4

 日の光がだんだんと橙色を帯びてきている。

 ユウの家に着いたのは昼頃のはずだったので、割と時間が経過していたようだ。

「んで? 俺に何を見せてくれるんだ?」

 このあたりの気候は他の地域よりも低温なはずだが、雪が降っている様子はない。それでも例年よりは間違いなく気温は低く、ギルドルグも一、二枚余分に厚着をしている状態だ。

 そんな気候の、冷たい風に顔をしかめながら彼はユウに問う。

「戦うって手もなくはないが、このあたりは家も多いみたいだし穏便に済ませてぇな」

「ここに一つのマフラーがあります」

「……」

 自分の言葉に耳を貸す様子はない。全くもってマイペースな女だなと、ギルドルグは思う。

 そしてユウは首に巻いていたマフラーを右手で触れる。見ているだけで寒さが和らぐような、なんとも鮮やかで暖かみのある赤いマフラーだ。

 誰かからのもらい物だろうか? 彼女には若干大きいように感じる。

「この色は何色でしょうか」

 小馬鹿にしたような調子で、ユウが聞いてきた。マフラーを手で撫でながら、小首を傾げている。

 なんだこいつ。俺の目が悪いと疑っているのかと、ギルドルグは若干イライラしながら問いに答える。

「そりゃあお前……赤色だよな」

「えい」

「うおおおおおおおっ!?」

 ギルドルグは叫んだ後、突如飛んできたものを機敏に、横っ飛びで回避した。

 ユウの左手からいきなり放たれた、真っ赤な炎をである。

 全力で地面へと転がった後、頭を押さえながら彼女へと叫ぶ。

「急に炎飛ばすやつがあるか!? 出会って半日で焼死体はやめろ!」

「出会って半日とはいえ、お互いの裸も見合った仲じゃない」

「裸を見たからといって焼き殺していいわけなくない? 見られた瞬間ならともかく、後から殺しにかかるのは卑怯過ぎない?」

 彼は文句を小声で言いながら、服に付いた砂埃を手で払った。

 とはいえ、砂が付いた以外は全くの無傷だ。宝狩人稼業で培った回避能力は、彼の自信とは裏腹に高い。

 そしてその瞬間、彼は気付いた。

「そういやあんた……今、『どうやって炎出した』?」

 ギルドルグは驚愕の表情でユウを見る。ちなみに彼の眼の焦点は、彼女の端正な顔でなく首元へ向けられていた。

 先程のものよりもほんの少しだけ色が薄くなった、赤いマフラーへと。

「魔力蓄積か? いや、マフラーに蓄積できる奴がいるとは思えねえし……分からん。教えてくれ」

「私はね、人とは違うの。私の目に映る色を、魔力として取り換えることが可能なの」

「はぁ!?」

 ギルドルグは耳を疑う。それも無理はないだろう。

 この世界において魔力とは、主に特別な宝石から取り出される力のことだ。魔力を使えば炎も出せるし電撃も出せる。イメージさえ出来れば、どんな力でも思うがままだ。

 そしてそんな力は誰だって欲しい。欲しいからこそ、ギルドルグたち宝狩人の需要は高いのである。

 一般的には、宝石を指輪などで身に着け、その魔力を変換して魔法を使用する。

 しかし今ユウは何の装飾品も身に着けていない。それこそ、首に巻いたマフラー以外は。

 彼女のような特殊能力があれば。色を、魔力として互換が可能という能力さえあれば。彼ら宝狩人は、全員が全員不必要な存在となってしまう。

 けれどもそんな存在は今までほとんど聞いたことがなかったし、多くいるわけではないのだろう。

「んで、一体どういう原理だよ」

「別に、貴方たちの使用法と変わらないわ。魔法をイメージして、色に内包される魔力を使って魔法を放つ。変わらないでしょう?」

「いやいやおかしいだろ。第一ただの色に魔力なんてあんのか? 制限が無さすぎるだろ」

 ユウの能力には、制限が無さすぎる。ギルドルグは疑問符を頭に浮かべる。一般的な魔法であるなら、持っている宝石の魔力が尽きれば終わりだし、せいぜい宝石を人から奪うのが関の山なはずだ。

 しかしユウの能力が本当ならば、彼女の周りにある物全ての色が尽きない限り、魔法は使い放題ということになる。戦闘においては、彼女の能力は暴力的に圧倒的だ。

 あまりに異常(イレギュラー)すぎる。

「そのあたりはよく分からないけれど、私は特殊魔力生成の効果を持っている、ということで納得しているわ」

「まぁ……無理矢理納得するならそのあたりか? 体質的な問題でもあるんだろうしな」

 完全に納得は出来ないが、そういうことなんだとこの場を収める。どこの世界にもイレギュラーの存在はつきものだ。確かに昔、魔力を宝石からの変換とは別の方法で生成する者もいると聞いた覚えがある。つまりユウ・ヨグレという女は、そのイレギュラーの一人なのだろう。

 魅力的だ。ギルドルグは思う。

 自分の稼業を手伝ってもらうにあたり、宝石の魔力を消費しないその能力は、実に魅力的である。

 先ほどとは打って変わって、ギルドルグは味方となるその能力の使い道を模索し始めた。

「魔力の源は違うが、原理は同じっぽいな。じゃあこの地面の色を使ってさ、壁とかでの防御も可能なのか?」

「そうね……こんな感じ?」

 彼女が言葉を発すると同時に、地面からは丁度彼女の身長ほどの壁が出現する。

 ギルドルグはふむと頷き、壁に軽くパンチをしてみた。岩を殴ったような衝撃が彼の拳に広がり、鈍い痛みが走る。

「いいな! 攻撃にも防御にも使えそうだなこの魔法は」

 満足したように彼は笑った。壁の後ろからユウが顔を出し、そのままギルドルグの隣へ立つ。

 作ったのは初めてなのか、興味深そうに壁を撫でると、彼に向かって言った。

「もう少し試してみないと危ないんじゃないの。壊すつもりで」

「……まぁそうだな。ホントは無駄遣いはしたくねぇが、仕方ない」

 ギルドルグは手を伸ばし、同時に彼の赤い指輪が輝いた。

 すると彼の拳の周りには先ほどの炎とは勝るとも劣らない、真っ赤な炎が顕現した。轟々と燃え盛る炎は、唸りを上げているようにも感じられる。

「んじゃあまぁ……いっちょ一ぱ」

「待たんかいボケェェェェェェェ!」

 ユウの正面の家から、騒々しい叫びが聞こえてきた。二人はしばし目を合わせてから、叫びが聞こえた家へと視線を向ける。

 ガシャンガシャンと何かが落ちるような音が聞こえてくる。ややあって、その家の扉がぶち抜かれたように開かれた。

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