第9話 知らずに紛れ込んでいる様です。

友咲の叫んだ先に佐藤さんを見つけて、私の腕にゾワゾワっと鳥肌が立った。常人では決して約束もしていない、連絡先も知らない相手を勘だけで見つけ出すなんて芸当は出来ない。それを無意識にやってのける友咲は、ある意味野生児なのかも知れない…と心の中でちょっとだけ思った。

佐藤さんは手にパンの耳が入った袋を持っていた。よく見るとそれはパン屋さんで時々売っているパン耳ラスクだった。多分優しいパン屋のおじさんが佐藤さんにあげたものだろう。あのおじさんなら想像が付く。

大きく手を振った友咲に、佐藤さんは小走りで近寄ってきた。かなりホッとした表情を見るに私たちが学校に行ってる間、何かあったのかも知れない。


「パン屋のおじさんが#天馬寺__てんまじ__#を教えてくれたんですけど…」

言い淀む佐藤さんの表情は少し不安げだった。

私が佐藤さんに聞くより早く、友咲が佐藤さんを気遣わしげな目で見つめながら尋ねた。

「何かあったんですか?」

友咲と並んだ私の顔を交互に見ながら、佐藤さんは私たちが学校に行っている間に起こったことを話してくれた。


朝私たちと別れた後、オープンしたパン屋さんで優しくして貰ったこと。自然のある場所を探していると伝えたら、おじさんが自然公園を教えてくれたこと。探検気分で到着した自然公園で、やっと住居が決まるかも知れないと嬉しくなったこと。公園の管理を任されている案内所にいるおじさんに話を通そうと思ったら冷たくあしらわれたこと。逃げるように公園を出たら迷子になり、ミイラになるかも知れないと不安に襲われたこと…

最終的に何とか知っている場所に戻ることが出来て、再びパン屋のおじさんを頼って泣きついたのだと話し終わると、佐藤さんは手にしていたパン耳ラスクを口に運んだ。


私たちが学校に行っている間、佐藤さんは子どもがするような大冒険を繰り広げていたらしい。

思った以上に壮大な話になっていた事に驚きつつも、土地勘のない場所だし常識からズレている佐藤さんのことを考えると、ちょっとした冒険譚になるのも頷ける気がした。


「パン屋のおじさんに天馬寺、教えてもらってたんだね!」

ちょうど良かったと笑顔の友咲が、佐藤さんの手を握った。花の女子高生が裸の大将みたいな見た目のおじさんの手を躊躇なく握るのはどうかと思うけど、友咲はそんなことお構いなしだった。

詳しく聞くとパン屋のおじさんが、天馬寺の住職さんに連絡して佐藤さんのことを話してくれたそうだ。それなら、どうしてこんな駅から少し離れたところをウロウロしてるのか分からない。話が通っているのなら、自然公園のような事にはならないはずなのに…

「話が通っているなら、どうして天馬寺に行かないんですか?」

私の心を代弁する形で尋ねる友咲に、佐藤さんはモジモジしながらボソッと呟いた。

「話は通してもらってるんですけど…ちょっと怖くなっちゃって…」


私と友咲は顔を見合わせて「なるほどね」と納得した。自然公園の管理を任されているおじさんは、この辺りでは鬼ジジイとして有名な人なのだ。今の子どもたちはおろか、私のお母さんの世代でもあのおじさんが笑ってるのを見た人はいないらしい。

あの強面のおじさんに心を折られた後なら、どんなに大丈夫と言われても次の一歩はかなりの勇気が必要になるかも知れない。

目の前の自分より年上のおじさんに対して、私の姉御肌性格が擽られた。

「学校で話してたんですけど…」

朝は避けるように無理やり別れたので、自分から声を掛けるのはちょっと気まずかったけど、どこか頼りない佐藤さんをこのまま放置することも出来なかった。何せ雰囲気が捨てられた子犬を連想させるのだ。


「一緒に天馬寺に行きますよ。近道も知ってるし…」

ちょっと恥ずかしくなって視線を逸らしつつも、私たちが一緒に行くから大丈夫だと言外に伝える。それを察した佐藤さんの顔が一気にパッと明るくなった。


(拾われた子犬なんだよなぁ、この感じ…)


佐藤さんには無いはずの尻尾まで見えてきて、私はこっそりため息をついた。こういうタイプを放って置けないのは長女の#性__さが__#なのかも知れない。巻き込まれたくないと思っているのに、性格上巻き込まれ体質になってしまう。長い人生を考えると損が多いような気がするけど、これからも友咲が隣にいるんだろうな…と考えると、それもきっと楽しめてしまうんだろうなと思う。


「遅くならないうちに行きましょ!」

小さい時の弟に話すような口調で私は友咲と佐藤さんを促した。いくら近道を知っていると言っても、パン屋のおじさんが連絡してからだいぶ時間が経っている。優しい住職さんだとは言っても、暇をしているわけでは無い。


佐藤さんの足取りも軽い。私と友咲が一緒に行くことでよっぽど安心したらしい。

天馬寺までの道中、友咲が余計な過去話を持ち出して大盛り上がりするのだが、それはまた別の話。


小学校の遠足以来ほとんど通ることがなかった懐かしい道を通って、私たち3人は40分ほどで天馬寺に到着した。

パン屋さんから連絡をもらってからずっと気にしていてくれていたのか、天馬寺の入り口で住職さんが待っていてくれた。

優しい笑みを浮かべながら「遅かったから心配したよ」と声を掛けてくれる住職さんの後ろで、ツインテールの女の子が「コロポックルってカッコイイお兄さんじゃないの?」とおませな発言をしているのは、今年小学校に入学したばかりの住職さんの一人娘だ。


「うちの敷地内にもコロポックルさんがいましてね」

サラリと凄いことを言った住職さんに私、友咲、佐藤さんが三者三様の反応をしたのは説明不要だろう。


コロポックルって…そんなにどこにでもいるものなの…?

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