第1章 2節 『最初の結末』
「いやぁ、ギリギリなんとかなった。これぞ『首の皮一枚残る』って云うんだね。ほんとにあの瞬間【あ、死んだ】と思ったけど、助かったよ。ありがとう。」
『いや、俺たちではない』
「え⁉でもさ、他に誰がいるの?」
『俺たち以外の(覚醒している)人格が存在していると?』
「それを自分に言われても困る。それよりも敵来ないね?」
逃げ回っている間に学校の通学路近くまで戻ってきた。この学校周辺にあるものは広大な梨園や墓地と雑木林しか存在しない。仮に体育の授業で学校の外周をやった際には、大多数の生徒が時間通りに帰ってこない可能性があるほどで、周辺にはこれと言って目立つようなモノが何も無い。優はそんな場所にある学校に約三年間弱通学していたので、今自身が何処にいるのかを少ない地域情報だけで大体把握していた。当然ながら敵の大まかな位置も把握している。この分だと武器の無い自分たちは確実に殺されると察していた。だから相手から何らかの方法で武器を奪取できれば、こちらは生き延びる事が出来る。
『・・・・というか、あの作戦をここでやるつもりか?』
人格者ら一同疑問というよりも不安になった。なにせ今優が立っている場所は学校へ続く一本道で両脇には墓地と不法投棄相次ぐ雑木林が連なっていた。どうやっても立地が悪いように思う。しかし、優はそこに突っ立って敵の攻撃に備えている。外にいるなら全身雨に濡れ制服が肌にまとわりつくが、その時の優の周りは異様な熱風に包まれていた。そのおかげで濡れていた制服が乾きを越え縮れている。
「さあ、来い‼」
優の言葉に呼応したのか、それとも偶然かは知らないが敵の攻撃が突如として始まった。先ほど学校内を破壊し続けて壊れた小型の飛去来器が再び複数現れ、優の死角を狙って攻撃していく。
人格者らは事前に優から作戦?みたいな事を言っていた―【きっと敵である相手は確実な手法で自分たちを殺すだろう。さっき不意を突かれたあの状態からでも復活されたことに多少の驚きが双方にあった。ならその不意以上に相手が極限状態で疲弊している所に焦点を当てれば或いは・・・】
優は複数の飛去来器の攻撃を身体が斬り刻む手前寸分でなんとか回避していく。当人以外の人格者らはこの状況に驚いていた。近づく音もそんな聞こえないし、何よりも暴風を味方に付けている攻撃を間一髪で避け続けるのは神経が折れる。それなのに彼はまるで敵の位置を完全に把握しているようで、必死に避ける様に演じているようにも見えた。時間にして数分。体感としては一、二時間と言われても差し支えない程に濃密な時間を過ごした。徐々に攻撃を受けずに避けるようになっていた。それでも緩急が変化する攻撃だったら本当に微々たる変化で傍から見れば、その変化を正確に判断するには難しい部分があった。
それは敵も同じ事が言える。
オルトは敵を見失った後「どうやったら着実にトドメを刺せるか?」もう人間的思考を持たない自身の脳に訴え続けた。脳が導き出した答えは簡素な答えしかなく『ただ力でねじ伏せる』だけだった。余計な考えは俺にとって不必要な思考であり、この世界は力ある者だけ生き残る世界に最低でも三十年以上は生きてきた。だからこその『力』である。相手がどんなに知能が高くても関係無い。それさえもこの力でねじ伏せる、それで終わる。彼は敵の位置をすぐさま把握し自身の最大攻撃を最大限行使する。小型の飛去来器は体に少しでも接触すれば、摩擦で表面の皮膚組織を簡単に切り裂き筋肉を断裂し大量に流血が大いに予想された。さすれば血を大量に失い思考回路も運動神経もまともに機能しなくなるはず。そんな状態で最大攻撃を直撃すれば肉片も残らずに敵はこの世から去る。もしもこの攻撃をも避けられたとしても回避した場所まで攻撃範囲なら半身不随に陥って身動きが取れず次の攻撃で死を迎える。
