第3話 関わっちゃいけない気がする。

某月某日、月曜日。親友の友咲からドタキャンを受けた翌日。いつもと変わらない月曜日…のはずだった。

少なくても、朝起きてから家を出るまでの一連のルーティンは、いつもと変わりなかった。


「いってきま~す…」

朝が弱い私は、気だるそうに…でもちゃんと出掛けの挨拶をして外へ出た。

家の前では友咲が待っている。

「おはよ、一花ちゃん」

ほわほわした笑顔と声。

朝の友咲の声は危険過ぎる。ただでさえ眠たい目を気合いで開いているのに、おはようが寝る為の合図のように聞こえてくる。


眠い…


「おはよ、友咲」

軽く手を振りながら応える。


朝の私の頭が回り出すまで時間が掛かる事を知っている友咲は、さり気なく車道側を歩いてくれる。ふわふわして守ってあげたくなる女子ナンバーワンなのに、こういうところはイケメンだ。

言葉さえ発しなければ、見た目も相まって完璧にしっかり者にしか見えない。


「一花ちゃん!」

ぐいっと、友咲が私を引っ張る。

ボーッとしていて気付かなかったけれど、友咲の指差す方向を良く見ると側溝の蓋がズレていた。友咲が引っ張ってくれなかったら、間違いなく躓いて転んでいたに違いない。早朝からご近所に恥ずかしい姿を晒すところだった。

「ありがと」

フラフラしながらお礼を口にする。


低血圧は朝が弱いと言うけど、私は別に低血圧ではない。夜更かししてる訳でもない。


「あー!お嬢さん!こんにちわー!」


朝からど偉い大きな声で、間違った挨拶をしながらぶんぶんと手を振っている人がいる。

回らない頭を回し、まだ気を抜くと落ちてしまいそうな瞼を擦り、手を振って近づいて来る人物を見つめる。

手を振られる覚えがない私と友咲は、ほぼ同時に後ろを振り返った。しかし私たち2人以外、今道を歩いている人はいない。

現在の時刻、7時半になるところ。そんな朝早い時間に、幾ら住宅街でも歩いてる人は多くない。

小走りで近寄ってくる人影は見覚えがある、薄汚れたインナーシャツにズボン姿。

無意識に抹消されていた記憶が、否応なしに息を吹き返した。


「お嬢さん、昨日はありがとうございました!お陰様で、食べ物にありつけましたよー」


すっごい笑顔が逆に怖い。


「い、一花ちゃん、知り合い…?」

友咲の声にこれ以上無いくらい思い切り首を横に振るも、近付いて来た満面笑顔のおじさんは私の前で止まると勝手に手を握り、ブンブン上下に振り回した。


「あ!昨日はお腹空き過ぎて、名前言い忘れちゃって…」

申し訳無さそうに首を竦めてるけど、別にそこは重要じゃない。

握られ振り回される手を解きたいのに、結構しっかり握られていてなかなか解けない。


おじさんは私の隣にいる友咲に視線を向け、お友だち?と尋ねた。

握られた手を解こうと躍起になっていた私は、その時友咲がどんな顔をしていたのか検討もつかない。


「えと、一花ちゃんの幼なじみで友咲と言います」

丁寧にぺこりと頭まで下げて自己紹介をする友咲。

友咲の前では、プライバシーという概念も裸足で逃げて行く。

「お嬢さんは一花さんと言うんですね~」

ニコニコのおじさん。

良いからいい加減、手を離して欲しい。逃れる事を諦めない私と、無意識なのかガッツリ手を握って離そうとしてくれないおじさん。


(何かのマンガで諦めたら終わりと書いてあった気がする。ガンバレ、私!)


「僕は、佐藤と言います。北海道から出てきたんですが、ノリと勢いだけで出てきちゃったもので…困っていたら、一花さんが助けてくれたんです」


佐藤と名乗ったおじさんが友咲に向き直る。その瞬間、私はようやくおじさんの手から逃れる事が出来て、額に浮かんだ汗を拭った。友咲とおじさんは、私を無視してほのぼのムードで会話をしている。


「一花ちゃん、優しいから困ってる佐藤さん見て、放っておけなかったんだと思いますよ~」


気付かないうちに、私の気持ちとは全く違う解釈をされている…!!

困ってる人は確かに放っておけないけど、このおじさんは見るからに怪しいし、全力猛ダッシュ決めたかった。でもあまりの非日常的光景過ぎて、身体が意識とは正反対に動いてくれなかったのが正直なところだ。


「あのパン屋さん、クリームパンがオススメで~」


まるで何事も無かったかのように、友咲と佐藤と名乗ったおじさんは和んだ会話を繰り広げ始めている。もうどのタイミングで会話に入ればいいか分からない。しかし、そのまま聞いていて良い会話でもない気がする。


「クリームパンかぁ…でも僕今お金無いから、パンの耳貰う事しか出来ないなぁ」

残念そうなおじさんの声。

もうこの際、友咲の誤解は後でちゃんと説明するとして、早くこの場から去らないと…

場を離れる事を考え始めた私の耳に、あの言葉が聞こえてきた。


「僕、コロポックルなんですよ~」


普通なら、見た目だけでも避ける対象のおじさんなのにこの発言…

それでも、天然の友咲はニコニコしたまま「そうなんですね~」なんて、あっさり受け入れている。


思いがけないおじさんの登場で、朝が滅法弱い私の目はギラギラに冴えた。


「友咲!学校遅刻するから!!」


いつもなら学校まで友咲に誘導されながら登校する私が、今日に限っては友咲を思い切り引っ張り、半ば引き摺るような形を取りながら通学路を早足で歩き始めた。それはもう、競歩の如く。


「あ、あ、さ、佐藤さん、失礼しますね。またお話しましょうね~」


引き摺られる形になった友咲は、おじさんにヒラヒラと手を振りながら、別れの挨拶をしている。


(またお話しましょう、じゃないのよ!)


二度と関わり合いになったらいけないタイプなのは確実なのに、友咲の目に映る世界はどう見えているのか…

私はちゃんと友咲に言い聞かせなきゃと思いながら、スピードを緩めることなく学校へ向かった。

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