6
洞窟の中に入って休息をとるか、そう思った刹那であった。
「……! 終わってねぇぞ! 構えろ!」
ギルドルグが叫ぶも、遅かった。
森林から音もなく忍び寄ってきた新たな襲撃者はまずユウを狙った。魔法による炎がユウの足を焼こうと放たれたが、間一髪で横へとステップする。
しかしバランスを崩したユウはよろけてしまい、その隙に襲撃者により後ろから首元へ剣があてられた。
炎の顕現と同時にゼルフィユは人狼の姿へと変わろうとするが、それよりも早く後頭部を掴まれ、顔面を土に激突させられる。相当強い力のようで、振りほどこうとしているものの地面と口づけしたままだ。
ギルドルグの方には両手に剣を構えた眼帯の男が駆けてきている。
目が合った瞬間、鷹のような鋭い左目が己を狙って光っていることに気付き、彼は一瞬だけ怯んでしまった。
その男には一瞬の隙さえあれば十分だった。ギルドルグの手から放たれる魔法炎を剣で受け流し、そのまま首を切り裂くように剣は振るわれた。
ここまでかと、諦めたようにギルドルグは目を瞑る。
「お前ら、何者だ? この今のクソみてえな山の中に、一体どういう理由で入ろうとしてやがる」
目の前の男から質問が投げかけられた。
どうやら剣は首元にあてられているだけのようで、冷たく鋭い感覚が首から全体に広がっていた。目の前の男は右手に持つ剣を首に、左手の剣は自らの心臓を守るように配置していた。
目線を動かせば心配そうな目でこちらを見ているユウと、地面へ倒され後ろ手に組まされた腕をもどかしそうに動かし、歯ぎしりをするゼルフィユの姿が見える。
ギルドルグ達の周りには、四つの黒い人影が視認できる。さらに木々を抜けていくつもの影たちがこちらへと向かってきていた。
この対応を見る限り、すぐには殺されはしないだろうとギルドルグは冷静に考える。
「こっちが聞きてぇよ。誰もいない筈だったのにこいつぁどういうことだよ! てめぇらどっから湧いてきやがった!」
敵意をむき出しにして、唸るようにゼルフィユが叫ぶ。彼の目線の先には佇んでいるユウの首元にも剣があてられており、一刻も早くそちらへと行きたいのが容易に分かる。
俺の心配も少しはしろよ、とギルドルグは心の中で毒づき、自らに刃をあてる人物へと語りかけた。
「アンタたちは国境警備軍か? それとも別の何かか?」
「……エルハイム王国国境警備軍だ。お前たちこそ何者だ? 質問に答えろ」
「宝狩人のギルドだ。この山の奥に眠る秘宝を、国家安寧のために取りに来た」
途端、警備軍の誰かが噴き出す。単純にギルドルグの言うことがあまりに馬鹿げていたからか。
『一介のギルドが、国家安寧とやらのために不法侵入と出たか』と、心の声が透けて見えるようである。自分でもそう思うのだから間違いあるまい。
だが、彼からしたら、もうここまで来たらライオンハートの依頼は軍へ任せるべきだと瞬時に判断しただけだ。
こんな意味の分からない状況が立て続けに起こっている以上、自分たちの度量を超えている。
「お前らにとりあえず聞きたい。俺たちに気付かなかった素振りを見せたが、だったら何で武器を構えてんだ? 矛盾してんだろ」
「てめぇらは見てなかったのかよ! 俺たちはわけわかんねぇ兵士みたいなやつらと戦ってたんだろうが!」
三人で必死に弁解をしようとするも、警備軍は完全に受け流しているようにしか見えない。
「だったら何でお前らしかいないんだ。急に消えたとでも言うのか」
「そう、本当に消えたのよ。……霧のように」
ユウが呟く。ややあって、ゼルフィユを抑えつけている警備軍の男が溜息をつく。
完全に興味を失っているようで、面倒なことになる前に終わらせたいと見て取れた。
「馬鹿馬鹿しい、とりあえずこいつらをどうするか。敵の密偵って可能性もあるし、消しておいた方が後腐れないとは思うが」
まずいな、とギルドルグは頬に冷や汗を浮かべる。
不法侵入で捕まることは予想の範囲内だったが、ここまで聞く耳を持たないとは思わなかった。
相当な警戒心を持って自分たちは動きを封じられている。下手な言動をすればその瞬間に三人は闇に葬られるだろう。
英雄の息子が、国に仇なす密偵として殺されるのか。
冗談じゃない!