「さあ、こんどーは逃がさない」
空中に留まって最大級の力を行使するために力を武器に注ぎ込んでいた。校舎を破壊した時よりも更に力を溜めて自身の攻撃で武器が壊れても別によかったので、武器が悲鳴をあげていても構わず力を注いでいた。空中で敵の動きを注視していたが、自分が想定していたよりも大量の血が出ていないのか?この環境下で雨に流されて外見上見えないだけか?不明瞭だが明らかに動きが単調になり、疲れがだいぶ出ているようだった。けれど、まだこの攻撃を行使できない。
オルトには何か心に引っかかるものがあり、その場で葛藤していた。死ぬ寸前で笑顔を見せた敵の顔が脳に焼き付いてそれがどうしても今の攻撃を躊躇させてくる。目を閉じあの笑顔を払拭して再び目を開けた時、その光景に二度見した―敵がその場で膝をついた姿がそこにあった。
【今を逃せば勝ち目はない】
自身の身体は意志とは全く違い、真っ直ぐに敵へ。躊躇する素振りもせずトドメを刺しに行った。体が幾度も経験している「勝利」という確信。意志が体に追いついた時には攻撃を行使する手前だった。勿論、手前キャンセルは出来ないしするつもりもない。ただ体が勝手に反応する前に、敵の周りで攻撃をしていた小型の飛去来器が全て消失していた事が気がかりだったが、もうそれも関係ない・・・この攻撃で終わるのだから・・・
嵐のような轟々とした雨風とは別に地形そのものが破壊される何とも言えない音が世界に響いた。その音は時間と共に次第に止み、最初に音が出た場所には人影だけが周りからハッキリと見えた。その人影の手元には武器を持っていた。が、どうやら先の攻撃に耐えられずもう根本しか残っていない。彼はその武器をその場に捨てた。そして、誰も居ないこの世界で歓喜の声を出した。
「ふっははははははは!やったー!やったぞ‼俺の勝ちだ!」
この場に敵が居て倒した手応えはあった。この状況で生きているはずがない。完全なる勝利で終わる・・・と思われた。勝利を確信したオルトはその場を去ろうと後ろを向いた時、敵が死んだ場所に新たな人影が出現した。けれど、彼はそこで今そうなっている状況もそこに誰かがいることも認識出来なかった。出現した人影はオルトが捨てた柄しか無い武器を一瞬で元の状態に復元させ、その武器をオルトの向いている前に投げた。武器はコンクリートの地面に音立てた。ようやくオルトはその人影に気付き絶句しながらもなんとか声は発した。
「!!!・・・・なんで・・・何故?生きている⁉」
そこに居るのは敵である『竹崎優』の姿で、しかも先の攻撃を受ける前の姿でそこに居た。
「・・・・どうやって!何故だ、粉砕する音も手応えもあった。なのに・・・・」
「『結合と分解を統べる人』に助けてもらった」
「結合?分解?・・・・まさか!!!(・・・・・あの方が敵に回っている?)けれど、わざわざ武器も復元して敵に渡すとは・・・・よっぽどのバカだなぁお前‼」
そう言いながらオルトは復元された武器を取り、残り少ない力を武器に装填し優の方へ向けた。『生身の人間がこの至近距離でこの攻撃を受けて生存はできない』と踏み再び叫ぶ。
「しっねぇええええ・・・・・・」
敵の声は途中から枯れてしまい、そのあと何を言っているのか分からない。再び勝利を確信したのか・・・けれど、その確信は瓦解した。
敵が放った攻撃は優に当たる手前で無くなった。彼の手元にも敵の武器:刀があった。そもそもこの武器には主に二つの武装が備わっていた。敵:オルトは主に斧の方をメインに使用していた。決してもう一つの武装が弱いわけではなく、オルトにとって最良だったのが斧だった。ただそれだけの話だ。この刀もまた力を武器へ圧縮して攻撃できる機構を持っていた。優は敵と同じ様にして攻撃し相殺させた。
