5

 開け放たれた扉からは銀髪の若い男が現れ、ギルドルグへ向かって全力で走って来る。

 ギルドルグが呆気にとられている間に銀髪の男は二人の元に到着し、ギルドルグを赤い瞳でギロリと睨んだ。

「おうおうテメェ俺のユウに何してやがんだ? 思いっきり殴ろうとしてたんじゃねぇのか? あん? どうなんだコラ」

 初対面でいきなり因縁をつけられたのだった。

 というか俺のユウってなんだよ。と、ギルドルグは心の中でツッコミを入れる。

「ゼルフィユじゃない。どうしたの急に」

「どうしたもこうしたも、お前がこの暴漢に殴られそうになってたから、焦って飛び出してきたんじゃねぇか」

「俺のことを自然に暴漢呼ばわりするのやめてくんない!?」

 何が悲しくて、初対面の輩に暴漢呼ばわりされなくてはならないのか。

 しかしこのままいくとこれからの人生設計にも支障をきたしそうなので、説明はしなくてはならない。

「違うって。俺はただユウの能力を見極めたくてだな」

「テメェ何勝手にユウのこと呼び捨てにしてんだ? ユウに何しやがったんだ? テメェ死ぬか?」

 どこまでめんどくさいんだよコイツ! ギルドルグは心の中で叫んだ。あくまで心の中で。

 まさかここまであからさまに敵対視してくる奴がいるとは思わなかった。ユウのことをここまで心配する、このゼルフィユと呼ばれた男は何者なのだろう。ユウの兄弟か何かだろうか。

 彼女自身に聞いてみようと、ギルドルグは横を向く。

「ははは……」

「なんでお前が若干引いてんだよ。お前の知り合いじゃないのこの人」

 無表情のまま笑うユウに文句を言いながら、再び謎の男と向き合い、血のように真っ赤な双眸と視線を交わした。

 ゼルフィユという男は雪景色のような短い銀髪を全て後ろに撫で上げているが、髪質なのかややツンツンと立ってしまっている。見る限りでは、自分と同じような歳の青年であろうことが察せられた。完全に敵だと認知されているせいか、彼の視線には明確な害意が混ざっていた。

 ギルドルグの肌を刺すような鋭い害意。さらにそこに髪型や目の色も加わり、彼の背後にはある動物の姿が浮かぶ。

 狼だ。

 鋭い爪は肉を裂き、尖った牙は骨をも砕く。孤高の獣。氷雪地帯の暗殺者。

 まさにその狼のイメージと、彼のイメージとが重なった。

「ゼルフィユ。この人は違うわ、敵じゃない。だから落ち着きなさい」

「まぁお前が言ってることだから信用するけどな。しかしユウ、コイツはお前を拉致してお前の美貌で稼いでやろうと目論むクソ野郎の可能性がだな」

「どこまで信用されねぇんだよ! 俺なんかしたか!? 何故俺は初対面の奴に炎を飛ばされ喧嘩を売られなきゃならないの!?」

 ギルドルグは深々と溜息をつき、そしてあたりを見渡す。

 結局彼女を助っ人として連れて行くにしても、イマイチこの町がどのあたりに位置しているのか分からない。

 依頼制の宝狩人なのだから、依頼品を持って帰らなければ商売にならないわけだ。そもそも今回の依頼が失敗している以上は報告のみになってしまうが、なるべく急いで帰らなくてはならない。

「ちなみにここはなんて町なんだ? 北西部の方だとは分かるんだが」

「ここはレブセレムよ。丁度あっちに霧厳山脈が見えるでしょう? 国境警備軍の駐屯地もしばらく行けばあるわ」

 ギルドルグは後ろ、北の方向に視線を移す。

 ユウの住んでいるこじんまりとした一軒家の向こうに、白く雪で覆われた巨大な山脈、霧厳山脈が広がっているのが見える。北側の国との国境にもなっているこの山脈は、ほぼ四角形をしたこの国の上辺一帯に及んでいる。

 別にどちらの国のものという決まりはなく、両国ともに自国側に国境警備隊を置くことで今は平穏を保っている。

 レブセレムという町は北西部にある町ということくらいしか特徴はない――しかしギルドルグは最近、ある噂を耳にしていた。

「はーんここがレブセレムか。レブセレムといえば話題の預言者がいるとこじゃねぇか? 例の噂の」

 彼自身、預言というものは信じていない。信じるつもりは毛頭ない。自分の力でここまで生き残ってこれたのだ、預言などに耳を傾けて人生を左右されるというのは御免だ。

 しかし興味が湧いたのは、ただの預言ではない。職業上、確認しておくべき、気にかけておくべき事象だった。

 預言者は突然、何の前触れもなくこう預言したという。

 『無限の魔力を秘めた宝石が、この国のどこかに隠されている』と。

 それは現在もなのか、過去のことだったのかは全く分からない。しかしその存在の可能性は否定できない。

 使われてしまった魔力は現在のところ、世界中を循環しているのではと考えられている。

 未だ謎の多い魔法を説明するための一つの論説、『転生論』である。

 使用された魔力は霧散し、世界のどこかへと流れ着いて、再び魔力を秘めた宝石となる。とある学者の『輪廻転生』という、人間の死に関する考え方と土台は同じだ。

 終わった存在はどこかへと消え、再びどこかで形を成す。輪のように、廻り転じて生き返る。輪廻転生。

 その転生論を無視し、永遠の力を得る。まさに秘宝だ。

「そんなものが存在するとしたら、手にした奴は世界を手にすると言っていいだろうな」

「ギルドルグ。貴方それを手に入れてどうするつもり? 本当に世界を手に入れてしまうつもりかしら?」

 世界を手に入れられるほどの魔力が手に入るというのは、確かに魅力的だろう。波乱の多い人生だったのだ、それを手に入れて悠々と暮らすのも悪くない。

 しかし存在しないと決まったわけではないが、存在すると決まったわけでもない。単純に興味として、その預言者に詳細を聞いておきたいのだ。

「俺は世界なんて興味ねぇよ。商売柄気になるってだけの話だ」

「じゃあとりあえず預言者のじーさんのトコに行ってみるか? この前から俺たちを呼んでるみたいだしな。……俺はゼルフィユだ。さっきは悪かったな。ユウは渡さんけどな」

「頼む、その前に一眠りだけはさせてくれ……」

 さっきから黙っていたゼルフィユが口を挟む。口振りから察するに、どうやらその預言者とは見知った仲であるようだ。

 というか何で俺がユウを狙ってるみたいになってんだよ。

 ギルドルグは小さく呟くが、二人とも気付いた様子はなかった。

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