しかし、救世主は思ったところとは別のところから顔を出した。
「そこにいるのはギルドルグ・アルグファストという宝狩人ですよ。このボクが保障します」
「……ライドか」
絶望の状況は、森から歩いてきた一人の青年によって打破された。
瞬きもせずにギルドルグから目を離さなかった男が、初めて視線を他に逸らす。
彼の傍らに待機していた男へとギルドルグの監視役を引き継がせ、二刀流の男はギルドルグに背中を向けた。
ライドと呼ばれた青年はおそらくギルドルグたちとそう年齢は変わらないだろう。
しかしこんな状況でもニコニコと笑みを浮かべており、どこか不気味な印象を受けた。
「そうですよ、ピクさん。ギルドルグという宝狩人はなかなかに評判が高い宝狩人なんですけどね、皆さんご存知ないのですか?」
「嬉しいこといってくれるね、アンタ。名刺でもあげた方がいいかな?」
思ってもみない救いの神が現れ、ギルドルグの言動には余裕が滲む。それを快く思わなかったのか、監視役の男は剣をギルドルグの首元にゆっくりとあてた。
しかしピクと呼ばれた指揮官らしき男が剣で剣を制し、ひとまずの深呼吸が許される。
「いや、俺が知ってる。キョウスケからギルドの連中についてよく愚痴られるからな。名前は何故か教えてくれなかったが、なるほどな」
警備軍の指揮官はギルドルグの方を再び胡散くさそうに見やった。
やや短めの髪は紅蓮に染まり、ギルドルグと似た髪だが土がついたようなくすみは彼には見えない。その下の背中にある交差された鞘にはこの国の紋章が彫られ、その実力と誇りを示している。
ゼルフィユを抑える男ほど体格はよくないが、それ以上の戦闘経験を語るように、剣を振るうための両腕は黒く日焼けしている。一目見たときに寒くないのかと少し思ったが、彼に一切の震えはなかった。
「そういえばこいつ、アルグファストと言ったか? だったらこいつ、いやこの人は――」
ギルドルグを睨む警備軍の男が、驚愕と共に表情を変えた。敵意に満ちた表情から、同胞を見つけたような表情に。
否。これは、畏敬の表情?
「そうです。屈辱の敗走、前の大乱、南北戦争。たった一つの侵略に数多くの名はあれど、そこで生まれた一人の英雄と言えば彼しかいない」
十五年前のある侵略。そこで一人の戦士の人生は終わり、この国、そしてギルドルグ自身の運命が縛られた。
この国は負け犬として汚名を着せられ、ギルドルグには呪いのような一つの称号が与えられた。
ライドは続ける。
お気に入りの唄でも唄うように。自分が物語の語り部だと言わんばかりに。
「ジャック・アルグファスト。つまりこの人は、かの英雄の息子というわけですよ」
警備軍の全員が、アルグファストの末裔へと視線を注いだ。燃えるような期待を向ける者もいれば、疑念を持った目で見てくる者もいる。
いたたまれなくなって、ギルドルグは全員から視線を逸らした。
嗚呼、またもこの視線で見られるのか。
ギルドルグは分かっていた。察していた。そして諦めていた。
十八年というさして長くもない人生だが、その早い内に気付いたことだったからだ。
誰もが自分を見る時、ギルドルグ・アルグファストを見ているのではない。
救国の英雄、王国の護り手。ジャック・アルグファスト。その亡霊を、彼の眼、髪、全てに重ねているのだと。
「なるほどな、聞くことが増えたぜ。全員駐屯地に帰還するぞ。完全に暗くなっては面倒だ」
ギルドルグの方をギロリと睨み、ピクと呼ばれた指揮官は二つの剣を鞘に納めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます