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 彼らは軍の建物から出ると、広い広場のような場所へと案内された。とは言っても軍の敷地は金網を張っているだけで整備をしていないので、ほとんど荒野のようなものだったが。景色を見る限り、ここは戦闘訓練等を行う広場であるらしい。周りには訓練用の器具が無造作に置いてある。

 三人が広場の中央あたりにつくと、やや距離をとりながら兵士たちが円を作るように囲み始めた。この外には出るな、という無言の圧力か。

 さて、対戦相手はどこだとギルドルグは辺りを見渡していると、後ろから肩を掴まれた。

 随分親しげだなと思い振り返ると、右目に眼帯をした男がそこにいた。

 ピースベイク将軍である。愛称はピク。

「さて、さっきも言った団体戦だが、俺直属の部下であるディム、アル、そしてクリス。この将軍補佐官三名がお相手しよう。お前ら三人のうち二人が勝ったら認めてやるよ、お前らの実力をよ」

「なんだ、アンタは出ないのか? アンタの戦いっぷりも見てみたいんだが」

 ギルドルグが軽く挑発してみるも、彼は頭を振って残念そうに笑った。

「馬鹿言うな。……俺が出たら、お前を殺しちまうだろ」

 冷たい手で心臓を捕まれたような、恐ろしい感覚をギルドルグは身に感じた。

 その元凶はといえば相変わらず彼の肩に手を置きながら、周りを囲む兵士たちに指示を出している。

 先程の部屋で感じた威圧感とは全く別物だった。全身で感じた、押さえつけられるような威圧感ではない。より恐ろしく、冷たい、圧倒的な力の差。

 まさに心の臓を直に掴まれている感覚を経験した。

 そしてここでもまた彼は、自分よりも上の世界を確信した。

「適当にその辺に座っていいぜ。別に憎み合う敵同士ってわけじゃねぇんだ。仲良く観戦しようや」

 ピースベイクはその場に座ると、両手を後ろについてギルドルグを促した。

 仕方なく彼もその場に腰をおろし、右側に座る彼の方を見やる。

 取っ付き難い人物だと思っていたが、思いの外フレンドリーな人物である。このあたりが彼自身の魅力かと、ギルドルグは察した。

「別にいいけどよ。……そういえば将軍、俺たちが勝ったら霧厳山脈への入山許可をもらうって話だったが、俺たちが負けた場合はどうなっちまうんだ?」

「負けたらだぁ? その場で八つ裂きに決まってんだろ」

 ギルドルグの顔が一瞬で凍りついた。

「冗談だよ……そんな世界が終わったような面すんじゃねぇ。負けたらそんときはそんときだ。考えるのは後にするさ」

 冗談が過ぎるというか、普通に本気の顔をしていた。

 嫌な汗を背中にかきながら適当な愛想笑いをしていると、ギルドルグの後ろから声がかけられる。

「まずは俺が行ってやるよギルドルグ! テメェなんざ要らねぇってことを証明してやる」

 ゼルフィユ・アブゾであった。昨日の鬱憤をついでに晴らそうとしているのか、鼻息が荒い。

 もっと冷静になれと言っておこうと思ったが、今の彼が自分の言葉を素直に聞くとは思えない。第一彼に冷静という言葉は意味をなさないことに気付き、ギルドルグは口を閉じた。

