5
「はっ……?」
突然の突風と共に、『影』達は灰のように消え去った。そこに残されたのは三人と、謎の男だけ。現れる時も突然ながら、消えていくときも予想ができない。
ギルドルグ達は迎撃の体制を崩さず、謎の男は舌打ちをして空を見上げた。
「忌々しい奴らが来てしまったようだ。幸運だったな、弱者ども。だがいつも救いの手が差し伸べられるとは思わないことだ」
謎の男は動かない。ギルドルグは動けない。
ゼルフィユが青筋を立てて謎の男を睨みつけるも、彼に許されたのはそこまでだ。ユウは何も言わず無表情のままであったが、剣を強く握りしめている。
ギルドルグは。弱者と蔑まれ、怒りに身を焼かれる。だがギルドルグにこみ上げた怒りは、自分へのものだった。
見逃してもらえると。一瞬でも思ってしまった自分自身にだった。
「お前と似ている男を我はよく知っている。あの男は死んで……我のおかげで英雄と呼ばれているらしいな。あの男に憧れでもあるのか?」
がっかりだと言わんばかりに、男は嘲笑する。
ギルドルグは男が発した言葉に我を取り戻し、男へと視線を戻す。
「失せろ、英雄気取り。お前に我は殺せぬよ」
だが、ギロリと。芯まで凍るような冷たい目線がギルドルグを刺した。
彼は少したじろいたが、反抗するように剣を再び握り締める。傍らのゼルフィユも鋭い爪を襲撃者に向けた。
だが謎の男はそんな彼らを、何の感情も込められない眼で見据えている。
「この山脈の主、ダズファイル・アーマンハイドを忘れるな。十五年前の惨劇を、このエルハイムで必ず再現させてやる」
ダズファイルと名乗った男は鼻で笑い、ギルドルグの瞬きの後には風と共に姿を消していた。
当たりを見渡しても、そこにあるのは残雪と不規則な足跡だけ。
「消えた……? どういうことだ、本当に奴らは、霧だったってのかよ?」
そしてギルドルグが二人の方を確認して、目を見開いた。
ゼルフィユとユウが、二人並んで怒りで身を震わせていたのだ。
ゼルフィユだけならまだ納得がいく。短気な男だ。自分を虫けらのように扱った男を許せない挙動を見せるのは、なんとなくわかる。
しかし無表情と思っていたユウですらも、ダズファイルが消えた場所を未だ睨んでいる。その所作は、あるいはゼルフィユよりも遥かに怒りを爆発させているように見えた。
ギルドルグは二人の方をポンポンと叩き、ひとまずの危機は去ったのだと無言で伝える。
自分よりも激しい感情をむき出しにしている奴がいると、逆に落ち着くことがあるが、まさに今の彼がそんな感じだ。
ゼルフィユとユウが同時に深呼吸。ゼルフィユの真っ赤だった顔も、ユウの怒りによる震えも収まったようだ。
それにしても、何か確執があるというのか?
今の圧倒的な力を持つ男、ダズファイル・アーマンハイドと名乗った男と。あるいは、オスゲルニアそのものと。
とりあえず、ギルドルグも一息つく。
命の危険を生々しく感じた戦闘の後だ。これからの予定を立て直すとともに、身体の回復もしなければならない。
ギルドルグの心臓は肋骨を未だ強く叩いており、脛のあたりからは出血が見える。
ゼルフィユとユウは見たところ無傷であったが、疲労はギルドルグよりも間違いなくあるだろう。
今日はこれ以上動くことはできない。
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