど調べるすべが無い。まさか『あなたはこのような異様な工場の話をする男に会いませんでしたか』などと、怪しげな質問をしてまわるのでは、市民に疑惑の念を抱かせるばかりだ。故意に自ら人々に不審感をいだかせることもあるまい。

 起きたことを議論するよりも、問題に先駆けてそれを未然に防ぐことだ。『34』は他の作業員に町のことを話すかもしれない。すると話を聞いた者がまた同じ方法で町へ向かうことも考えられる。よって以後作業員が工場から姿を消したら、貨物列車を追ってくれ。町の付近からでいい。もし私の読みがはずれていて、作業員があの枯野をふらついているだけならば、作業員たちの統率の問題だ。君等に任せよう。私はこの計画が露見せぬよう努めるのみだ。

 それから『34』のことだが―再び外に出ることがあったとしたら、一般市民と接触していたら、やむをえん。私に言ってくれ……」

 苦しげに言葉を吐き出すその様子に、二人は顔を見合わせる。この男の感情をほとんど感じたことが無かったために、驚愕のていを隠しきれなかったのだ。


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