第10話 第2のコロポックル。
今日一のビックリ発言をサラリとしてくれた住職さんに連れられて、敷地内に住居を構えているというコロポックルのところへ向かう。佐藤さんがおじさんだったことで関心を失った住職さんの娘ちゃんは、お母さんに呼ばれて一緒に買い物に行ってしまった。
お寺の本堂の奥にある林の中をちょっと進むと広い私有地に出た。普段は本堂の先に行くことなんてないので、住職さんがこんなに広い私有地を所持してることを初めて知った。住職さんが住んでる住居は本堂と渡り廊下で繋がっている。何か用事があるけど本堂に誰もいないときは、住居の方に声を掛ければ住職さんが出て来てくれるのでわざわざ奥に行くこともない。
「天馬寺の後ろにこんなに広い土地があるなんて知らなかった」
友咲の言葉に私も頷く。
広がった平地のその先にある山も、住職さんの私有地らしい。まさか山持ちだったとは…
山道に入る少し手前に小さい畑があった。秋とはいえまだ強い日差しを防ぐために、麦わら帽子を被った用務員風の男性が畑で何か作業をしている。住職さんがその男性に向かって声を掛けた。
「斑鳩さーん、さっき話してたコロポックルさん、今着きましたよ」
どうやらパン屋さんから連絡をもらった後、住職さんのところにいるコロポックルにも話をしたらしい。
畑の中で屈んでいた男性が私たちの方を振り返って、日に焼けた顔をクシャッとさせて笑顔を向けた。顔が日焼けしてるせいか口元に覗いた白い歯が際立って見える。
歯磨き粉のCM依頼が来そうだな…なんて、どうでもいいことを頭の片隅で考えて、近づいてきた斑鳩さんと呼ばれたコロポックルに軽く会釈をした。
「おお、おお、アンタがこっちさ出て来たばっかりのコロポックルけ?」
耳に馴染みのない訛りなのに、斑鳩さんの人懐っこい笑顔とちょっと低めの優しい声でどこか懐かしいと感じる。
「ああ!斑鳩さんと仰るんですね!!僕、佐藤といいます!」
同じコロポックルに出会えた喜びで、佐藤さんの声が大きくなる。声だけ聞くと確実に距離感がおかしい。
そんな佐藤さんの態度を特に気にするでもなく、住職さんもコロポックル同士の出会いを親のような目で眺めている。
ここまで一緒に来た私と友咲は完全に蚊帳の外状態で、ただただ目の前で繰り広げられるコロポックル同士の地元トークを聞いていた。
北海道には一度も行ったことがないから、2人が何を話しているのか殆ど分からない。
「あ!大事なことを忘れていました!!」
マシンガン地元トークをしていた佐藤さんは、私と友咲に視線を向けると斑鳩さんの前に私たちを押し出した。
背中を押されて半ば無理やり前に出る形になった私と友咲は、戸惑いつつも「こんにちは」と斑鳩さんに挨拶をした。
「話は聞いでるよ~。困っでた佐藤さんを助げてくれだお嬢さんだべ?」
どこの吉○三さんかな?と脳が勘違いを起こしそうな独特の訛りで話す斑鳩さんは、佐藤さんとは違って雰囲気も普通の農作物をしてるおじさんという感じだ。
(同じコロポックルでも、十人十色なんだなぁ…)
当たり前のことを改めて実感する。コロポックルだから皆同じとは限らない。見た目も性別も性格も、それぞれにちゃんと個として持っている。
後から知ったことだけどコロポックルとは科名であり、人族コロポックル科と分類するのが正しいそうだ。そのため見た目や身長などの大きさが人間と大差ないのだとか…
それなら、アイヌ民族に伝わるコロポックルという精霊の伝承は、どこから始まったものなんだろう?
私が1人思考を飛ばしている間に、住職さんは「あとはお若い人たちで…」と意味の分からない言葉を残して本堂に戻っていった。
友咲はいつの間にか斑鳩さんと畑の中にいる。地面にスカートが擦れて汚れるのも気にせず、真剣な顔をして斑鳩さんの手元を覗き込んでいる。時々大きく頷いたりするところを見ると、何か畑仕事に関することを教えてもらっているようだ。
勉強熱心というよりは好奇心で突き進んでる感じがするけど、本人が楽しいのなら周りがとやかく言う必要なないだろう。
1人思考の旅から戻った私は、隣で同じように斑鳩さんと友咲を眺めている佐藤さんに声を掛けた。
「住む場所、何とかなりそうで良かったですね」
少しぶっきら棒になってしまうのは、昨日からの自分の態度にバツの悪さを感じていたからなんだけど、何を勘違いしたのか佐藤さんはアタフタと慌てながら言葉を絞り出した。
「だ、大丈夫ですよ!僕、いつでもここにいますし、何なら一花さんの住んでるところまで遊びにだって行きますし…!」
私と佐藤さんの間に変な時間が流れた。
「…ぷふっ…」
私の口から変な笑い声が漏れた。
全く想像していなかった方向から攻められ、私の中にあった何かが吹き飛んだ。
驚いた顔をしてる佐藤さんを置き去りに、ひとしきり笑い転げた後で私は改めて佐藤さんと向き合った。
「昨日も今日の朝も、何か失礼な態度取っちゃってごめんなさい」
変な人だと思ったことはちゃっかり内緒にして私は頭を下げたけど、佐藤さんにはどうして私が頭を下げたのか伝わらなかったらしく、先ほどより慌てた様子で「とんでもない!!」と頭をブンブン振って見せた。
「昨日は本当に助かったんです!あのままでは飢え死にしてしまうところだったんですから!!」
だから謝らなくていいと必死な顔で言われて、自然に口元が緩んだ。そして思った。
佐藤さんと友咲はどこか似てる。だから余計に放って置けないんだ。
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