8

 警備軍に勝利を収めたギルドルグたちであったが、夜になってもゼルフィユは意識が回復せず、やむを得ず彼らは警備軍の拠点に一泊を余儀なくされる。

 そのため、今後の話についてはゼルフィユの回復を待って行われることになった。

 結果として今日のところは最初の監禁部屋、もとい客室に再び逆戻りになってしまったのである。

 運ばれてきた食事をとり(ユウが「何だか味薄くない?」と言っていたので、曖昧な笑顔で彼は返した。むしろ濃かったはずだ)、シャワーを浴びて部屋に戻れば、いつの間にかユウがベッドで寝息を立てていた。

 短時間とはいえど、あれほどの戦闘をしたのだ。疲労困憊とはいえないまでも、いつもより眠気が早く訪れるのは当然の摂理だろう。

 美麗な寝顔に何も思わないわけではないが、彼女を守らなければという庇護欲のような感情が先に来る。

 ゼルフィユが獣の雄たけびのような鼾をかいているためそもそもやましい気は起きないが。

 ユウが将軍おつきのあのアルドレド相手に、あそこまでやれたのはまさに驚嘆という他ない。不意打ちのような能力披露ではあったが、そもそもあの力を隠し通していた時点で戦闘能力は証明されている。

 今でこそ眠りの中だが、ゼルフィユもその力を如何なく発揮していたといえるだろう。よく思い返せば、明らかに先ほどの速度は、預言者の家に襲撃された時の戦闘より劣っていた。

 モチベーションの上下によるものかもしれないが、その実力は証明されている。

 では、自分はどうなのか。

 偉そうに彼らの品定めをしていた自分を、ギルドルグは恥じる。

 自分こそ、足を引っ張る側の人間ではないのかと。

『君に、英雄の名を継ぐ資格はあるのかい?』

 相対した兵士、ライド・ヘフスゼルガの声が脳内に響く。

 ギルドルグはため息をつき、舌打ちをした後こっそりと部屋を出る。

 監視は既に解かれていたため、特に気も使わずに扉を閉めある場所へと向かう。

「あの」

「……日課の鍛錬さ。すぐ戻るよ」

 しかしここは軍の拠点。何人もの兵士と彼はすれ違った。

 話しかけてくる若い兵士もいたが、ほとんど無視するように適当に言い訳し、建物の外へ出た。

 そして先ほど警備軍の面々と戦った広場までたどり着くと、彼はようやく解放されたように星々を見上げ、深く深呼吸する。

 明かりこそないが、霧も晴れているため月光だけでも十全によく周りが見える。

 再度、深呼吸。

 全身を弛緩させ、軽く何度か跳躍しながら集中を高める。

 そして。

「はぁっ!」

 一閃。

 全身の力を使い、両の腕を横へ振るう。

 剣こそ持っていないが、その動きはまさに剣技のそれだ。

 彼が自分自身を悲観した日、忘れられるまで、疲れ果てて何も考えられなくなるまで鍛錬を行うというのが慣例になっていた。

 ギルドルグの鍛錬は非常に長い時間をかけて行われる。最早それは鍛錬というよりも、自らへの罰といっても過言ではない。

 父親の名を汚す息子への。英雄の血を汚す一般人への。

 罰。

「――俺は、選ばれし者じゃない」

 癖のように、呪いのように、言葉が自然と口に出た。

 預言者、メルカイズ・サンチェンパーとの会話で使われた、『選ばれし者』というワード。

 誰に選ばれるのかは知ったことではないが、仮に神が才ある人間を選ぶのだとしたたら。

 きっと、いや間違いなく自分は、『選ばれなかった』側の人間なのだと、彼は常々考える。

 魔法石すらも不要とし、自在に魔法を使うユウ。

 人から狼へと姿を変える、伝説とまで言われているアブゾ家のゼルフィユ。

 勝利こそ収めたが、明らかに本気を出していないライド。

 他にも、この軍の幹部と思わしき面々、ディム、クリス、アルドレドはいずれも自分よりも才があり、格上の戦士だろう。

 そして若くして軍を率いる将軍、ピースベイク。

 自分なんかよりもよっぽど、神とやらに選ばれている。

 どれほどの鍛錬を重ねても、どれほどの経験を重ねても、天才たちには追い付かない。

 何故なら、天才たちも同じく努力を重ねているのだから。

 凡人は天才との溝を努力でしか埋められない。

 だとしたら、努力する天才には何をしたら追いつけるのだ。

「俺は、選ばれし者なんかじゃない!」

 なんとなく手に持った石をギルドルグは、力の限り空へと投擲する。

 言葉にできない苛立ちと焦燥感が、彼を鍛錬へと搔き立てる。

 彼は商売仲間が少なからずいるが、たまにどうしようもなく孤独を感じる時がある。

 立派な父を持って誇り高いどころか、呪われてしまった気分だった。重圧だけがある人生だった。

 彼は引き続き、鍛錬に没頭する。

 少しでも、選ばれし者に近づけるように。

「……」

 彼を柱の陰から見つめる、ユウの存在にも気づかずに。 


 

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