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「なんにせよ俺が言えるのはここまでだ。俺たちにはこれから重要な仕事があるんでな、一般人のお前らじゃ邪魔になるだけだ。だからギルドルグ、お前はキョウスケのところに帰ってこう伝えろ。依頼失敗と」

 彼が告げたのは、早い話がこういうことだった。

 『この件から手を引け』。

 彼らは三人に、戦力外だという評価を突きつけたのだ。

「俺は受けた依頼は滅多に途中で投げ出さない。将軍、アンタの立場は分かるが、霧厳山脈への入山を許可してもらいたい」

「ならその滅多にが今日このときだ。素人が今のあの山に入ろうなんざ自殺願望にもほどがある。万が一敵に捕まって人質にでもなってみろ。面倒なことこの上ない。国境防衛軍は何をしていたんだと、上の連中にどやされる」

「それには全面的に同情するが、こっちも仕事なんでね。アンタらを倒してでも仕事に移らなきゃ、こっちもキョウスケに何て言われるか分からねぇ」

「俺は遠まわしにお前らの身を案じてやってんだぞ? それともなんだ、本当にお前らは俺たち相手に一戦交えようってのか? この、精鋭ぞろいの国境警備軍を相手によ」

 途端に、激流の如き殺意がこの部屋を渦巻き、ギルドルグたち三人を飲み込んだ。

 壁によりかかる兵士たちは、先程までの柔和な表情を崩し、それこそ親の仇でも見るような目で三人を見据えていた。後ろの方からも威圧感めいた視線を感じる以上、彼らの周りには完全に敵しかいないということが痛いほどに分かる。

 成程、精鋭揃いというのは嘘ではないようだ。

 そして言葉には出さないが、機嫌を損ねればいくら英雄の息子であっても容赦はしないというような警告も感じる。

 ゼルフィユが面白そうに鼻で笑い、腕まくりをし始めるも、ギルドルグはそれを手で制した。

 ただ、考えとしてはゼルフィユとそう変わらない。目の前の将軍に同意するように、ギルドルグは口を開く。

「そうだよ、それだ。将軍、俺たちが、『アンタたちを凌ぐくらい強ければ』問題はないんだろう?」

「……あ゛ぁ?」

 先程ライドに突っかかっていた、クリスと呼ばれていた兵士が低い声で威圧する。

 そちらの方をなるべく見ないようにしながら、ギルドルグは再度口を開いた。

「模擬戦なりなんなりで、アンタたちと本気で闘り合えばいい。流石に多勢に無勢、この数相手に勝てるとは更々思わねぇが、サシでやるならそこそこの勝負はできる自信はあるぜ?」

 そして実力もな。ギルドルグは付け加えた。

 ただ部屋を支配する威圧感は消えないまま混流し、ここで火花は散ろうとしていた。

 戦場の剣のように交差する、鋭い視線と視線。

 相手の出方を窺っているような、嵐の前の静けさ。

 そんな危うい空気を察知したのか、ピースベイクは手を二回叩き、自分の方へ注目を集めた。

「あぁいいよ、仕方ねぇな。だったら団体戦といこうじゃねぇか」

 将軍はやれやれとばかりに立ち上がると、背後にある窓を親指で指した。

 相手してやるから表に出ろ。

 端的に言ってしまえば、こういうことなのだろう。

「サシの模擬戦を三回やって、二回先に勝った方が勝ちだ。単純だろ?」

「将軍、こんな戯事をしている場合ではないのでは……」

 立ち上がったピースベイクの傍らに立つアルドレドが、彼を窘めた。

 自分の提案が戯事と一蹴されたのは気に食わないが、彼女の発言がやや引っかかる。自分たちの処分を行うだけなら急ぐ必要性は全くないだろう。

 だが彼女は何か別の重大なことがあるように将軍へ進言している。まるで、この国に差し迫った危機が訪れているような――

「朝一番で偵察隊を送ったが、霧厳山脈からの霧はきれいさっぱりなくなったそうだぞ。昨日のことが夢みてぇにな」

「しかし、昨日の異常から鑑みるに油断していていい事態ではないでしょう。この者たちの処遇は後にされた方が」

「昨日の異常? 何のことだよ」

 我慢できなくなったのか、ゼルフィユが歯にもの着せずに問う。ただギルドルグから見れば最高の行動であり、彼の大物っぷりに感謝するばかりであった。

 将軍と将軍補佐官は目配せをして、やがてアルドレドが首を横に振った。

「無関係の人々を巻き込むことを、我々はよしとしません。例えそれが――」

 勿体ぶっているのか、それとも他に何か思うところがあるのか。

 端正でハッキリとした顔立ちを少し、寂しそうに歪ませながらアルドレド・イントゥガンルはこちらを見る。

「英雄の、息子であろうとも」

 きっちりと、立場を分けられたような感覚を覚えた。

 『こちら側』と『あちら側』。『一般人』と『軍人』。

 どこまでいっても相成れない存在であると、諦められたような。否定されたような。寂しい気持ちを、彼は抱く。

 ならばこれはいい機会であると、ギルドルグは考える。ただのうのうと、平和を享受してきたわけではないことを。立場に驕り、自堕落に生きてきたわけでは決してないことを。ここで証明する、いいチャンスだと。

「だったらそれは、俺たちが勝った後にでも聞かせてもらうよ」

 早く部屋の空気から解放されたいのか、ユウとゼルフィユを掌で押しながらギルドルグは出て行こうとする。

 だが、何かを思い出したように足を止め、動かないピースベイクに疑問を投げかけた。

「そういやライドが言ってた『ピク』っていうのは何だ?」

「あ? 俺の愛称だ。ピースベイクを略したんだと」

「……愛称ですか」

「愛称だが」

 この厳格そうな男は、随分と部下に愛されているものだと、ギルドルグは苦笑いした。

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