「……なんかお前、失礼なこと考えてなかったか」

 無駄に勘もよかった。

 動物的な勘なのであろうか。

「要る要らない以前に君は僕がいないと宝狩りできないんですが……まぁ、なんだ。頑張ってくれ」

 棒読みのようになってしまってはいたが、彼自身心から言ったつもりである。

 三本勝負ではあるが、最初の勝負で勢いづいておきたいのは両陣営同じだ。

 その点において、奇しくもゼルフィユ・アブゾという男は適役だ。相手を圧倒できるだけの力と速度は、間違いなく持ち合わせている。

 人狼の力を使うまでもなく昨日は封じられていたが、今日は最初から全力でいける。

 先手必勝、電光石火。それが求められる戦況において、彼ほど頼りになる人間はなかなかいないだろう。

「お前を真正面からぶっ潰せるのを昨日から楽しみにしてたぜ」

 そして兵士が織りなす円の中。その中心に腕組みをして待つ男に、ゼルフィユは語りかけた。

 ディムと呼ばれていた、体格がいい男である。

 何の武装もせず、ただ漫然と立っているが、それも自信があってのことだろう。

 この男には、そもそもゼルフィユに敗北するビジョンが見えていないのだ。

「あぁお前、確か俺に無抵抗で抑えられてたな。無抵抗だと思ってたが、ひょっとして逃げようと力入れてたのか? 全く気付かなかったぜ、子犬ちゃん」

「――ッ!!」

 子犬ちゃんと、ディムは小馬鹿にしたように笑う。その言葉はアブゾ家の末裔、人狼の血を持つ者の逆鱗に触れた。

 たちまちにしてゼルフィユの顔面や服の隙間から見える腕は獣のそれへと変化し、周りを囲む兵士から悲鳴が上がる。

 流石にいきなり過ぎはしないかとギルドルグは肝を冷やしたが、先手を取る上ではこれ以上ないタイミングだと、あくまで前向きに考える。

 この男に人狼である事実を隠しながら戦うのは無理だろう。であれば、このように奇襲としての変身は間違っていない選択肢だ。 

「殺す!!」

 両の剛脚で高々と跳躍し、そのまま鋭い爪でディムに襲い掛かった。顔面に深手を負わせる気なのか、彼はディムの顔面へと手を伸ばす。

 しかしディムは避けると思いきや、両腕でゼルフィユから伸ばされた腕を掴むと、勢いそのままに後方へと投げ捨てた。

 あまりの勢いに面食らったか、ゼルフィユはしばらく背中で地面を擦りながら滑る。

 ようやく気を取り直して右足で勢いを殺し、完全に止まると今度は両脚で地面を力強く蹴った。

 今度こそ、今度こそ傷を負わせるという意思が、彼の思考を単調なものへと変えた。 

 それは外側から見ているギルドルグ達にも見て取れた。すなわち、相対するディムは尚更であった。

「いやはや、若いなァ」

 一瞬だが、流星のような攻防の終局、その寸前。

 ギルドルグは、ゼルフィユは、確かにディムの口が動いてそう言ったのを理解した。

 彼は突進してきたゼルフィユの真正面で構え、右拳で真っ直ぐ突いた。

 何もない空間を突いたのではない。彼の右腕が最後まで伸びきるのと、駆けてきたゼルフィユの頭がそこに位置した時間は全くの同時であった。

 彼自身の力によるものと、突進の反発力がそのまま威力に上乗せされる。

 そして何より、ゼルフィユの意識は攻撃に意識が回っていたために防御への反応が遅れた。しなかった、と同義であるが。

 結果は火を見るよりも明らかであった。

 ディムのカウンターパンチは正確にゼルフィユの脳天を突き、体と同様に意識までも飛ばした。

「ゼルフィユ!?」

 ギルドルグは立ち上がったが、その行動に全く意味はないことは察していた。

 圧倒的だった。勝負は、勝負すら成り立っていない。

 この勝負はもとより、これ以降の勝負すら意味はないと思わせるほどの力の差を痛感する。

「勝負、ありだな」

 傍らにいたピースベイクが軽く拍手をし、左を向いた。ギルドルグは気まずそうに目を逸らす。

 将軍の顔には、安堵や喜びのような感情は見られない。

 当然だろう。驕りこそないが、本心では負けるはずがないと思っているのは明白であった。

 ギルドルグは視線を倒れているゼルフィユへと移す。

「おいおい大丈夫か? とりあえず医療班、早く出てこい」

 ピースベイクが集団へと声をかけ、医療班へと仕事を促す。

 ややあって医療班らしき数人が担架へゼルフィユを乗せ、将軍のそばまで運んで治療を始める。

 先程まで伸びていた狼の体毛はいつの間にか消え落ち、彼本来の姿へと戻っていた。 

「加減はしろと言ったはずだぞディム」

「そのつもりだったぜ大将。思ったよか早くてちと力が入っちまった……ただまぁ、それだけだ」

 軽く運動してきたかのような口ぶりで戻ってくるディム。額に浮かんでいる汗を拭いながらピースベイクの隣に座った。

 近くでまじまじ見ると、ピースベイクと同い年かそのあたりか。

 国境警備軍は随分若い兵士中心だなと、自らのことを棚に上げて思う。

 しかしあの圧倒的な実力差はやはり経験かと、再びディムの方をチラチラと見やる。

 そして視線は、ある一点で止まる。

「それだけ、ねぇ。ディム、お前の肩の怪我も治療してもらえよ」

 何故気が付かなかったのか。ディムの右肩、布で服で隠れているはずのそこは皮膚が露出しており、抉られたように痛々しい傷が付いている。

 ディムすらも今気付いたようで、驚いたように小さく声を上げた。

 血があまり出ていないことからそこまで深手ではないことは分かる。だが利き手をやられているのだ、戦場では命取りになってもおかしくない。

 医療班が消毒を始めたが、彼の傷はまさに、鋭い何かで引っかかれたような傷だ。

 ゼルフィユが一矢報いたという、その証だった。

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