オルトはそれ以上に優の成長速度を侮っていた。
敵を助けたあの方さえもそれを加味した上で助けたなら、能力は俺と同等かそれ以上の力へ昇華し続けているはず。それは今この瞬間にも上限なく能力が上がり続けていくだろう。そうなれば俺の能力ではいずれ勝てなくなる。まだ純粋な力の差なら俺に分がある。ならこの力で敵を倒すしかない。すぐにオルトは最後の回復薬を飲み、敵に攻撃を仕掛ける。自身の読みは正しかった。敵は自分と同じく空中へ平然と浮遊しながら自分の攻撃を受けている。さっきまでと行動が違う、逃げたり避けたりせずに攻守を武器で巧みに使用していく。だが、まだ武器慣れしていないのか攻撃を受けてる度に多少の隙が生まれていた。ただ、その隙も徐々に無くなり無駄のない動きに変化していった。
優の中にいる人格者らも彼の変化に驚いた。敵の最大級の攻撃さえも受け流した辺りから声を発さずに脳内で会話ができるようになった。
『本当にあの人が力を貸してくれるとは思わなかった、優はどこで確信したんだ?』
「ああ・・確信というか【勝手どうぞ】みたいな感じで有ったから使っただけだよ。まさか自分を分子レベルまで分解し再構築する能力なんて、チートじゃん。」
『チートを扱える優もなぁ』
「なんで?」
『適性がなければ触れることも使用することも適わない。どうなっている優の身体は。敵の大将さえもそんな適性範囲は存在しない。広範囲過ぎるとは思わんか?』
「そんなことを言われても・・・大体そういうもんじゃないの」
『ちげーよ。大部分の覚醒者の能力は一つしか保有できない。つまり適性もその能力範囲内にしかない。なのに、お前は既に【火・風・水・雷】の適性を持ちその上で青空の唯一無二の能力さえも適性があった、ということは最低でも五つの能力を保有できる超希少なスーパーマルチ能力だ。今戦っている敵がまさかここまでの能力者とは思わないだろう』
「いや、薄々察しているようだ。戦いの経験値はあちらの方が上だし力量も僅かに敵の優勢だ。でも、今双方とも同じ武装を持っているなら・・・・」
【人を殺すのに抵抗がある者は常人なら普通である。しかしながら、常人でも戦争中ならその意識も薄れる】
突如として始まったこの戦い。それに順応するように敵は常人の領域を軽々と飛び越えた。オルトは幾度も死をくぐり抜けてきた者ではある。彼自身「自分が失敗作である」ということは理解できている。いつでもサンプリングとして戦いに駆り出される毎日、そのうち駆り出されることも無くなり処分を待つばかりの日が続いた矢先に、烈火様が与えてくれた最期のチャンス、いや最期の役目:サンプリングとしての俺ができるのは敵の最大値を後世に残すこと。今回も生き残る確率が十分にあったはずなのに、何度もその確率を下げた。仮に烈火様の御前に行っても処刑は免れないのなら・・・・
時間を追うごとにどんどん劣勢になっていくのが手に取るようにわかっていく「ああ、もうじき俺は死ぬのか・・・」戦いの最中で死を悟り、この最初で最期の戦いが終わりに近づいているのを自ら告げていた。とうとう自身が持つ力が枯渇寸前まで追いやられ、浮遊出来ないほどに。遂には制御不能となり地に付した。意識朦朧の中、敵が自分に近づきこう言った。
『もうじきお前は死を迎える。ここで自分が終止符を打たなくても、どのみちお前は死ぬ・・・ありがとう、まだ人の心を持つ者が相手で良かった』
「・・・・そうかぁ・」
オルトは敵の敬意を受け、ゆっくりと息をしなくなった。次第にその存在・姿もこの世界から消えてしまった。
優はこの世界の中で一人になった。
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