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「っずぁっ!」
突如ゼルフィユの目の前に『影』が現れ、手に持つ剣でゼルフィユを襲った。
彼は身を逸らして剣戟を防ぎ、足を蹴り上げて剣を『影』の手から離れさせることに成功する。だが相手は気にも留めずに、手刀でゼルフィユの胸を貫こうと言わんばかりに構えを取る。
ギルドルグは左手の指輪から氷を顕現させ、ゼルフィユを襲う魔の手を貫いた。
「大丈夫かゼルフィユ!」
「助かったが、テメェに助けられなくとも何とかできたんだからな! それだけは覚えとけよ!」
あれだけ言えれば大丈夫だろうと、ギルドルグはゼルフィユから目を逸らす。彼は状況を整理しようと軽く視線を横に動かすが、事態は思ったよりも悪い方向に進んでいた。
まず洞窟を背にする三人、それを囲むようにして十数体もの『影』がこちらを向いて武器を構えていた。
最初の襲撃を仕掛けた『影』がどの『影』なのかは最早見分けがつかない。全てが同じ容姿をし、構えまでもが同じだった。
「おいおいおいおいこいつら一体何なんだよ……まさかこれも、霧厳山脈の霧とか言うんじゃねーだろうな?」
ギルドルグは軽く溜息をついて、背中を流れた冷や汗に身震いする。
「来たわよギル! ゼル!」
ユウが一声叫ぶのと、襲撃が再開されるのは同時だった。
彼女自身は朝にキョウスケから受け取ったばかりの刀、月影を振り回して敵の接近、攻撃を防いでいる。
ギルドルグはまず最初に接近してきた敵に炎を浴びせ、その方向からの攻撃を断った。違う方向から走ってきた敵の剣は、同じくキョウスケから受け取った剣で受け流す。そのまま剣で相手の胴を薙ごうとするも、後ろに跳躍されて不発に終わる。
「形状変化・
ゼルフィユの低い唸り声が聞こえ、ギルドルグは急いで声の聞こえた方に振り返る。
またいつぞやのように獣人化するのかと思ったが、今回は腕のみが太く変容しており、その先に人間の爪とは比較にならない獣の爪が現れていた。
雄叫びを上げ、彼は鋭い爪で自らの周りを囲む襲撃者たちの肉を抉ろうと腕を振るう。
「普通に変化すりゃ使える武器じゃねぇか! すげぇなゼルフィユ!」
「いいからテメェは相手に集中しやがれってんだ!」
ゼルフィユの爪は敵の体を抉ることも、ましてや傷をつけることも叶わずに空を切っている。
間違いなく敵に当たっているはずなのに。意味が分からず、こちらからの攻撃も、
その間にジリジリと距離を詰められたのか、先程よりも包囲網が小さくなっていることに、三人はとうに気付いていた。
だが、だからと言って解決策があるわけでもなく、状況を突破するだけの実力も彼らにはない。このまま戦い続けても、単純に数で負けている彼らには勝機はない。
どうしたものかと、額に汗を浮かばせながらギルドルグは思案した。
しかし唐突に、まさに霧が晴れるようにその状況は打開される。
「また愚かな冒険者風情が、我が領域を侵しに来たか」
突如として『影』は消え失せ、代わりに木立の奥から初老の男が姿を見せた。
一歩、また一歩と近付いてくるその男に、三人は敵意を向ける。
ギルドルグは何も言わずに右掌を男へ向け、挨拶代わりの電撃を放った。避けることは絶対に不可能であるはずの速度だ。
一つの魔法石が消えるほどの魔力を持ってこの一撃を放ったのだ、致命傷とはならずとも時間稼ぎ程度にはなるはずだと、ギルドルグは踏んでいた。
だが新たなる敵対者は、彼の電撃を受け流しも、避けもしなかった。間違いなく体を貫通しているのにも関わらずに歩を進めていたのだ。
「なかなか面白い手品だな。やり方を教えてくれないか? 今度の飲み会で使うからよ」
「軽口を叩くな。まだ余裕があると見える」
余裕なんざとっくにねぇよ。ギルドルグが小声で悪態をついた。
聞こえたかは分からないが、謎の男は邪悪な笑みをこちらへと向けてくる。
男は指をパチンと鳴らす。それを合図に、再び『影』達が姿を成した。どこからともなく現れ、目のない顔でこちらに殺意のこもった視線を浴びせつけている。
「これは幽霊か何かか? ひょっとしてアンタの友達か? 不気味なもんだな」
「喧しいのは好ましくないぞ、下賤な汚らしい下民め」
ギルドルグは冷静に状況を分析する――否、もはやその必要すらもなかった。
敵の姿形自体は先程と同じだが、数が多い。十体程度でこちらが圧倒的劣勢だったのに、それ以上の数ときている。
加えて目の前の謎の男は、『影』を意のままに操ることが出来るのだろう。
詰み、だった。
「おいおい……流石にこんな数相手にしてらんねぇぞ」
そう言って、ギルドルグは仲間の二人の方を見た。
ユウは表情一つ変えずにいるが、その心境は絶望的なものだろう。自分の命が相手の手中にあるという状況の中、表情に変化がないだけでも見事なものだ。
ゼルフィユに諦めの色は未だない。瞳は完全に赤色に変わり、猛るように紅蓮が踊っている。
だが、ギルドルグは二人を戦わせるつもりはもうなかった。
出会って間もない二人だが、彼らだけは生きてこの場から逃がしたい。例えそれが、自分自身を犠牲にすることと同義であろうとも。
それは宝狩人としてのではなく、ギルドルグ・アルグファストという人間としての矜持だった。
「ならば逃げるか。残念だが我は侵入者の逃走を許さん。絶望の霧に覆われて朽ち果てるがいい」
男は逃げ道を塞ぐように両腕を広げ、『影』達は三人との距離を詰め始めた。
ギルドルグは応戦の構えをとるも、頭だけは全く別のことを考える。
指輪にした魔法石を全て使って目くらましをすれば、少なくとも時間だけは稼げるか。いや二人ともがひるんでしまった場合終わりだ。
自らが捨て身で突っ込めばどうか。それも結局二人がギルドルグの意思に気付かない場合無駄に終わる。
考えても考えても、この状況からの逃走案が浮かばない。
もうすぐ先まで『影』は来ている。
ギルドルグは剣を握り締める。
死すら覚悟して正面を見る。
敵が目の前まで迫る。
そして。
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